第44話 ばしゅのうんてんすさん

待って1時間ほど経過したあと――ようやくバスが来た。


「あれが工場へ向かうバスだね」


バス停前に、青い車体のバスが到着する。

乗るお客さんはみんくたち以外にいないみたいだ。


みんくは「ほっ」とした。

満員電車みたいになったら、つぶされそうになって大変だからだ。


「わたしたち以外、誰もいないね」


「空いててよかったですね。

 ばしゅのうんてんすさんしかいません」


「ばしゅ……のうんてんすさん?」


「ば、バスの運転手、さんです!」


アノミーは「バスの運転手さん」を噛んだ。そして言い直した。

いつもの冷静なアノミーらしくない言動に、みんくは意外性を感じて

おもしろいと思った。


「うんてんすさん? ばしゅの……ふふふ。

 ばしゅのうんてんすさん。あはは」


みんくはアノミーをからかった。

アノミーは顔を真っ赤にして反論した。


「か、からかわないでください!

 1時間も待ったせいでちょっと口と舌がおかしくなっただけです」


「ごめんね。かわいいから、つい」


「もう……」


アノミーは頬をふくらませた。よほど恥ずかしかったらしい。


「バスの運転手さん」という簡単な用語を噛んでしまったのは、

アノミーの精神に動揺どうようがあるからだった。

ホテルの1件以来、自分のことを監視している者がいるような感覚をおぼえたからだ。

うまく言えないその感覚。もどかしいものだった。


ばしゅのうんてんすさん……もとい、バスの運転手さんは無口で、

「出発します」のアナウンスだけすると、そのままバスを走らせた。


みんくたちは座席に座り、外の風景をながめていた。

工場まではだいぶ長い。

バスのゆっくりした揺れは、みんくたちの眠りを誘うのに十分だった。

うつら、うつら……。


「お客様。寝ている場合ではありません」


突然のアナウンスに、みんくたちはびっくりした。

普通こんなアナウンスはしない。

みんくたちは、バスの運転手の席をじっと見る。


「くっくっく。きみたち。

 このまま安全に工場までたどりつけると思ったら大間違いだぞ」


バスの運転手は、邪悪な声で話し始めた。

そしてこちらに顔を向ける。


帽子を深くかぶっているので、上半分の顔は隠れているが、

下半分は、悪魔のような笑みを口もとに浮かべている。


「あなたはいったい……ばしゅの、いや、バスの運転手さんじゃないですね」


アノミーはまた微妙に噛んだ。秒で言い直した。


「まさか……VIRUS(ヴァイラス)!?」


さくりが、バスの運転手の正体を言い当てようとする。


「察しがいいな。そうだ。俺はVIRUS《ヴァイラス》だ。

 うさぎの野郎は失敗したが、俺はマヌケなうさぎとは違う。

 お前たちを確実にバグ地獄に連れていってやるぜ」


運転手はハンドルを器用ににぎったまま、

うしろのみんくたちに顔を向けて話し続ける。


そんな運転で事故らないのだろうか。

みんくたちは、そっちのほうが気になった。


「いったいボクたちをどうするつもりだ?」


さくりがVIRUSに問いかける。


「くっくっく。このバスは爆発する。

 工場前のバス停に到着した瞬間にな!」


たいへんなことになってしまった。

みんくたちは、この状況を突破できるのか。


つづく

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