第4話 25万円

財布をフロントに届け、退店した。柳原はストリートミュージシャンの女性にセックスしてくれよと1万円を渡してみたが彼女は無視した。

―下手くそが

彼に音楽の良し悪しが分かるはずなかった。なぜなら楽譜は読めない、音階はドレミ以外に聞いたことがない。ギターのコードとは何が言いたいのか知らない。そもそも詞の意味がわからない。

―あんなやつ気にするなよ。

OLがストリートミュージシャンを慰めた。

―なぁ、下手くそに下手くそといって何が悪い?

―セクハラ野郎は、いますぐ消えろ

―あぁ? ブスが

―顔は関係ない。糞野郎、はやく消えろ


OLは中指を立てた。柳原は黙ったままのストリートミュージシャンのギターケースに唾を吐いた。ストリートミュージシャンは落ちていたアスファルトの破片を柳原に投げた。


ホームに向かう途中で背の高い黒人の集団とすれ違う。自動車工場の期間工をしたときの、途中で辞職したときの記憶がよみがえった。


彼らが勧めてくれたラッパーのJuice WRLD の曲が聴きたくなった。さっきの女の下手くそカバーソングで汚れた耳を浄化したかった。

ホームに立つと、妙に女に接近するサラリーマンがいた。彼は自分の財布に入ったレシートを線路に捨てた。レシートは電車に踏み潰された。


サラリーマンは女に接近したままだ。女が避けても詰め寄る。

女と目があった。どうか助けてくれと要求する目付きだった。


柳原は立ち上がり男の胸ぐらをつかむ。そして男を殴った。財布を奪って免許証と、おそらく取引先と思われる女の名前の名刺があった。スマホでそれらを撮影した。耳元に口を近づけた。

―なぁ、おっさん。いくら出せる?

彼は次の駅のATMで15万円手に入ることになった。襲われていた女には、彼の財布の有り金を渡した。23万といくらか。自宅の最寄り駅で酔って寝ていた男から財布を抜き取りさらに25万になった。


帰宅途中のドラッグストアの駐車場で男が車に向かって話しかけているのを見かけた。

(少しだけ様子を見よう、あまり関わらなければいいだけだ)

しかしそんな思いと裏腹に、スマホで撮影をはじめていた。


運転席から生白い手がでてきた。そしてジップロックを渡して車は立ち去った。男はリュックサックを背負って、なに食わぬ顔で柳原とすれ違おうとした。想像以上に小さな肩をつかんだ。

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