第3話 リダウト2
「さて、」
下ろしていた槍を振り上げ、再び交差をさせると、アレドは二人を交互に見る。
「んじゃま、ちょいと審査するから、待っててくれ」
そう言って、次にエンテが小さく呟き始める。
耳を澄ませれば聞き取れるかもしれないが、何を喋っているかまでは理解できないだろう。この世の言語ではないような言葉を並べている。これは、門を潜る為には重要な要素であり、必ず行わなければならない事項で、怪しいものではないか、本当にその人物であるかを認証するものだ。個人が持つ特有の魔力の波を調べ、判断する。例えば、鼓動が早くなれば波は津波のように大きくなり、また、波だけではなく、魔力から発せられる気から、その人物がどんな人間かを区別できる。嘘をつけば見抜けるし、その分早く対処できるという、非常に便利な魔導であるが…。
「面倒だよなぁ…」
ボソリ。シウは愚痴を漏らす。彼はこの、ほんの僅かであるが、手持ち無沙汰で寡黙な空間が苦手だった。はっきりいうと、暇、ということ。その横でリヒトはただ、じっと終わりを待つ。以前はリヒトもシウの発言に叱咤していたが、もう何度目かになるそれを諦めた様子で、眉ひとつ動かさない。
しばらくして、
「…はい、シウさんとリヒトさんですね。どうぞ入ってください」
どうやら、審査が終了したようで、詠唱を止め、槍を降ろす。それを認めたアレドも、上げていた槍を降ろして、始めにいた所定位置に戻っていった。テリエも同時に戻っていく。一拍置いて、コンッ、と槍柄の尻で石段を叩いた。すると、固く閉ざされていた鉄の門が地鳴りを響かせながら左右に動いて、やがて止まる。
「やあっとかよ」
「シウ様とリヒト様の、おなーりー。てか」
「なんだそりゃ」
「おい、さっさと行くぞ」
建物に入る手前でシウとアレドが会話をしていたところを、リヒトは切って中断させる。シウは不服な表情を浮かべ、唇を尖らせた。気にとめる素振りもなく歩いていくリヒトの背中を、シウはアレドに軽く会釈した後に追いかけた。その背後で、アレドとエンテが苦笑いをしながら、門が完全に閉まるまで、二人を見送っていた。
中は、ひんやりとしていて、仄暗い。石の壁に覆われた、箱のような狭い部屋。外とは一変した雰囲気はとても不気味で、陽の光は一切遮断されている。代わりに、壁には松明が掛けられていた。そのお陰で、まったく見えないという事はない。その中心には、地下へと続く階段があった。階段を規則的な歩調で降りていく。
二人分の足音が静寂な空間に反響する。狭い事もあり、音はよく響く。といっても、壁の幅は、人一人や二人が通るには十分の間隔があった。
「…なあ、」
ひとつめの階段を降りきったくらいに、シウが口を開く。相変わらず歩を進める速さを緩めないリヒトに構わず、続ける。
「何で、あんなめんどくさい“審査”なんてものをするんだろうな。あんなのなくても、アレドとエンテだったら、すぐに見極められるだろ?」
赤と青の門番、即ち、アレドとエンテ。彼らはこのリダウトに務めて長いと聞いた。ならば、物知りであることも確かであるし、実力もそれなりの筈だ。失態を犯す、ということはないように思える。何故、と。シウは問う。ふたつめの階段の途中、ふとリヒトが足を止め、振り返る。
「お前は、業務に長く携われば、失敗など有り得ないというのか?」
「だって、そうなんじゃないのか?」
「あいつらとて人間だ。失敗のない人間なんていない。もし、その様なものがいたなら、そいつは、きっと人間ではないのだろうな」
どこか皮肉さを込めた口振りで、鼻で笑うように言って退ける。
「失敗しない可能性の方が限りなくゼロに近いと、オレは思うがな」
まあ、あいつらが失敗している、していないとは言えないが。それだけを伝えると、リヒトはまた歩き出した。
「…結局、なんだよ、“審査”の理由」
話が反れたといわんばかりに、不可解そうに眉を潜めたシウ。ふたつめの階段を降りきった。みっつめの階段まで移動する。
「…まあ、早くいえば、お前のせいだな」
つっけんどんに言葉を放てば、しばらくの間が生まれた。再び足音しかしなくなり、静けさが蘇る。僅かな風に松明の炎が揺らめいて、やがて静止した。心当たりのないといった風に疑問符を浮かべながら、足を動かし始める。
「…なんかしたっけ、オレ」
内心冷や汗を垂らしつつも、目の前にあるブライトイエローに問いかける。こういった質問を彼にしたならば、欠伸も出ない程の拷問のような説教を食らうかもしれないと思ったからだ。そう考える前に、なにも言わない方がいいという思考に結びつかなかったのも問題なのだが。案の定、リヒトは足を止め、シウに振り返る。
「記憶喪失もここまでなると、病院に連れて行くしかないな…」
諦め半分にため息を吐くという動作をし、やれやれと首を横に振った。さすがにシウもこれには反論しようかと思ったが、どうせ倍返しにされるだけだと堪える。握り締めた拳はぷるぷると震えていたものの、我慢ができた彼の忍耐力は素晴らしかった。
「…行くぞ」
踵を返し、突き当たりを曲がるリヒトに、これから始まるであろう事柄を予想していたシウは、きょとんとしてその場に佇む。遠ざかっていく足音に、ややあって、
「…って、結局教えてくれないのかよ!」
というツッコミを入れ、後を追った。
通路は、変わらず陽光は届かず、仄かに暗い。
それを照らすために、壁には松明が掛けられている。天井が先程よりも高く、階段よりも壁の間隔は広い。明かりの続く道を歩いていくと、また少し通路が広くなった。そこには、二人の少女が壁際で愉快そうに話をしていた。近づけば、こちらに気付いて顔を向ける。
「あっ」
小柄な少女が声を上げ、二人に小走りに歩み寄ってきた。
「おかえり、シウ、リヒト!」
人懐っこそうな笑みでそう言う彼女。名はオネット=セレナーデ。頭の真ん中辺りでブラウンの髪を両側で括っており、垢抜けている印象だ。疲労している姿を見た事がないが、彼女のその元気さは、一体どこから沸いているのだろうか。
「おかえりなさい」
後ろからゆっくりと歩いてくる少女はメール・フィラント。少女、というよりも女性という表現が似合う落ち着いた雰囲気を出している。腰の長さまであるセピアの髪を三つ編みで結い、肩に掛けている。柔らかく微笑みながら、オネットと共に、帰還してきたシウとリヒトを迎える。
「ああ、帰った」
「ただいま。疲れたー」
其々返事をする彼ら。
「お疲れ。無事でなにより!…って言いたいところだけど、」
オネットはちらりとリヒトに視線を寄越して、シウを見る。
「実際、疲れたのはリヒトでしょ?アンタのお守りして、魔物の討伐もするだなんて。大変よねー」
お疲れ様。と、片方だけに放たれた労わりの言葉。
「本当だ。やれやれ…」
溜め息を吐いて同調の意を示すリヒト。さも一人だけで頑張ったという態度を取り、気持ち踏ん反り返っている。
「なんだよ、オレもやっただろ、討伐!止めさしたのオレじゃんか!」
二人の会話に食って掛かる。全く持って間違っていない反論なのだが、二人は聞く耳持たずといった様子だ。段々と賑やかになっていく口喧嘩(というよりもシウが弄られているだけ)に、メールが横から割って入る。
「はいはいそこまで。三人とも、仲良くするのはいいけど、ここは通路ってことを忘れちゃダメよ。セレナも。帰ってきて嬉しいのは分かるけど、程々にね?」
人差し指を口元に当てて、凛とした声で密かに叱咤する。メールの意図を察したオネットの表情が若干引き吊ったのは、気のせいではないだろう。きゅっと固く口を閉ざした。
「…要するに、二人で頑張ったんだよね?おつかれさま」
優しく、二人を交互に見遣ると、メールは軽くお辞儀をした。頭を上げて、目が合うと、照れ臭そうに頬を掻いて、はにかんだ。その後も、他愛ない話に、四人は盛り上がった。
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