6


 学校からバレないようにして移動速度を上げて家に到着すると既に彼女は居なかった。


 別に深く詮索するつもりはなかったが、もしかしたら家に居るかもしれないと思ってた部分があったからだと思う。

 居ないという事だけに少しだけ悲しさを感じるが、今はそれどころではなかったので急いで支度を整える。


 「良し、行くか」


 他の"世界"に行く時や、能力を使っての移動は基本的に家でするようにと指示されている為、こうして態々自宅に戻って来たわけだが正直なところは面倒である。


 おそらく、なんらかの影響や不都合が出る節があるから秘匿にしなければいけない可能性があるのだろう。どうせ今も俺に関連する手続きかなんかをしに行ってくれているのだろう。


 「特にこちらから用意するものとかは無いんだけどな。ま、さっさと移動して終わらせるか」


 自身の力で円型の入り口を作る。それには名前がなく、技名もない。付ける気も勿論のこと無いのだが。

 ただ、この名称に関しては使用出来る者達の間ではゲートと言うらしい。たかが英語読みにしたものをロマンとか言う者もいるらしくその辺の感性はよく分からない。


 入り口が空いてる部分を通って行くと、若干半日前まで居たさっきの場所、グスタムに戻って来ていた。


 「臨時で家は作っといて正解だったな」


 良かったと思う理由は二つ、暖を取れる事と自分の行き先を隠せる事だ。個室に出口を設定したので誰にも見られる事もないのはやはり利点としては大きい。


 前回急造で作った家に入ると、リビングのソファーにルナが座っていた。黙っているのも申し訳ないからそれとなく会話をする。


 「起きたか?」


 「はい!凄く気持ち良く寝れました!コーヤさんはなんだか眠そうですね?」


 「そうか、そいつはきっと気の所為だ」


 今のこの自分のこの身体は睡眠を必要としないのだが、精神的に寝てないという事実を知っている状態なのでどうしても何処か眠そうだったのがどうやら伝わってしまったらしい。


 「んで、今日はどうする?そのまま真っ直ぐで良いのか?一応早く移動出来るものとかがあるけど」


 「そうですね、城を出る前に乗り物とか持ってくれば良かったですね。って、え?ほんとですか?」


 「お前、人の話はちゃんと聞いとけよ。まあ、これなんだけどさ」


 軽く驚いてるついでに俺が下を指差すと彼女の顔がより驚愕に溢れる。


 「この家を動かせるんですか!?」


 「ほんと極端に言えば丸い物つければ大体何でも走れるからな。ちなみにこの家は機能が色々あって生命体も感知するから敵でも味方でも判断できるぞ」


 それに例えその機能が出来なくても俺が勝手に感知するけど。


 「いつの間にやったんですか………」


 「そ、そりゃお前が寝ている間に決まってんだろう?だからその作業してて寝るのが少し遅かったってだけだ」


 本当は昨日の作成した段階で普通にやったなんて絶対言えない。単に程の良い言い訳を見つけただけである。


 「だから眠そうにしていたんですね!わざわざありがとうございます」


 「そうそう(棒)まあそんな大変でもなかったからいいんだよ、別に」


 「案外、頑張り屋さんなんですね?」


 人をお子様みたいな視線で見つめる彼女に対して若干の嫌気が指すが、相互理解を深める為に話を逸らす。


 「実はお前が寝てる間にも少しずつ動いてたんだけど知ってるか?というか昨日乗ってからずっとだけど」


 「え、本当ですか!?私全然、気が付きませんでした。でもこれならありですね」


 感受性豊かな彼女を疲れないのかと疑いながらも呆れながら以前との言い分との矛盾を指摘する。


 「自分の目で見ないと落ち着かないんじゃなかったのか?」


 「あれは昨日だけです。一日いっぱいその様子を見て理解したかっただけですから寝ている間に誰にも会わなかったのならそれでいいです。それに何日もあの光景を見てたら気が参っちゃいますよ。移動出来て観れる手段があったらそりゃ頼ります」


 「そうか、ならいいんだ」


 映像をボーッと見てる彼女を放置し、部屋に戻ろうとすると、急に先程まで稼働していた家が今動きを止める。生命体を感知した為に一時的に行動を停止させたのだ。

 映し出される外の光景を見ると、そこには一人の男が立っていた。


 「アレ、誰か分かるか?」


 「分かりません、少なくとも私の知り合いじゃないです」


 「とりあえず降りて確かめてみるか」


 彼女が知らない者だったので家から出て沈黙している彼に距離を詰めていく。黙って勝手に動いてしまったがこの流れに彼女も後ろからそそくさとついて来てくれた。

 一応警戒しつつも一歩も場から動かない奴に距離を詰めていく。


 「おーい、ちょっとそこの君?少し聞きたい事があるんだけ…」


 既に分かってはいたが声を掛けようとすると、ソイツは咄嗟に腰に下げている剣で俺を斬り掛かって来た。


 「いきなり何すんだ?あんた」


 片手で剣を掴んで止めながら様子を見てると振り切ろうとして離れようとするが、振りほどけない様子を確認するとその者は剣を手放してそのまま距離を置いた。


 声を掛けても反応せずにひたすらに話し掛けて来た奴を倒すように戦闘を仕掛けてくる彼の事を少し考えてみる。恐らくは何らかの洗脳の類いのものを受けているみたいで、このまま会話をするのは無駄らしい。


 「そうかよ、意思疎通をする気はねぇか」


 けれどコイツは見た感じは人らしいので迂闊にやり過ぎたなんて事が出来ない。なので一先ずは実力を見定める事にする。


 「来いよ、お前が何を守れるかどうか、俺がテストしてやる」


 その一言を皮切りに先程までとは違う本気でこちらに立ち向かって来る。それを冷静に分析しながら放ってくる攻撃を全て避けながら彼のポイントを話していく。


 「気合は十分、敵意も程々、力はまだ足りない、速さも遅い。けど何よりもテクニックが必要だ」


 見極めが付くと彼を素手で気絶させるよえに無力化してから何故か勝手に掛かっていた洗脳を解く。

 一応は彼が気絶しない程度にしたのでヨロヨロになりながらもその後立ち上がった正体不明の彼はこちらに一礼した後、ルナの下に駆け参じた。


 「姫様っ!」


 何か訳ありだった様で、経緯を説明するとルナはすぐに理解していた。どうやら何か心当たりがあったようだった。

 遠くからその様子を見ているとその姫様と呼ばれてルナの知り合いだという事が分かったが、詳しくは彼から話をするという。


 シンプルに感覚共有で勝手に話を聞いていたのだが


 しかしその前にその彼からいきなり相談があったらしく、その内容はどうすれば強くなれるかというシンプルなものだった。


「これから先長いんだろ?だったらそれまでに身に付ければいい」


答えは出ないという顔をしていた。けれど彼の隣に居た彼女は違う答えを求めていたらしい。


「あなたは協力しないのですか?」


「嫌だね、時間掛かるし俺も自分のやる事があるからな。でも用は旅にはコイツも一緒に連れてきゃいんだろ?」


「はい、よろしくお願いしますね」


もう少しといったところか、彼女は一先ずは満足のいく答えが出たので隣に居る彼を拠点に案内しようとする。


「じゃあ俺もう寝てていい?さっきから眠いし、一応コレは自動で動くからなんか居たら止まるようになってる。外出て戻ればまた勝手に動き出すんでお前らも休んでくれ」


「分かりました、でも私は彼と話がしたいからあなたも一緒に聞いてください。それが終わったら寝ててもいいです。というか今彼が素性を話すというのは聞いてなかったのですか?」


「知らん、分からん、勝手にイチャついといてくれ」


彼女はそんな俺のセリフに軽く頬を膨らませていた。




「それで?あなたはどうしてあんな所に居たのですか?」


テーブルに座り、一息付いた段階で彼女がそう言った為、場の雰囲気が一気に変化した。


「私はノーランと言って、王家から追放されてこちら側で集落を作って生活していたのですが、いつの間にか何者かに洗脳されてたみたいです。間違って貴方達に攻撃してしまって本当に申し訳ありません」


「大丈夫、そんな強くなかったから」


「ちょっと」


「いえ、事実です。それに感謝します」


サラっと失礼な言葉が出たので思わず彼女から突っ込まれるが、彼に静止されて食い止まる。


「それでどうしてこうなったんだ?」


「先先代の時の話です。私達は嵌められたのです。邪な敵によって唆された我々は反逆した者と見做されて国外に追放されたのです」


「そうだったのですか。それは申し訳ありません」


「いえ、それは唆された我々が悪いのです。もう一度、貴女に仕えさせて頂きたく存じます」


騎士が姫に忠誠を誓う構図が出来上がり、俺が除け者になるような空気感が完成した。


「おう、話は終わったな。じゃあ俺もう寝るから後の話は任せた。やっぱり積もる話とかもあるだろうからな」


例の空気感によって俺は邪魔なようだったので睡眠を取る為にリビングのソファーへと向かった。





 「そういえば、この方は姫様とはどういったご関係なのですか?」


 お互いの今までの話をし、互いの出来事を一通り知った後、寝ている彼を指差してノーランは聞いた。ルナはそれに対して特に嫌がる事なく彼との間柄を話す。


 「コーヤさんとの関係?別に大したものでもないけれど………強いて言うなら私を悪者から救ってくれた悪者、かな?」


 「それは、とにかく倒さないといけない敵ではないんですね?」


 首を傾げながらも不審がっているに対してすぐにルナは誤解を正す。


 「行動が悪者っぽく見えるだけで実際は良い人だと思うよ。嫌そうな顔しながらだけど私の要望とか結構聞いてくれるし。結局は悪い人じゃないんじゃないかな?」


 「今後裏切らないように監視する必要がありそうですけど、今は分かりました。姫様の言葉を信じます」


 納得はしてくれなかったが、了承はしてくれたので一先ず今後は大丈夫だろうと判断したルナは次にの事情を改めて深く確認する。彼の真意と目的が一体何なのかを。


 「話をしましょう。今までの事とこれからの事、コーヤさんには後で伝えましょう?」


 その面持ちには今までこの国を守り続けてきた者の手腕が確かにあった。





 揺れが止まり、大きな爆音がして目が覚めたると外の景色を見ようとして身体を起こす。


 「んぁ?なんかに遭遇でもしたのか?」


 恐らくはこの間のソナーみたいな独自の波を起こした時に見つけたあの生き物で合ってるは思うんだけど。


 「だとしたらアイツら大丈夫かな?ちょっと様子でも見てみるか」


 しかし外は砂塵が舞い上がっていて窓からでは様子が見えない状況にあったので玄関から外に出向かう。


 別に能力を使って自分で確認してもいいのだが、やはりこういうのは自身の目で確認するのが一番だと何となく感じている。楽な機能に身を任せるのは精神の堕落に繋がる。


 「あー、これは思ったよりもダメそうかもしれないな」


 外に出て真っ先に目の当たりにすると考えるよりも先にそんな言葉が出ていた。


 「その程度の力で、敵を殺せるとでも思い上がっていたのか?」


 「何故、俺は勝てないんだ!」


 視線の先には先程のお仲間さんになったノーランが地面に四つん這いに突っ伏していて武人らしき敵がその先に仁王立ちしていた。


 「おーい大丈夫か?今にすぐに治してやるからな」


 すぐに近付いてこの世界特有のやり方でを回復させると、ゆっくりとノーランは立ち上がってこちらを見据える。


 「すまない、助かった。しかし俺は今の実力では奴に勝てる自信が全くない。後はお願い出来るか?」


 「お願いって、アンタ堅物だから言い方が変になってるぞ。まあいいけどさ」


 「感謝する」


 横を取り通り過ぎて行き、数メートル歩いて行くと途中で力なくノーランは倒れた。すぐにルナが近付いて保護するが既に意識が無くなって気を失っていた。

 その様子を確認しながら、目線を外さずに目の前の敵を見つめると軽い冗談を言いながら場を和ませようとする。


 「ちょうど対戦相手が欲しかったところなんだよ。ブランク、付き合ってくれるか?」


 「なんだお前は?見た事がない、知らない奴だ」


 思っていたとおりではあるが、敵も堅物だったみたいで少しも動じずにこちらの正体を確認してくる。


 「だろうな。正体を言っておくと、俺は外から来てんだ。一応聞いておくけどお前はなんで戦うんだ?」


 「ここを守る為、そして敵を倒す為。敵ならお前も逃がす気は……ない!」


 信念を喋りながら攻撃を放ってきたそいつは凄まじい力で手持ちの斧を振り下ろす。


 「近接か、けどごめんな。それだと俺には当たらない」


 既に薄い水色の膜をシールドみたいに張って攻撃からガードしていた。正面からの力を一点に集中した魔力込めた一撃であったが、このシールドはビクともしない。


 「強者か」


 今の一撃で、今の行動で、それを見抜いた奴は確実に自身の事を奢っていない事が良く分かった。

 しかし同時にそれは彼への侮辱にも繋がる事になりそうだったので、それまでの気持ちを入れ替えて敵対する。


 「悪い、やっぱ手を抜くのはダメだよな。速攻で終わらせるわ。全力を用意してくれ」


 その言葉を理解したのか、彼は持てる全てを使ってこちらに向かって来た。恐らくフルパワーの俊敏な一撃を叩き込もうとしているのだろう。

 それに答えるべく、手から一つの剣を創り出すとそこから移動する為に瞬時に足に力を込めて飛ぶように直線に進みながら目の前の敵を斬る。


 「見事だ」


 斬られた名も知れぬ彼はそう一言だけ告げて動きを止めた。


 ただ、そこに立っているだけでも大した者と思う。少なくともあの時は確実に倒す勢いで斬っていた。

 しかし奴は何の因果がそれに耐えて見せ予想を上回った。普通なら体が爆発四散していた筈だったのだから。


 だからこそ、本来なら言う筈のない敵として戦った亡き相手への言葉を紡ぐ。


 「良い戦士だった。意志が硬く、多くは語らない。驕らず真っ直ぐな戦い方で根も真面目で。これで味方だったなら心強かったんだがな」


 あまりの唐突な出来事にルナがノーランの介抱が終わった後にこちらに近付いて来た。恐らくは今回の事情でも知ろうとしているのだろう。


 「あの、彼はどういう人だったのですか?彼は覇王軍の幹部でここを守護する者だと言っていました。でも、覇王軍もあんなに強い者も初めて出会いました。あの、もしかしてコーヤさんは何か知っているんじゃないんですか?」


 根拠も無いのに俺が何かを知り得た事を勘付いている。センスというべきものが優れているのかもしれない。


 「知らねーよ、ただ良い武人だったってだけだ。けれど敵があんなのばっかりだったら正直俺はこの依頼降りるぞ。あんなの気が持たない、どっちが正義か分からなくなるからな」


 剣で殺す間際、彼の生涯の記憶を見た。生まれは戦地で両親は殉死、孤児の施設で育てられた彼は恵まれた体格で軍に入隊して貰えて成果を挙げ続けていた。


 戦いの中で死を求めていた。一見すると悲しい生だったのかもしれない。


 けれども今し方殺された彼の顔は戦いの中で生涯を終えてとても満足していた。


 彼に対する救いの選択をした筈だが、何処か心の中で負い目を感じていた気持ちが口に出ていたのが不安という形で広がってしまいルナも感情に影を残す。


 「そうですね、私も少し不安になってきました。けど私は自分のやってる事は間違いなんかじゃないって信じてます」


 覚悟が既にあるのだろう。迷いは無く、顔も真剣な眼差しに変化している。これはいよいよこれからの事も考えなくてはいけないだろう。


 「しかし何れとしても明らかになってないのが敵さんの本丸だな。後はアイツが慕ってるボスが出てくれば倒せば良いものを敵が出てこないからな」


 もうすぐ砂漠の地帯を抜けてある場所に繋がる。そこは季節感が変わり、我々を迎えてくれる事だろう。

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