街の危機



 ––––––その彼は、唐突に現れた。





「このままじゃ、生き残れない」



 最近になってから急増していた強力な魔物との連戦にかなり体力を消耗していた私は正直かなりピンチと言わざる終えない状況まで追い込まれていた。


 そこには味方は居なく、魔力も枯渇し、後退する事も出来ない。辺り一帯には敵が取り囲んでいて絶望的という言葉が一番しっくりくるだろう。


 幼い頃から冒険者紛いの事をし始めてから早十年以上の歳月が流れ過ぎて今はもうベテラン冒険者。


 けれど最近の調子は頗る悪くなっていて、今日はその中でも更に悪い絶不調と言える中で私は戦い続けていた。


 しかしやがてその限界も来たのか、ついには戦う力も無くなってしまい立ち上がれなくなってしまった。


 先程まで追い込んでいた筈のモンスターにいつの間にか追い詰められているのは中々に精神的に辛いものがあり、遂にはその自信も失われそうになってきていた。


 「誰か……助けて」


 救援を求める言葉を密かに言うが、しかし自分の周りには誰もいない。分かってはいるがそのセリフを言わなければ正気を保ってはいられない。


 諦めたくない。けれどもこのままでは自分は確実に負けてしまう。ならばどうするか?


 目の前の敵に勝てる見込みは無く、闘志も無くなり、負ける運命へと向かいつつあったその状況。


 そして自身が動けなくなるであろう最後の一撃を食らい、自らが死に至るのを受け入れるというその瞬間で突如として彼は現れた。


 私の死角から現れた頭巾のような被り物をしていた彼はそれまで私が苦戦していたモンスターを一瞬で、そして一撃で殺してから移動しながらすぐさま他の敵を引き付ける。


 速効で倒された同胞のモンスターに対して私の周り大勢居たモンスター達は敵対心と恐怖感を覚えたのか、対象を彼に変えて襲い掛かる。


 応援が来てくれた事に安心したが、同時にもしかすると彼が殺されてしまうのではないかと不安にもなる。


 モンスターの断末魔と唸り声しか聞こえない余りにも騒がしいその空間で彼は静かに、しかし私にだけ聞き取れる声量で喋る。


 「もう大丈夫だ、後は任せろ」


 その後の彼はその言葉通りに様々な戦い方で敵を倒していった。何処からか出した剣で敵を斬り伏せていくその姿は、正しく私が求めていた理想の強さだった。


 自分の意識が途切れる寸前まで。私はその技と力の光景にただ見惚れてしまっていたのだった。



 冒険者と商人で栄える街、アフマディーヤ。様々な種族で構成されてるこの街はいつも賑やかな雰囲気で知られている。


 店があり、ギルドがありと活気に溢れているこの街は最近深刻な問題に直面していた。


 ギルドと名のある冒険者が集まるこの会議では今回ある緊急臨時集会が行われ論争が巻き起こっていた。


 「マズイぞ。最近、モンスターの個体の強さが格段に上がってきている」


 「どうするんだ。このままでは倒せる冒険者が居なくなってしまう」


 「今でさえ上級冒険者になんとか協力してもらって何とか倒してもらっているのに」


 論争というよりかは事の深刻さに頭を抱えている訳だが問題は山積みの様で話す話題に事欠かない。


 「それだけじゃない。モンスター自体も例年と比べてかなり増加している」


 「このままだと、いずれこの街に入られてしまう」


 「ここが落ちるのも時間の問題だ」


 議題から問題に内容が移り変わり、対策案を検討していたところで議論が平行線のままとなって話が完全に止まり、全員が黙ってしまった。


 しかしこの沈黙していた所に新たなる火種が降って来た。


 「みんな!大変だ!!」


 突如として会議室の扉を勢いよく開けて入って来た係の者は顔を蒼褪めながら口を震わせてその速報を伝える。


 「ガイアスが!ガイアスが死んだって」


 「何だと!?」


 「オイオイ、嘘だろ!なんかの冗談じゃねぇのか?」


 「ガイさんが倒されるわけねぇだろが!テメェ勝手な事抜かしてんじゃねぇぞ!!」


 あまりの受け入れ難いニュースに場が騒然としていく。中には受け入れられない者も居て俄かには信じがたいものとなっていた。


 しかしその後に運ばれて来た遺体が顕となりその出来事を裏付けしまい、結果として絶望した雰囲気だけがその場に残っていた。


 「マジかよ、これから俺たちどうやって戦っていけばいいってんだよ」


 「もう街を捨てて逃げるしか無いのか?」


 「なあアイツもしかしたら逃げて殺されただけなんじゃないか?」


 「そんな訳がない。アイツは何があってもどんな状況でも絶対に逃げない男だった」


 悲観的な者達の中には最強格であるガイアスが逃亡したのではないかという憶測を立てる者も居たが即座に彼の仲間がそれを否定する。


 「でも最強だったガイアスはもう死んだんだ。こればっかりはどうしようもねぇよ」


 冒険者側の一人の現実的な意見が突き刺さり、あまりにも先への希望が閉ざされる。


 「なんて事だ!これからどうやってあの化け物共に対応すればいいというのだ!」


 「このままじゃ街に被害が出るのももう時間の問題じゃないか!」


 冒険者の面々が頭を抱え、町の各代表の多くが憤慨する。なにしろこれまでも数多くの大物の面子がモンスター相手にやられてしまってこの場の雰囲気が絶望になるのも当然の事だった。


 だが、その空間をただ一人だけ制止する者がいた。


 「狼狽えるな!」


 凍えているとも言えるその空間を抑制したのはかつての冒険者であり今も尚、かなり風格を兼ね備えている町の長であるライエンであった。


 「皆聞け、我々は何の為にいるのだ?強くなる為か?巨万の富を得る為か?自らの名声得る為か?」


 皆に向けて問い掛けられているものだが答える者はいない。


 「いや違う、そうではないだろう。敵から未然に街の平和を守る為、大切な者を守る為にいるのだろう。ならば今のこそ、己が力を活かす時ではないのか?」


 鼓舞して次へと導く流れだったのだろうが他に賛同する者は愚か、彼に意見する者が現れる。


 「だけどよ、いくら何でも今回の件はキツ過ぎるぜ。他に誰か代わりになってくれる人なんていねーしよ。それにあんたなら変わりに何とか出来るっていうのか?」


 「それは………」


 冒険者の一員から避けられない事実に流石のライエンと言えども口籠るが、更に違う者によってその意見は庇われた。


 「私が戦う」


 その発言した者に周囲の人が驚く。それは想定外の事であり、状況を一新する出来事だったからだ。


 「なんと!?それは本当なのか?」


 「おい、あのセリアが戦うのか?」


 長であるライエンと周りの者達が騒めいて期待されるが同時に批判の声も上がる。


 「しかし!今や彼女は我が街の最大戦力、みすみすここで失う事があってはならん!もそ彼女が負けてしまったら次は誰が立ち向かうというのだ!」


 「そうだ!セリアさんはここで戦いに出るべきじゃない!他に適任がいる筈だ、まずはそれをしっかりと話すべきだ」


 「けどどの道、彼女が負ければこの街に後がないのも事実だぜ?」


 反対派に対してそれまで口を閉ざしていた保守派の者が事実を突き付けるとまたその場が重い雰囲気に変化する。


 「任せてもいいのか?」


 ライエンが心配そうに伺うとセリアは静かに頷いて全体に言い聞かせる。


 「うん、任せて。私も、この街の事は好きだから。みんなの為にも戦いたい」


 「分かった、では任せたぞ。くれぐれも、ガイアスと同じ様にならんようにな」


 内心、彼女が皆の事をどう感じでいるのかまでは分からない。しかしセリアの事を慮ってライエン達は彼女の事を暖かく送り出す。


 「セリアよ。絶対に、絶対に生きて帰って来るのだぞ」


 彼女が居なくなったその会議室で長のライエンは無意識に静かにそう呟いていた。



 セリアが会議室から出て受注所でクエスト受けようとするとそこには見慣れない人が一人で受付嬢に声を掛けて居るのを見掛けた。


 受付嬢への引っ掛けかと思って止めに近付くと止めているのはどうやら受付嬢の方らしく、必死にその冒険者を説得していた。


 「待ってください!この街は今ピンチなんです!あなたもこんなバカみたいな依頼を受けるんじゃなくてもっとちゃんとしたモンスター討伐系の依頼を受けてください!」


 「依頼受けるのは俺の自由だろ?そんな無理に依頼押し付けられても困るよ」


 彼が口を曲げながら答える様子に文句を付けているのかと少し気になり、セリアは近くに足を進める。


 「ですが!こんな絶対出来ない依頼を受けて失敗して違約金を払うくらいならちゃんと成功する依頼にしてくださいよ!」


 「そんな俺を悪人みたいに言わなくてもいいだろう。というか何で最初から俺が依頼失敗するとか決め付けるの?酷くない?」


 「どうしたの?」


 セリアが心配して受付の子に声を掛けて見るとそれまで話をしていた相手を放置してすかさずこちらの方に反応する。


 「あ!セリアさん!お疲れ様です!いや、あの実はこの人がユリネウスの花を採取する依頼を所望してて」


 受付の子が素早く事の顛末を話してくれた事に感心つつも一部の単語が耳に残る。


 「……ユリネウスの花?あのまだ誰も達成した事の無い依頼の?」


 「そうです!そうなんです!まだマトモな目撃情報すら無いのにそれをこの人は見つけられるとか言うんですよ!」


 指を指して非難する先にいた人はワザと受けている感じではなく、本気で受けようとしていて受付の子に対して深い溜め息をついている。


 「おいおい、別に良いだろう?もし失敗したらちゃんとお金は払うってば」


 「貴方のどこにそんな払う金があるんですかこの甲斐性なし!」


 「おい、今すっげー失礼な事言われたぞ」


 受付嬢の話している相手はセリアが見た事ない人でここら辺でも見掛けない少し変な装備をしていた。


 上半身と下半身で装備が違い、上半身は綿で出来た物を羽織っており、下半身は何だかよくわからない硬い物を履いていた。どう見ても少し変わった私服に見えるがもしかするといい装備なのかもしれない。


 だがそれはそう、戦闘するには余りにも向いていない軽装で何処かで見た事があるような気もしたが今気にすることでもないので一先ずは放置する。


 しかし何故だろうか?この人、何処からか途轍もなく自信がある目をしている。


 そしてそんな彼に心を動かされてしまったのかセリアもひょんな事を口走る。


 「なら、私も一緒について行く」


 「げぇ」


 何か今この男から芳しくない声が聞こえてきて何か企んでいるのだろうかとセリアは訝しむと受付の子が声を荒げる。


 「えー!?セリアさんもですか!それは困りますよ!セリアさんにはモンスターの討伐をもっと依頼したいんですから!」


 その件に関してはその通りでセリアは少し案を考える。


 「お詫びに道中で遭遇した敵は全て倒して行くから」


 「で、ですが」


 「たとえ初めて出会った人でも私が見た人をそう簡単に死なせる訳にはいかないから」


 優良な意見に根負けしたのか受付の子はそれ以上は言及しないで受け入れてくれる。


 「わ、分かりました。そういう事ならお願いします。ただし!今回だけですからね!あなたは特に!次以降はもうモンスター討伐しかやらせませんからね!」


 「オーケーオーケー、分かったよ。こんなん大丈夫だって」


 「あなたが偉そうに言わないでくれますかね!?」


 怒る受付の子に対して赤子をあやす様な態度を取って逆鱗に触れられながらセリア達は依頼をこなす為にその場を後にした。

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