第24話 リア充の気持ちなんてわからない

保健室を出て、浅黄色の日が西へと移ろう空を眺めながら、僕は疑問に思っていたことを葛城さんに聞いてみた。

「葛城さんはさっき大丈夫ってわかってたの?」

 阿久津先輩がキレたと思ったとき、僕はかばおうとしたのに葛城さんは二人を黙って見ていただけだった。僕より運動神経が優れている彼女が、女子とはいえあの状況で何もしようとしなかったのはおかしい。

「結構するどいね、谷風君」

 葛城さんは緊張が解けたためか、柔らかく笑っていた。

「わたしは大丈夫だな、ってわかったから。まあ部活で二人のこと、いつも見てるしね。薫も初めからわかってたのかもしれない。途中からなんか芝居がかってたしね」

 ああ、あれに嘘くささを感じたのは僕だけじゃなかったのか。

 でも阿久津先輩の行動を暴走と勘違いしたのは、事実だ。

「なんだか、僕は下手に出しゃばろうとしただけだったね」

 もしも、阿久津先輩を止めるために動いていたらどうなっていただろう? 下手をすると暴力沙汰になって、葛城さんたちを巻き込んでいたかもしれない。

僕の落ち込んだ心情が顔に出ていたのか、葛城さんは慌てた様子で僕の言葉を遮った。

「そんなことない。あの時体を張ろうとした谷風君の表情、けっこう……」

「けっこう、なに?」

「なんでもなーい!」

 葛城さんはそう言って、そっぽを向いてしまった。その表情は、かすかに緩んで赤く染まっていたように見えた。

「でもあの二人、あれでよかったの?」

 僕がそう口にすると、急に葛城さんは真面目な顔になる。

「いいわけない、よね」

「阿久津先輩はまた浮気して、薫が悲しんで、部活がぎすぎすして、それが続くにきまってるよね」

 葛城さんはふう、と大きくため息をついた。

「でもそれを楽しんでる風もあるし、仕方がないんじゃない?」

 それを聞いて、さっきまで冷めていた心がさらに冷めていくのを感じる。

 冷たいのを通り越して、自分という存在が空っぽになった気さえする。

 空っぽになった心は、関心が内へ内へと向かう。

 あんなにギスギスして、周りを振り回して、駆け引きを楽しむ。

 そうして何年かたって振り返り、あの時はああいうこともあったねえ、と懐かしむ。

 それが青春の一ページと、うそぶく。

 ああいう人種の気持ちが、本当にわからない。

 


 その後、阿久津先輩の浮気癖は少しは収まったらしい。

 チャラ男でも、心が少しは動いたということか。

 というかあの状況で何もしなかったらさすがにまずいと思っただけかもしれない。

 他の女子との約束が結構入ってたらしいけどあの日にすべてキャンセルしたと薬師寺さんから聞かされた。

 でも別れ話はまだ切り出していないらしいから、薬師寺さんは不安らしい。

 あれだけされても浮気相手を振らず、キープはしておくなんて阿久津先輩、やっぱりクズだな。

 それでも薬師寺さんは阿久津先輩を信じているらしい。ひどいことをされても好きなんて、リアルDVの関係を見ている感じがした。

 葛城さんたちバスケ部の人も、もう苦笑するしかないそうだ。

 女子バスケ部の対立の方は、以前対戦した小間高校の佐倉さんが個人的に薬師寺さんをお見舞いに来た際、薬師寺さんのプレーを絶賛したことで彼女の立場が幾分改善したこと、阿久津先輩と少しよりを戻した薬師寺さんが自分のグループの子にそのことを伝え、もうやめるように説得したそうだ。

 すぐには難しいけど、少しずつみんなで団結して先輩に勝った時のことを聞かせたり、バスケの練習中にリーダー格の二人が仲良くするところを見せることで少しずつ変えていこうとしているという。

 なんだか表面だけを取り繕っている気がするけれど。

 でもそうやって少しずつ関係を修復して、いわゆるいい関係、という形をつぎはぎだらけでも作っていく。

 時にはぶつかり合って、衝突して、喧嘩して、周囲を巻き込んで、また仲直りする。

 これがいわゆる人間関係、友情というやつだ。

 気を使うばかりで疲れる、まるで砂上の楼閣のようなものだ。

 もっと全面的に信頼できて、疲れない関係があればいいのに。

 でも僕が求める関係なんて、おそらくこの世にはないのだろう。

 いじめられていたら、本当に困っていたら、何を差し置いても助ける。

 そんなのは妄想だ。

 誰だってわが身が可愛いし、見返りがなければ助けない。

 見返りがなくても助けるのは、自分の安全が確保されているときだけだ。

 僕だってそうなのだろう。自分が死んでも事故に遭いそうな人を助けられるとは思えないし、紛争地に飛び込んでいく気もない。

 助けられるのは、手の届く範囲だけで、自分ができる範囲だけ。

 僕だって、そんな身勝手な人間の一人でしかない。

 阿久津先輩たちを見ていると、そんなことをふと考えた。

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