なぜ自分が物語を書こうと思ったのか

春水栗丸

なぜ自分が物語を書こうと思ったのか

ここに、一匹のリスがいる。

見た目や性格はリスそのものだが、自分をオオカミやライオン等に例え、周囲の生き物からその仕草をハムスターやたぬきに例えられるリスだ。

リスには物心ついた頃から側にある光がいる。クリスタルだ。

リスは自分にしか見えない世界を持っている。虹が絡まりあう色鮮やかな世界だ。

リスとクリスタルと世界は、常にともにあった。

世界はリスの頭の上に存在する。リスにしか覗けないものだ。宝石のように光を放ち、虹のように晴天を駆ける。リスは幼少期からその世界を紙に描きだしていた。世界と紙をつなぐのがクリスタルだった。



物心ついた時にはすでに絵を描いていた。

真っ白な画用紙に、一枚の絵で物語を創る。

特に理由はなかった。ただ描きたいから描く。それだけだ。

家でも学校でもリスはたくさん絵を描いた。いくつかの気に入ったパターン。その中で似たような絵を毎日のように描きまくった。

リスはその絵をあまり見せなかった。見せたのは何枚か。自分が綺麗だと思うものを描いた絵だけだった。

何故なら、リスはあまり絵が上手ではなかったからだ。だが家族はリスの絵を褒め、正当に批評し、描き方を教えた。

絵を描くとき、クリスタルは常にリスの目の前にいた。画用紙を照らし、この世にリスと画用紙しか存在しないかのように、光で包んでくれるのだ。



リスには弟がいた。猫の父ときつねの母の間に生まれた馬の弟だ。

彼が生まれ、しばらく経ち、リスは絵に対してあまり興味がなくなっていた。せっかく似顔絵に準ずるものまで描けていたというのに。自分の画力に対し、薄っすらと頭打ちを感じていたせいかもしれない。

クリスタルもリスの後ろに引っ込んでしまっていた。

そんなとき、リスの世界に新たな宝石が現れた。

小説だ。

電子の海を覗き込み、ふと見つけたしがない小さな小説の村。

リスは絵を見たり描いたりするのは好きだったが、文章は読むのも書くのも大嫌いだった。読むのが面倒くさく、絵のようなインパクトがないせいだった。

そのはずだったリスが憑りつかれたように朝から晩まで電子の小説を読みふけった。何週間渡って小説の村を覗き込み、ついには自分で小説を書き始める。

村の者の真似をして書いてみる。そしてそれを村の者に見せたのだ。それなりのものは出来上がり評価もされた。リスの世界が初めて家族以外の誰かを笑顔にした瞬間だった。

だが、リスは何かが足りないと感じていた。

そこで思いつく。

本の小説を読もう。

リスは学校の図書室の小説を片っ端から読んだ。

表現を見つけ、創作の種を探し、世界とコンタクトをとり、リスは文章を紡ぎ出す。

リスの世界は光に燃えたぎり、クリスタルは再びリスを光で包んでくれた。



小説に情熱を注ぎながら、リスは再び絵を描きはじめた。

クリスタルに協力してもらい、過去に似顔絵もどきを描いていた経験を世界の片隅から無理やり引きずり出した。今度は少しまともな似顔絵を描いた。

電子の海に大きな紙芝居の村を見つけた。毎日そこに入り浸る。そのうちにリスはついに自作の紙芝居を村の者に見せ、評価を得ることができた。

リスの絵は小説同様、その村の誰かを笑顔にするものだった。

自分の絵柄も研究した。

自分の絵柄はどのジャンルと運命を感じるのか。リスと世界とクリスタル。三位一体で魔法陣のように囲って答えを召喚する。

『かわいい』と『コメディ』

二つの武器で誰かをおもてなしする『楽しい国』を創る。

これが答えのようだ。

絵も、小説も。



リスが小説と出会ってから、あと二年で一ダースの年が経とうとしていたときのことだ。

リスの世界は死んでしまった。

食欲の出ない呪いにかかり、やせ細ったことが原因だった。

空は光のかけら一つ通さない暗闇に覆いつくされ、虹は石となって色を失った。宝石もひび割れ、石ころと化す。クリスタルも色あせ、どこかへ行ってしまった。

いち早く呪いに気付いた父が呪いを解く術を見つけてくれた。

一年かけて呪いを解き、また一年かけて体を戻したが、リスの世界は光をなくしたままだった。



クリスタルの気配だけはずっと感じていた。絵や小説を描きつづっていた頃、歩く道すがらいつもリスの中でじっと世界を温め続けてくれていたそれは、少し離れて後ろからついてきていた。

お互いにじっと待っていた。石となった世界を想いながら。



時は来たり!

なんて大仰なものでは決してないとリスは断言する。

リスと家族の住む村。その隣に大きな町がある。そこにできかけたときのことだ。

看板を見つけた。

自身の世界を具現化したい者だけが集う学校。新たな訓練生を募集していた。

石と化した世界がピシリと音を立て、色あせたクリスタルに一筋の電流が走る。

時は来たり!

だったのかもしれない。

白い道を振り返り、リスは思う。

時は来たり!

だったらいいなと、リスは怖々願う。

リスは学校の門を叩いた。



ここに、一匹のリスがいる。

きらめく虹に彩られた世界と、優しく包み込むクリスタルを持つ、自身と誰かを『楽しい国』へとおもてなししたがる、小さなリスだ。

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