第4話 リダウト3



「二人とも、これからルーザーさんの所に報告に行くんだよね?」


問い掛けるメールに、「ああ」とリヒトが答える。


「また叱られるんじゃないの?アンタ、おマヌケだしさ」

「もういいだろ、それは!というかあれは仕方なかったんだ!」

「過去は拭い去れないのよ~」

「~~~っ!!」

「もう、いい加減にしなさい、セレナ。ほら、二人とも、いってらっしゃい」


戦慄くシウに、おちょくるオネット。ルーザーの元に行くよう促すメール。賑やかな場も徐々に静まり、そして解散。別れの言葉を交わす三人を他所に、リヒトはその場を離れた。それに気が付いたシウは、早足で追い掛ける。真っ直ぐな通路に、足を踏み鳴らし進んでいく。そして到着した部屋に、二人は立ち止まった。


「…」


沈黙し、僅かに後退しようとするジオン。心なしかその表情は強張っていた。その様子を、リヒトは無言で眺めている。

ここは首領の間。リダウト・ダブルヘッドのリーダー専用の仕事場だ。ここに、ルーザーと呼ばれる人物がいるのだが…、どうにもシウは、この、ルーザーという人物がひどく苦手な模様で。それはもう、朗らかに笑んでいることが多い普段の彼とは打って変わり、まるで魔物と対峙するように身構えていた。硬直している彼に、リヒトは、やはり黙っている。


「…」

「…」

「…」

「…、うう、分かったよ」


鋭利な眼差しを受け続けて、幾分か経過した。渋々シウは、漸く諦めが付いたのか、扉の前に立つ。リヒトも、それを確認して、隣に並んだ。


「…でもさ」

「何だ」

「万が一、怒られたらどうしよう」

「…怒られるようなこと、したのか」

「し、してねぇよ。…いや、でも…」


扉は目前。まるで赤子が眠いと駄々を捏ねるが如く、彼はギリギリまで、あわよくば予定が狂うことを祈りながら、居座るよう粘ろうとしていた。うだうだとあれこれと言い出した彼に、リヒトはため息を吐いて、向き直る。


「シウ、人は成し遂げなければならない何かに最善を尽くすんだ。その時は人生において数え切れない程ある。例えば、それはいつだと思う?」


大真面目な面持ちに驚愕して、流石にシウも固く口を結んだ。そう、シウは悟ってしまったのだ。目の前の彼の、微少な変化に。


「それは、今だ」


ああ、お前も嫌なんだな、と。

リヒトの言葉に頷くことしか出来なかった。




古びた木造の扉の引き手を持ち、叩く。

コンコンッ、という乾いた音。


「リヒトです。報告にきました」


ギィィ…。軋みを上げて開くと、中の様子が徐々に見えてくる。一番に目に飛び込んでくるのは、部屋の中心に置かれている大きな机案があった。右の壁際には天井に届きそうな程の本棚が三つある。左には、床を突き抜けている岩。真ん中には、ランタンが掛けられている。部屋の中央、そこに、ルーザーと呼ばれる男性がいた。シウ達に気付いたルーザーは、手に持っていた紙から視線を二人向けた。アイボリーブラックの髪が僅かに揺れる。


「…、ああ、お前等か。任務ご苦労さん」


紙を机案に置く。


「どうだ、経過は上々か?」

「ええ、まずまずですね」

「そうか。お前がそう言うなら、問題はないな」

「しかし、気は抜けませんよ。最後まで見届けないと、途上では分かりません」

「そうだな。では引き続き、頼むぞ」

「はい」


淡々と話を進めている二人を交互に見ながら、いまいち意味を掴めないやりとりに疎外感という三文字がシウの脳裏に浮かぶ。なんだか取り残されたようで、妙に寂しくなってしまった。もちろん彼のことなので、そんなに深刻そうにはしていない。


「…何のこと?」


とりあえず、そのまま口にした。ルーザーのパープルの瞳がこちらに向く。鋭い眼光に思わず尻込みをしそうになるが、止めることに成功した。シウが臆した事を、ルーザーが知る由はない。


「ああ、こちらの話だ、気にする必要はない。それよりシウ、ここには慣れたか?」

「あ、はい。大分」

「そうか。まだ不安もあるだろうが、直に馴染む。それまでの辛抱だ。頑張れよ」

「…ありがとうございます」


話を逸らされた。はぐらかされ、ムキになる程子供ではない。ないのだが、やはり引っ掛かるものは、中々取れないものだ。それに少しでも自分が関与しているのであれば、尚更。…これ以上尋ねるつもりも毛頭ないので、流すことにした。


「さて、今回の任務だったが、」


切り出され、自然と背筋が延びる。


「フォレスタの調査、魔物の討伐…。それらの結果を後程報告書へ記してくれ」


どうやら、報告はこれで済みそうだ。あとは自室に戻って、のんびりと好きに過ごすだけで今日は終わる。ほっとしたのも束の間…、


「それと…、明日はカウラに向かってもらおうと思う」

「カウラに?」

「そうだ」


ルーザーがちらりとシウを見る。まだ何かあるのかと、油断していた分、余計に吃驚してしまった。


「今回の任務はカウラの住民からの依頼だったが、討伐する魔物の増減が激しい。その件に関して聞き込みをしてほしい」

「…分かりました」


カウラといえば、フォレスタを抜けた先にある小さな村で、別名、森の村と呼ばれている。柵付きの古い木造建ての民家が並ぶ、昔ながらの風景をそのままに引き継がれており、都会の空気が運ばれてくる事のない、俗にいう田舎だ。シウ達も何度か訪れていた。


「では明日、朝すぐにカウラに向かいます。連絡は…」

「いい。すぐに発ってくれ。本日もお疲れさん、ゆっくり休んでくれ。散」

「では、失礼します」


リヒトが一歩後ろに下がり、頭を下げる。


「…失礼します」


次いで、シウも同じく頭を下げた。どうやら、今度こそ本当に終わりのようだ。リヒトは振り返り、出入り口に歩いていく。シウも斜め後ろを付いていく。ルーザーはその背中に手をひらひらとさせて、部屋から出ていく二人を見送った。




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二人一組ということもあり、寝室も二人で使う。息を合わせるためのは、こういったことも必要だというルーザーからの謂れだ。最も、口実は建前だけであって、実のところ、単純にこの城の部屋数が少ないからである。壁にあるスイッチを押すと、天井にあるランプが作動して、燃料を燃やして火が灯った。リヒトは壁際にある椅子に座り、机に向かって筆を走らせる。早速、報告書を始末しているらしい。シウは自分のベッドに腰を下ろした。


「ふあぁ…疲れた…」


大きな欠伸をして前屈みになるシウ。瞼には力がない。疲労感を乗せた声色から、大分気を張っていたようだ。これはまだマシなほうで、以前は、それこそ死んだようにすぐに眠りに落ちていた。


「…今日の魔物の討伐についてだが、」


ややあって、リヒトが、口を開いた。シウが彼を見る。


「改正すべきところを発見してだな」

「…自室に戻っても説教かよ。聞きたくない、ヤダネ」

「反省の場を設けられる場所でもあるからな。その日に伝えておかなければ、お前は翌日になればきれいさっぱり忘れてしまう」

「おま、言い過ぎだっての。人ってのは聞きたくないことは流す習性があるんだって」

「ほう、オレの教授は受けたくないというのか」


リヒトが手を止める。


「お前の鳥頭に隅から隅まで鈍器で叩き込んでやろうか」

「…ごめんなさいさすがに死ぬから止めて」


声が低くなった彼がこちらに顔を向けていなくても、どんな表情をしているか感じ取れたシウは、危機を察知して謝罪をする。再び筆を滑らせ始めるリヒト。書類を書き終え、筆を置いてシウの方に体を向けた。

そこから、長い長い話し合いは始まった。




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