運命との邂逅


 その神々しくも美しい彼女は静かに宙に浮いていた。


 浮いていたのだが、何やら危ない勘がしたので相手を怒らせない様に慎重に相手の様子を伺う。


 「取り敢えず落ち付いて座ってください」


 「いや別に怒ってるわけじゃないから!」


 宙に浮いていた彼女はそれを解除してから床に降り立ち、こちらに目を合わせてくる。


 「それで…….…ウチになんの用ですか?出来れば新手の不法進入はやめてほしいのですが」


 「あ、いや!これは違くて!」


 「まあ、窃盗とかしなければなんでもいいんですけど」


 彼女に対して警戒の意を解くと、そこでふと、彼女の俺への視線が鋭くなる。


 「ねぇ、貴方。昨日の記憶はある?」


 「え、昨日ですか?昨日は普通にご飯を食べて、寝ましたね。寝てる間に何かありましたか?もしかして失礼な事を?」


 「そういう事じゃなくて……それもそうよね」


 何か彼女には思い当たるような節があったみたいで自己完結した後、そのまま少しだけ不機嫌になってしまった。


 「そうですか。なんかすいません」


 以降、互いに暫く黙り込んでしまい会話が続かなくなってしまった。その沈黙に痺れを切らしたのか彼女が新しい話を振ってくる。


 「これからどうするの?」


 「それは別に、俺は普通に高校生活を送るんだとは思うんですけど」


 けれどそう答えると彼女が露骨に嫌そうな顔をし始めた。


 「どうかしましたか?」


 「やめて」


 「何を、ですか?」


 「その口調よ。そんなの見てたら…………悲しくなるのよ」


 彼女にとってはよく分からないが自分のこの口調がとても嫌ならしく、少し辛そうな顔をしながらも俺に指摘をする。


 「そう、なんですか。すみません、変えるようには努力しますけど。そんな事を言われても俺は昔からこんな感じだからそれは難」


 「そんな喋り方!貴方はしない!!」


 突然、彼女は言葉の途中で怒鳴って掴み掛かってくる。だがその行為をした瞬間に自身のやったことを後悔して表情がみるみると変わっていく。

 しかし怖がっているというよりはやはり悲しんでいて、彼女自身にある変化が現れる。


 確かに急に怒鳴られてビックリはしたが、今はそれよりも言わなければならない事があった。


 「何か知ってる俺の事みたいですね。詳しく、教えてくれませんか?」


 「疑わないの?」


 「だって貴女が泣いてたら、もう聞かないといけないじゃないですか」


 「あれ?何で……」


 言われた彼女は泣いているという事が気付かなかったらしく、困惑しながら涙を拭き始めた。そしてどうして自分が泣いているのか分からなくなっている彼女のその状況に、一先ずズボンポケットの中からハンカチを一つ差し伸べた。


 「取り敢えず“私”とお話。しませんか?」


 泣いていた彼女を落ち着かせテーブルに座らせた後、自らの境遇を話していく。


 「実は私、ここ最近というよりは以前からの記憶が無いと思うんです。というのは、記憶が無いとハッキリ言えないところがあるからです。例えば、今自分の家に置いてある家具とかです」


 そう言うと、自分でキッチンからランチョンマットを持って来てからそれに指を指す。


 「これは何の為に買ったのか、いつ買ったかは知っています。けれど、何処で買ったかはわからないんです」


 「それって」


 彼女が理解したような反応を察して、私は話を端的に結論付ける。


 「そうです。つまりはもしかすると、貴女が言っていた通り。誰かに記憶に消されているっていう事かもしれませんね」


 そして私はその事実に結論を付け加えてまた話を纏める。


 「つまり今の私は記録がある状態で記憶は無いんですよ。勿論昔の記憶や思い出が無い訳じゃないんですけど、それでも本当に気付かないような違和感はあって………すみませんね。さっきは誤魔化すような事を言ってしまって。確信がなかったもので」


 「いや、別に。大丈夫です」


 先程まで苦し涙のような状態だった彼女は元に戻り、話だけなら聞ける状況にはなっていた。


 「そうですか」


 「私は……いや、やっぱり結構です」


 何かを言おうとして目を伏せる彼女にはきっと言えない何かがあるのだろう。けど


 「また隠そうとしていますね、ダメですよ。溜め込むのは悪い癖です。例えそれが言えない事でも、きっと私とあなたは何か関係があったんだと思います。だからこれからはちゃんと一緒に向き合って行きましょう」


 「私は」


 彼女は想い募った言葉を、溜めに溜めて私に発言をする。


 「あなたには私の手伝いをして欲しいの」


 「………え」


 「あなたは実は凄い力を持っているの。だからその力で私に力を貸して?」


 「宗教の勧誘は御断りしています」


 「何でよ!今の話からどうしてそうなるのよ!」


 鋭いツッコミが彼女からとんで来たがそんな事は関係ない。自分自身はそれを全く信用出来なかった。

 確かに彼女の言葉と顔に嘘は全く無かったとは思う。思うけれど、だからと言ってそれをすぐ信じろって言う方が無理がある。


 「いや、私の記憶に関する事なら納得しますけど力に関しては絶対嘘です。詐欺です」


 「本当なの!嘘じゃないの!」


 「だって、ほら?何も出来ませんから。私の力は少し速い走れるだけですから」


 彼女が否定するので理由を話すがそれに呼応して彼女はその訳を話す。


 「それは………そうですね。確かに、今の貴方ならそうです。貴方が凄い力を持つには少し条件があります」


 「それは?」


 軽く興味本位で訊くと彼女を決意したように呼応してその問いに答えた。


 「私が知っている貴方の記憶の一部を見せる事なの」


 信じ難い事ではあるが、彼女からは先程から全く嘘をついてるように見えなかった。だから一先ずはそれを信じた上でその中の疑問を彼女に返す。


 「記憶を見せる、ですか。つまり記録として私の脳に定着させるという事ですか?」


 「そうじゃなくて、記憶の一部を貴方に返すの」


 「記憶ってそんな風に軽く定着出来る物なんですか?」


 「違う!!そんなわけがない。あなたの記憶はとても大事なもので、価値があって!」


 「ご、ごめん、なさい」


 「あ、いや違うの。それに別に私は大丈夫だし、私は違うの」


 どうやら彼女のタブーに引っ掛かってしまったらしく、その場が気不味くなるが、まだ根本的な疑問が一つだけあった。


 「けれど、何故それをあなたが知ってるんですか?」


 その問いに何やら悩む仕草を見せた彼女は少し躊躇ったがやがて決意して話した。


 「あなたが、言ってたから」


 その言葉にかなり衝撃を受け脳を揺さぶられたが自分の言っていたという事もあり、私はそのまま彼女の提案を受け入れる。


 「そうなんですか。わかりました。じゃあ早速試してみますね。それじゃあお願いします」


 「わかりました」


 彼女が了承をすると私の体に触れて目を閉じた。すると急に目の前が真っ白に明るくなって視界が封じられる。


 「これは………」


 空間が見え、その先には白い光景が広がっている。そしてそのまま光に吸い込まれてその先の"記憶"が見えてくる。


 そして、その記憶は–––––––






 やがて、自分の周りで輝いていた光は段々と小さくなっていき、目の前の光景がさっきいた自分の部屋の景色に変わる。


 「どう、だった?」


 そう言いながら様子を確認して近くに来ていた彼女のその体は全身震えていて、その目は完全に恐怖と後悔を抱いていた。その姿を見た時に意志が鮮明になってくる。


 ああ、この子はずっと俺の事を心配していてくれたんだな。


 「ありがとな、まだ全然よく分かんねぇけど助かった。変な口調しててごめん、今思い出したら寒気がしてきた」


 「じゃあ記憶は?」


 「見た事はあるんだろうけど、知らない世界の光景が出て来たくらいだな。特にとても自分の記憶だとは思えなかったけどな」


 既に彼女は歪む顔を抑えきれずに泣いていて、そんな彼女に一言だけ声を掛ける。


 「よく頑張ったな、お前は頑張ったよ」


 その一言にスイッチに彼女の感情は瓦解する。


 「たし………私!もうあなたを苦しめたくなかった!でも、こうするしか分かんなかったの!ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんな、さい……ごめん、なさ」


 「大丈夫だ」


 止まらない彼女のあまりにも激しい感情を受け止めながら彼女を抱きしめる。震えている、とても辛い思いをさせてしまったのだろう。それだけで心が少し痛い。


 「たとえ自分が悪かったとしても自分自身を責め過ぎるのは良くない。そんな事をしたらずっと後悔が残る。それは反省したならばもう気にしなくてもいいんだよ」


 ひたすらに泣き続けている彼女に安心させる為、言葉を続ける。


 「それに俺は今ここに居て、お前と一緒に生きている。大事なのはそれだけなんだ」


 どうして彼女はここまで泣いてるのかは分からない。なんで俺は、ここまでされてるのに何も思い出せないのかが理解出来ない。けれど……


 この彼女の想いは無下には出来ない。


 「大丈夫だ、もうあと一年で辿り着ける」


 気付いた時には勝手に口から出ていた。その言葉を聞いた時、俺も彼女も驚いた顔をしていたと思う。予想なのは自分に確証が持てなかったから。


 けれど今の言葉で彼女はふと冷静になり、泣き叫ぶのを止めた。大事なのはそこだと思う。今俺が言っていた事、それを伝えれば良かったのだろう。


 「あー、まだよく分からないけど。これから一年よろしくな」


 「うん!」


 あの言葉に、彼女が何を感じたのかは分からない。けれど未だ輝きを失わない彼女は俺に明るい返事をくれた。



 「それで、お前は俺に何を求める?」


 「あ、う。それは………」


 椅子に座り直した後で彼女に改めて問い掛けるが彼女は答えに戸惑ってしまう。


 「まあ、なんでもいいさ。俺がなんとかして対処する。なんか今、凄い自信だけ付いてるんだ」


 「–––––ありがとう」


 勿論根拠はないし、そうは言うものの。やはり彼女の様子はぎこちないものだった。


 「やっぱり落ち着かないか?」


 「うん」


 でも落ち着かないのは一緒で、ある行動を取ってみる。


 「ちょっと下に宅配の荷物取りに行ってくる。だからその間にリラックスして、気持ちの整理でもしておいてくれ」


 「う、うん。分かった」


 了承を得ると外に出て、家の扉を閉めた後に家の鍵を閉めて壁に凭れて先程見た記憶を思い返す。



 何なんだアレは?



 さっき見た光景、あれはどう見ても人間の見て良いものじゃない。異常で異端、狂気で脅威なその記憶は自分という人間を意識するには充分過ぎる内容だった。


 「あれは、一体何なんだ」


 中心に映されているのは全て自分で、その先に見える物は全て無くなっていた。


 あまりに強烈過ぎる内容に頭がついていけずに瞼が重くなる。

 いろんな人の死体、大切な人の遺体。墓場前で悔やんでる姿、星が滅ぶ映像に、大地が汚れていく景色。空に向かって咆哮している光景もあった。

 決して忘れてはいけない事、決して忘れてはならない物。その筈なのに、何一つ思い出せない。


 何なんだよコレは、誰と何をしてるんだ?


 考えれば考える程に考えるなと言わんばかりの断片的な情報で何一つ理解する事が出来ない。

 分かる事といえば自分の力の扱い方、何が出来たという事だけ。それがあれば奴は良かったんだろうけど。


 「何か!救いたかったんだろお前は!!」


 この収まる事の無い気持ちだけが強く反芻した。


 「そうだ、荷物を取りに行かないと」


 この騒つく心を紛らわす為にも、一先ず行動する事で何かを誤魔化そうと動いた。


 「ジュース、買ってきたんだ。飲むか?」


 「うん、いる。ありがとう」


 戻って来ると彼女の様子を軽く見て落ち着いている事を確認し、安心した後に話を再開させる。


 「それで?さっきお前の手伝いって言ってたけど具体的に俺は何をすればいいんだ?」


 「うん、でもその前に」


 「ん?」


 引き止める彼女に少し疑問を覚えたが彼女の行動でその理由がすぐに理解出来た。


 「私の名前、教えないと。分からないでしょ?お前じゃ嫌だよ。とても心が哀しくなるから」


 「ああ、そうだな。……また、名前を教えてくれないか?」


 「はい、私の名前はりあ。桜 莉愛です」


 「俺の名前はしんえつ。新越 幸也だ」


 「うん、知ってます。だからあなたの事はこうやって、呼びますね」


 彼女は俺の事を再び呼べる事に何らかの思いがあったみたいだが、こちらにもその心境の変化があった。


 彼女の名前が知れた。無論知人だったという事も含めて安心はしたが、俺は彼女の名前が知る事が出来たそれだけで何故か心がとても暖かくなった。


 「それで、俺は具体的には何をすればいいんだ?」


 テーブルで確認の意味でこんな話を聞くが彼女はブレる事なく、必要なところだけを話していく。


 「それは他の惑星で色んな人のサポートをして欲しいんです」


 「俺のサポートときたら戦闘面でか?」


 「そうですね、後はメンタル面でもですかね?」


 「それは残念ながら俺はカウンセリングの資格は取得してないから無理だな」


 「まあ、そこは追々でやってもらいます。とりあえず、明日は朝から力の感覚を取り戻して貰ってこれからの使命に備えて下さい」


 そう話した後。彼女、莉愛は何処かにある家に帰って行った。時間が遅くなっていた事もあり、話が軽くなってしまったがまた後日に言うみたいだ。


 その後遅くなってしまったが夕飯を食べ、風呂に入り、布団に入るが、どうにも気持ちが落ち着かなかった。


 あの記憶の光景、靄が掛かって内容の殆ど見えなくて何かが足りないと感じる景色。日常で暮らしてる筈のに途轍も無い恐怖感を抱く日々。その他にも見えたモノは様々でその全てが自身の理解の範疇を越えていた。


 分からない事だらけではあるが、俺は一つだけはっきりと分かっている事がある。


 それは何かを救わなければならない事だった。

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