第32話 満員電車

「わぁ、お電車だ!」


みんくは、久しぶりに乗る電車に、ワクワクしていた。

多数いた乗客はとなり駅に吹っ飛ばしたので、車内はスカスカ。

みんくとアノミーしか乗客がいなかった。

どこでも座り放題だ。


みんくは靴を脱いで、膝を座席について、車窓を眺めた。

地下鉄なので真っ暗なのだが……。

みんくにとって、トンネルの風景も新鮮だったようだ。


「みんくさん、はしゃぎすぎですよ」


アノミーはあきれた目で、みんくを見た。


「アノミーは電車好きじゃないの??」


「こんなの、ただの機械じゃないですか」


「えー。そんなんじゃつまらないよ!

 アノミーも一緒に窓の外を眺めようよ!」


「うるさいですね……」


みんくのテンションに、アノミーはついていけないようだった。


「そういえばこの電車、いつ出発するんだろう??」


「時間になったら出発しますよ」


「まさかバグで動かなかったらどうしよう……。

 いや、動いたとしても、変なところに連れていかれたら……」


みんくはだんだん不安になってくる。


「そんなことがあったとしても、バグを修正すればいいんですよ」


アノミーは楽観的だ。


だいじょうぶかな……?

みんくは、アノミーの言葉をきいても、あまり気楽にはなれなかった。


「そういえば、さくりはまだ来ないね」


「そうですね。あとで合流すると言っていましたが……」


みんくの幼馴染である「茜さくり」は、

公園までみんくたちと一緒についていったが、

大きなコイに飲み込まれたせいで、身体中が唾液まみれでベトベトになってしまい、

自宅まで着替えに戻ったはずだ。


あとで合流すると言っていたが、まだその姿は見えない。


「電車が出発して遠くまで行ってしまえば、合流しにくくなります」


「もうちょっと待ってようよ」


「うーん。時間になれば、電車は出発してしまいますので……」


その直後、無情にも、電車のホームのベルが鳴り響き「出発します」というアナウンスが出た。


「えっ。もう出発!? そんな……」


みんくは、ホーム側の窓の外を眺めるが、周囲に人の姿はない。

そして車両のドアが閉まってしまう。

さくりは間に合わなかったのだ……。


「ああっ、電車がうごきだした! さくり……だいじょうぶかな」


電車の窓の外で、風景が流れていく。

電車が動き出した。まださくりの姿は見えない。


「車両が長いから、さくりさんが後方にいる可能性は捨てきれませんが、

 どうでしょうかね」


「そうかもしれないね。ちょっとうしろのほうの車両に行ってみよう」


「電車移動中に動くのは危険なので、となり駅に停車したときに動きましょう。

 今は座ってください」


「そうだね」


アノミーに言われ、みんくは座席にすわりなおす。


みんくが座りなおして数分後。


電車はスピードを少しずつ下げ、前方には駅のホームらしきものが見えてきた。


「もうすぐ、となり駅ですね」


「よし、じゃあ、止まったらすぐうしろの車両を確認しにいこうっと」


みんくは立ち上がりそうな姿勢を見せる。


そして、となり駅に停車した。


みんくは立ち上がって移動しようとしたそのときだった。


「ひゃああああ!?」


みんくの悲鳴があがった。


ドドドドドドドドド!!!

となり駅に停車し、電車のドアが開いた瞬間。

津波のように大勢の人がなだれ込んできた。


「な、なに!? この人の多さ!? 多すぎ!」


「みんくさん。そういえば……近所駅の乗客を、

 となり駅にすべて移動させたんじゃなかったでしたっけ」


言われて、みんくは思い出した。


近所駅に入りきらないほどの多くの乗客を、

プログラミングを使って、現在地を「となり駅」に無理やり変えて、

移動させたことを。


しまった。

もっと遠くの駅に移動させておけばよかった。


みんくがそう思っても、すでにあとの祭りだった。


人はつぎつぎと電車内に押しよせ、みんくもアノミーも身動きがとれなくなった。


みんくもアノミーも、お互いの姿が見えず、息が詰まるほどに、混雑している。

プログラミングする余裕さえない。


このままでは窒息死してしまう。みんくは命の危険を感じた。



つづく

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