第8話 ラフルス2

階段を下り、自室へ戻ったシウ達は手早く明日の段取りをする。少し遠い町のようなので、持ち物や装飾品等をすぐに取りに戻ることは出来ないからだ。常に前日から準備を整えておくのは基本だが、シウは明日早く起きてやればいいんじゃないかと思った。疲れてるんだから今日はもう寝たいと。しかしリヒトはそれを流すように叱咤すると、微妙な長さの説教をしながら、自分の持ち物を整理していった。それを聞いて、うんざりしつつも、シウも渋々と道具や装備を確認していった。これを毎日はなぁ、と、煩わしささえ感じているのだった。当たり前の事前に行うべきものを省こうとするシウに、いつものことだと、リヒトは気にも止めずまたも流しながら、されど律儀に返答をする。そうしていると、もう準備は終わっていた。あまり時間は掛からない作業である。忘れ物はないか、見落としはないか、色々な事柄を想定して準備をしていたか、それらも再三確かめて、そこでやっと就寝が出来る。明日は早い。道程を考慮して行動せねばならない。シウとリヒトは互いのベッドに腰を下ろし、本日あったことを話する。アズカルドの言い伝え、魔物のこと、村人のこと。聞いた話、世間話…。


「そういえばさ、あの、あれ」

「何だ」

「アズカルドに伝わる話」

「言い伝えか」

「そうそれ」


先程、首領の間での報告内容にあった件だ。


「いい加減覚えろ。話じゃない、言い伝えだ」


シウが放った言葉の部分的な箇所に焦点を当て、すかさずリヒトが訂正する為に言った。呆れた口調のようだが、無駄だとはこれっぽっちも思っていない。


「えー?別にいいだろ?伝わるんだから」


細かいこと言うなよ。シウは自分の意見が否定されたことに対して、口を尖らせ文句を付ける。ぶーぶーとブーイングをしている様子は、まるで子供のようだった。いや、17歳という微妙な年頃だが、年齢的にはその『子供のような』というのは、事実子供であるので間違いではなかった。


「そういう問題ではない」


それにしても幼稚ではあるーーー動作には触れず、会話に含まれた単語についてをぴしゃり、と叩いて落とすリヒト。


「少しの違いで解釈は変わる。それに今回だけではない。自分が理解していても、相手にとってはそうではないかもしれない。もしかすると、自分とはズレた答えを出すかもしれないだろう?」

「でも、お前は分かっただろ?」

「オレはな」


アズカルドに伝わる話といえば、生憎アズカルドの地に受け継がれてきた言い伝えだという結論にしか至らない可能性は必ずといっていい程ある。そもそも例え話にもならなかった。


「何でもかんでも省こうとするな。考えろ」

「省くっていうか…妥協?」


じとり。リヒトの目が薄くなる。


「ほら、ここまでならいいかなー、みたいな。そこまで堅くならなくてもいいと思うしさ?日常的なものだし。そこまでしなくても…な?」

「…オレに同意を求めてもどうにもならんぞ」

「けち」


またも彼は文句を垂れる。ああいえばこういう…。口は減らない、減らせない。…それはお互い様であった。ややあって、


「リヒトがルーザーさんと話してたこともあるけど、アズカルドのはな…」


シウは切り出す。しかし先程注意をされた『話』と『言い伝え』の下りを危うく繰り返してしまうところだった。間一髪である。とはいえ、リヒトの事なので間一髪どころか多分にアウトの判定が出ていて、既に気付いていると思われるが。


「えっと、言い伝え。噂、って言ってただろ?」

「ああ」


カウラ住民による噂…。遥か昔、神々が起こした戦争により天界は崩れ、その欠片が今になって甦り、世界に干渉してきている。そして、その欠片の波動が森に住まう生物に影響を与え、生体組織を組み換えてしまったので、生物は得体の知れない『魔物』へと姿を変えてしまった。魔物は、今まで人が認知してきた生物の種族のどれにも当てはまらない、特殊な構成を施された未知の生物…といってもいい。魔物の元である生物の名残こそあるものの、中身は全く違うものになっている。


「でも、カウラにも動物はちゃんといたんだろ?ロトが猫を飼ってたって話もあったし」


カウラで出会った女性、ロトから、三日前程から飼い猫、チコが家に帰ってきていないと、シウは聞いている。無論、リヒトもだ。それは魔物になる前の生き物がいたということ。


「そうだな、矛盾点ではある。魔物に変化する前の生物は、フォレスタにもういない筈だ」


以前からフォレスタにいた生物は徐々に減少し、今ではもう一匹もいなくなっていた。その代わりに、魔物が増えていった…。つまり、そういうことなのだ。ならばフォレスタ最寄りであるカウラに影響がない自体が不可解である。もともとカウラは、フォレスタを切り開いて出来た村だ。


「だが、あの女性がカウラに来たのがつい最近だったとしたら、話は別だ。まだ干渉を受けていない場合がある」

「あ、そうか」

「それに確か、以前オレがカウラに赴いた時には、あの女性はいなかった」


なるほど。シウは感嘆の息を吐いて頷く。すると、リヒトの表情が翳ったように見えた。やや俯いたのだ。少しの間の後、何かに思考を巡らせ、


「ーーー噂が本当だとしたら、その猫は…」


呟く。


「? どうした?」


拾えなかった彼の声に、シウは問い掛ける。


「…いや、何でもない」

「そう?」

「そうだ」


平然とした態度なリヒトに、どうしたんだろうと疑問符を浮かべて、しかし何でもないと言っているのだからいいか、とシウは気に止めない。


「あ。明日、任務ついでにチコちゃん探したいんだけど、いい?」

「ああ、構わない。ついでだから、ラフルスの件が優先だぞ」

「つれないなぁ、優しさが足りない」

「結構だ。さぁ、もう寝るぞ。明日は早いんだ」


リヒトが会話を切る。


「へいへい。じゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」



*****




今朝。リダウトから西へ30刻程歩いたところに町はあった。

行き着いた町はカウラと似た雰囲気で、大自然に囲まれており、オレンジ色の瓦の屋根の民家が数件建っている。何れも同じ形をしており、木造建てだ。木漏れ陽が、木々にも隠されることのない天上から落ちてきていて、陽気な空気が充満していた。


「ここが、ラフルス…」


ラフルスに向かう途中、幸いにも魔物は出現しなかった。ルーザーに言われた通りに、西に伸びている道なり…というか、ちらほら地面が剥き出しになっているだけの僅かな目印を頼りに歩いていただけであった為、ラフルスに到着できた事をシウは少々不思議に感じ、また理解しがたいと思っているようだった。先を行っていたリヒトは、灼然たる足取りで、背後の気配を感知しながら進んでいるようだった。しかし不思議に感じるのもまた不思議である。何せ前日、ルーザーが、リヒトに道を教わるようにと言っていた時点で、道が分かっているのは無論な事態なのだ。


「これから聞き込みを行う。知らない町だ、なるべく離れないようにしろ。いいな?」


速足に来たというのにリヒトとくれば、息ひとつ乱さずしれっとしている。


「ん、分かった」


そんな態度にシウは若干感心した。見習いたいという感心はないのだが。周囲には、人一人いない。閑散とした風景があるだけだ。一切の声も物音もしない。とはいえ、任務を遂行するためには、人を探さなければならない。義務を放る訳にもいかないだろう。村の範囲は、フォレスタから村を道なりに真っ直ぐ通り抜ければ、約五分で見える境がある。そこが境界線だ。ラフルスの敷地はカウラよりも幅広い。

気が遠くなりそうだ。

シウは思う。


「では、町内を回るぞ」


ここで文句を漏らしても仕方がないので、するべきことに専念しようと、リヒトに着いていく。


*****

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