第53話 つくって、こわして

「はぁ、はぁ、はぁ……」


もうどこまで走ったかわからない。

工場を抜けて、いつのまにか、よくわからない住宅街に来てしまっていた

周囲に敵はいない。


とっっってもつかれたっ!


みんくはアノミーの手をにぎったまま、その場にへたりこむ。

大量の汗。


アノミーはどこからかハンカチをとりだし、みんくの汗をぬぐった。


「みんくさん。もう走らなくていいですよ。

 ここなら安全でしょう」


「ふぅ……はぁはぁ」


ゲームばかりやってて体力のないみんくにとって、

先ほどの全速力はおそろしいほどの体力を消耗し、

声にならない声しか出てこないありさまだった。


「みんくさん。私を助けてくれてありがとうございます。

 でも、さくりさんの言っていたことは本当です。

 私は、たしかに社会を破壊する力をもっていますし、

 そうしないと生きていけません」


「……」


「現実の人間社会を破壊してしまうと、私も人間と一緒に滅びてしまいます。

 そうならないように、仮想世界をプログラムで作り、

 完璧に平和な世界になったら、それを片っぱしから破壊していくのです。

 壊れるのは仮想世界だけ。現実の人間社会には影響ないのです。

 でも、さくりさんの所属する『パノプティコン』はそれを許してくれません」


「……」


「ですが、私がみんくさんをだまして仮想世界に連れてきたのも事実。

 いまから、みんくさんの記憶を消して現実世界に戻します。 

 本当にごめんなさいでした」


「やめて」


「え?」


「やめてよ……わたしは帰らない」


「みんくさん。自分の言っていることを理解していますか?」


「本当だよ。帰らない」


「私は、みんくさんがせっかくプログラミングして作ったこの世界を、

 バグで破壊しようとしてるんですよ」


「それでいい」


「えっ」


「それで、いい、の……」


みんくは、はぁはぁと苦しそうに息をする。

金魚のように口をぱくぱくさせる。

すうぅっと深呼吸して、しばらく休んだあと、みんくはしゃべりだす。


「アノミーちゃんがそれで楽しくいきていけるなら、

 私の作った世界を壊してもいいよ……」


「!」


アノミーはその言葉に胸をうたれ、返すべき言葉を返せなくなった。


自分の正体を知った人間が、絶望もせず、非難もせず、ただ受け入れてくれた。

その事実だけで、返すべき言葉が見つからなかった。

こんなにうれしいことはない。


「壊した世界は、また作りなおせばいいんだし。

 本当はゲームを作りたかったんだけど、

 この世界でプログラミングしてバグを直すことも悪くはなかったよ。

 なんだかんだで楽しかったし」


「みんく、さん……」


「壊すには、まず作らないといけないよね。この世界を」


みんくはゆっくりと立ち上がった。


「アノミー。この世界を完璧に平和な世界にするために……。

 また明日からがんばろっか。ね?」


「は、はい……。うれしいです、みんくさん」


「うふふ」


ふたりは手をとりあって、「破壊するための世界」を作りあげるため、

ふたたび立ちあがる。


作って、壊す。壊して、作る。


その行為に意味はあるのだろうか?

その答えは、他の誰にもわからないだろう……。


ふたりの心の中だけが、それを知っている。



つづく

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