第52話 パノプティコン

仮想世界は平和を取り戻した。そのはずだった。

それなのに、また新たな争いが始まろうとしていた。


幼馴染おさななじみは、さっきまで味方だった者を、「敵だ」と糾弾きゅうだんしはじめた。


「アノミー。君は敵だ。この私たちの……」


さくりは、アノミーに迫る。

アノミーは目を見開いて、あとずさった。


「アノミーが敵? さくり。何を言っているの?

 ちょっと待って! わけわかんないよ」


みんくは信じられないような顔で、さくりを見る。


「みんく。よく聞いてほしい。アノミーの特殊能力を見たか?

 バグを作りだす能力……。あれは社会を破壊できる能力だ」


「それはそうだけど……。

 でもアノミーはそんなことしないよ!

 社会を破壊するなんて……」


「みんくは、まだ何もわかっていないね。

 アノミーがどうしてバグ作成能力を持っているのか。

 それを教えてあげる」


「どういうこと?」


「アノミーは、人間社会を壊すことで生きながらえることができる種族だ。

 歴史上に何度も起きた『戦争』『災害』『病気』は、アノミーたちが起こしたことだよ」


「そ、そんな……嘘だよね?」


「でもこのまま人間の社会を壊し続けると、アノミーの餌である『人間社会』も亡くなってしまう。そんなことになれば、アノミーたちは生きられなくなってしまう。

だから、仮想世界を作り、それを壊すことにした」


「さくりっ! あまり変なことを言うと怒るよ!」


みんくは激昂げきこうし、さくりをにらんだ。

あのかわいくておとなしいアノミーが、そんなことするはずがない。

みんくは、アノミーを悪者呼ばわりするさくりが許せなかった。


「……みんくさん。

 さくりさんが言うことは本当です。嘘ではありません」


「!?」


みんくは、アノミーの返答に言葉を失った。

力を失った瞳が、アノミーの姿をよわよわしくとらえる。


「私たちの種族は、社会を破壊しなければ生きられません。

 でも本当の人間社会を破壊しつくしてしまうと、

 私たちはエネルギーを得ることができず、滅びの道をたどります」


アノミーは一呼吸おき、その後も言葉を続ける。


「だから……仮想世界をプログラムで作りあげて、

 それを破壊することで生きながらえることにしたのです。

 私たち種族は、プログラムを作ることができないので、

 仮想世界でプログラムを作る能力をもっている人を連れてくるようにしました。

 そのひとりが、みんくさんです。みんくさんには悪いことをしました」


みんくは、ショックのあまり膝から崩れ落ちた。


アノミーは目をつぶり、みんくの顔から眼をそむけた。

友達をあざむくようなことをした。アノミーの心には針がささった。


「さくりさん。教えてください。

 なぜ私の正体を知っているのですか」


「ふふふ。

 この世界のボクに、もうひとつのバグがあることを見抜けなかったようだね。

 ボクは、円花みんくの幼馴染でもあるけど……もうひとつの顔がある。

 『パノプティコン』所属の捜査官……茜さくりだ」


「『パノプティコン』の捜査官!? そんなまさか……。

 どうしてこんなところに!」


ぱのぷ……なに?

みんくにとって、よくわからない単語のせいか、頭に入らなかった。


「みんくは知らないよね。教えてあげるよ。

 『パノプティコン』は、仮想世界の平和や安全をおびやかす悪者を、

 監視するための機関だ」


さくりは、なにかに憑りつかれたかのように言葉を続ける。

 

「アノミーちゃん。

 仮想世界は仮想世界で、楽しんで生活している人がいるんだから、

 それをおびやかす悪いアノミーちゃんは……

 多少、手荒な真似まねをしてでも逮捕しなきゃね」


「そう簡単に逮捕できますかね」


アノミーは、両手をかまえて戦闘態勢をとる。


「ボクの魔法を舐めないほうがいいよ」


さくりも、アノミーと同じように戦闘態勢に入った。


一方、みんくは、目の前の出来事が信じられず、追いついていけなかった。

みんくは、さくりもアノミーも仲良くしてほしかった。

でもそんな感じになりそうにもない。


苦しい。みんくは心がつぶれそうになった。


つぶれそうな心を守るためか、みんくの頭の中に突然、声がひびいた。


「さくりとアノミーにバグが発生した。だから二人とも争っている。

 みんくよ、それを止めるのだ」


まるで神様の声のようだった。

みんくはその神様の声を受け止めて、信じることにした。


ふたりはバグに操られているんだ……。私が直さなきゃ。


みんくは、そっと、マネキンの製造機械に近づいた。

アノミーもさくりも気づいていない。


とにかくこの場をなんとかしよう。

みんくはマネキンの製造機をタッチし、プログラミングを始めた。


そして――。

製造機から、ふたたび、大量のマネキンが出現しはじめた。


みんくは、100年に1度にしたはずのマネキン製造を、

1分間に1度のマネキン製造に「修正」した。


マネキンたちは、みんくたちを埋め尽くさんとする勢いで迫ってきた。


「な、なんですか!? この大量のマネキンは!

 ま、まさか、みんくさん!」


「みんく! いったい何を……」


アノミーもさくりも、みんくの行動に驚き、手を止めた。


「逃げよう! アノミー!」


みんくは、近くにいたアノミーの手をにぎると、そのままひっぱる。

そして走り出す。


体力の無いみんくとはとても思えないほど、すごいスピードで手をにぎり、

大勢のマネキンたちから全速力で逃げていく。

アノミーは黙って、みんくに引っ張られることにした。


一方、さくりは、マネキンに囲まれ、身動きがとれず、埋もれていった。


「みんく~~っ!」


さくりの悲鳴がうしろから聞こえた。


さくりちゃんが悪いんだよ。アノミーを悪者にするから。

悲鳴を聞きながら、みんくは心の中でつぶやいた。



つづく

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