予約席
尾八原ジュージ
予約席
女子大生の加納さんは、カフェでウエイトレスのアルバイトをしている。小さなテーブルが5つ、大きなテーブルが1つの、こじんまりした店だ。
彼女がアルバイトを始めた当時、店長からこんなことを言われた。
「加納さん、トイレの近くの2人席は予約席だから、どんなに混んでいてもお客さんを通さないでね。あなた自身もあそこの椅子には座らないように。くれぐれも頼むわよ」
いつも笑顔の店長が、この時だけは怖いほど真剣な顔をしていたので、よく記憶に残っているという。
「あそこはお化け専用の席なの」
ある雨の降る日曜の午後、客足が途絶えたタイミングで、店長が教えてくれた。
「この店のオーナーが言ってたんだけどね、幽霊が出る店って、不思議とお客さんがつくんですって。だから専用の席を作って、お化けに居着いてもらうようにしてるのよ」
「縁起担ぎみたいなものですか?」
加納さんが尋ねると、店長は首を横に振った。
「それならよかったんだけどね」
「何かあったんですか?」
「他の人が座ると怒るのよ。何人か面白がって座った人がいるけど、それからまたお店に来てくれた人はひとりもいないわね」
そのうちひとりは、店を出るなり運転を誤った乗用車に轢かれ、目の前の道路で亡くなったという。
加納さん自身も一度だけ、誰かがそこの席に座っているのを見たことがある。
開店準備をしていたとき、ショーケースを拭いていた顔をふと上げると、例の席に真っ赤な服を着た女性が座っていた。
(あの席にお客さん? 開店前なのに)
メニューとおしぼりを手に歩み寄ろうとしたとき、窓の外を眺めていた女性の顔が、火を点けた蝋燭のようにドロッと溶けた。
「あっ!」
思わず声を上げた次の瞬間、女性の姿はもうどこにもなかったという。
「きっとホンモノなんです。うちの店の幽霊専用席は」
加納さんはふいにこちらから目を逸らし、独り言を言うように呟いた。
「実はひとり、あそこに座らせてやりたい人がいるんです……」
いつかその時が来るかもしれない、と思うと、アルバイトを辞める気になれないという。
予約席 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます