第23話 真相2
「どういうこと?」
「それは後で話すしぃ。でも結局、推薦狙ってる子もいるし、それにやられっぱなしっていうのも気に食わないかったしぃ、くそったれ、っていう子までいたしぃ」
「それ言ったの、薫だよ?」
細かいところまでよく覚えてるな。
というか、こうやって話してるときは以前練習をのぞいた時みたいにそんなに仲悪そうに見えない。
「そこで先輩たちと、顧問の立会いの下で試合をすることになったしぃ。顧問だって試合の成績はいいほうがいいから、強いって証明すればうちらの言うことも聞いてくれるかも、そう思ったしぃ」
「よく認めてくれたね?」
「わたしもそう思ったよ。あのセッティング取り付けたの、薫でしょ?」
「別に大したことじゃないしぃ。あっつ~から顧問に頼み込んでもらったしぃ」
「阿久津先輩が?」
「あの時、色々あってあっつ~と付き合い始めたしぃ。カノジョの言うことは聞いてくれたしぃ。顧問とかなりやりあって、男子バスケ部の先輩からも余計な口出しするなって責められたらしいけど、その時一年ですでにエースだったせいもあって、何とかやりきってくれたしぃ」
そこまで言って、薬師寺さんは僕と葛城さんを半眼で睨みつける。
「あっつ~は浮気するし、乱暴なところもあるけど、いざってときは頼りになるしぃ。だから悪く言うの、許さないしぃ」
「そんなこんなで、試合になったしぃ」
相手が下手だったって言ってたけど、楽に勝てたんだろうか?
「でも世の中そんなに甘くなかったよね」
「そうだしぃ。正々堂々負かしてやろうって思ったけど、へたくそばかりじゃなくてフツーに上手い先輩もいたしぃ」
一年の差は伊達じゃないってことか?
「でもギリギリ勝てたしぃ。真面目に練習しないくそったれもいたから、そこをつけたしぃ」
「それから、しごきとかいじめの証拠写真、スマホで撮ってたのまとめて顧問に提出したんだよね。しかも試合終わった直後」
「あの時のあいつら、マジうけたしぃ。試合で負けて意気消沈してるところに、たたみかけてやれって純子の提案だったしぃ」
「人を性悪みたいに言わないでよー」
そう言って笑いあう二人は、やっぱり仲良さそうに見える。
「そんなこんなでメンツつぶされて、あいつら結局全員やめたしぃ。最初は嫌がらせ色々してくるかと思ったけど、体育館に近づくこともなくなったしぃ」
だから三年女子が今のバスケ部にいなかったのか。
「それがどうして今の状況につながるの? 嫌な先輩がやめて、めでたしめでたしじゃないの?」
僕の言葉を聞いて薬師寺さんが再び葛城さんを睨みつける。また険悪なムードに戻った。
「その時は相手との相性もあって、純子の方が活躍する機会が多かったしぃ。そのせいで純子がキャプテンになって、一年のリーダーになってたあっつ~と話す機会が増えて、あっつ~が純子のこと気にし始めたしぃ」
「それはわたしのせいじゃないでしょ…… 阿久津先輩、何度も嫌だって言ってるのに、しつこく言い寄ってくるんだから」
葛城さんは嫌そうに顔をしかめる。
要するに、いわゆる三角関係か。
ふと、以前見たバスケ部の様子を思い出す。グループが座る位置まで明確に分かれて、対立しているのが部外者の僕にさえわかるほどだった。
ただの三角関係なら三人の関係で収まっているのだろうけど、グループのリーダー格の二人だから、お互いのグループの対立にまで発展してしまっているのか。
阿久津先輩の浮気性がすべての原因のような気がするが。今こうしている二人を見ても、それほど仲が悪そうに見えないし。
薬師寺さんの言うとおりに、仮に葛城さんに彼氏ができたとしても阿久津先輩はまだちょっかいかけそうな気がする。
ああいうチャラい系はそういうの気にしなさそうだし。
「なんだか、めんどくせぇことになってんな」
背後から聞こえてきた野太い声に、心臓が飛び上がるような感覚を覚える。
葛城さんも、薬師寺さんも、背後の一点を見つめて顔を青くしていた。
保健室の扉が遠慮など欠片もない手つきで開かれ、静まり返っていた空間をかき乱す。
阿久津先輩が立っていた。
なんでここに?
そう思ったのが顔に出たのか、阿久津先輩は文字通りの上から目線で言い放つ。
「自分のオンナの様子を、男が見に来たらおかしいか?」
そのどすの効いたような声に、軽く震えが走った。
また乱暴されるのか。そう思いとっさに体が硬くなる。でも阿久津先輩は薬師寺さんのテーピングを見て、ふっと表情を緩めた。
「外からこっそり手際見てたけどよ。お前、すげえな」
阿久津先輩が感心したような声を出す。
正直、唖然とした。
混乱したくらいだ。あの阿久津先輩が僕のことを褒めるなんて。
それにてっきり自分の彼女に触れられたことを怒るかと思ったので、この反応は予想外だった。
それから、薬師寺さんの方を向き直る。
「薫。俺の気を引くために色々とやってたみたいだな」
その言葉に、薬師寺さんはさらに顔を青くした。血の気が失せて紫に近い顔色。リップを縫っているはずの唇はかさかさに乾いているかのように見えた。
「あっつー。私は…… ただ、あっつ~に振り向いてほしかっただけだしぃ」
薬師寺さんはベッドの上に座ったまま、阿久津先輩から逃れるように体をのけ反らせる。
それにも構わず、阿久津先輩はポケットに手を入れた状態で薬師寺さんのほうへ歩いていく。膝同士が触れ合うくらいまで二人の距離が縮まり、そのまま凄みをきかせた顔を近づけていく。
自分を非難されていたことを、怒るのだろうか。
それともああいうチャラ男だから、すぐに手を出すのだろうか。
至近距離から睨まれた薬師寺さんは青ざめて、今にも泣きだしそうだ。
阿久津先輩の右手がポケットから出て、薬師寺さんの顔へと近づいて行った。
その瞬間。僕の体が反応する。
別に薬師寺さんが阿久津先輩に殴られても、それは二人の問題のはずなのに。
僕を小馬鹿にするような人間がどうなってもいいはずなのに。
僕の力じゃ、阿久津先輩を止められっこないのに。
なぜか体が動いて、彼らを止めようとした。
黙って二人を見つめていた葛城さんは、動く気配すらなかった。
でも、阿久津先輩の拳はゆっくりと開かれ、親指と人差し指で輪を作る。そのスローモーな動きに反応が一瞬止まった。
そして阿久津先輩の指は。汗で髪が張り付いた薬師寺さんの額を、ぺしん、と叩く。
「あ、あっつー?」
薬師寺さんは額を押さえながら、拍子抜けしたように阿久津先輩を見上げている。
でもただのデコピンでも、阿久津先輩の力ではそれなりの威力があったらしい。
後から痛みが襲ってきたのか、薬師寺さんは赤くなった額を押さえていた。
「これで、今回はチャラだ」
え? どういうこと?
事態の急展開についていけずに混乱している僕をよそに。
「あ、あっつ~……」
さっきまで顔を青くしていた薬師寺さんが、今度は瞳を潤ませて阿久津先輩を見上げていた。
「別に怒っちゃあいねえよ。女ってのは、めんどくせぇもんだ」
その言葉に薬師寺さんが、ほっとしたのが伝わる。
場の空気が弛緩したのを感じた。
葛城さんは場の流れをある程度理解しているのか、呆然とするより苦笑いしていた。
だけど阿久津先輩は再び、研いだ剃刀のように鋭い目で薬師寺さんを睨みつけた。
「しかしまあ、ここまで俺に楯突いた女は初めてだぜ」
再び場の空気が緊迫する。
なんというか、阿久津先輩はスイッチ切り替えるみたいに一瞬で空気が入れ替わるから怖い。まったく油断できない。
「でもよ」
阿久津先輩が口元を緩め、また場の空気が弛緩した。
「今まで俺に告白してきた女は、格好いいとか、俺をおだてて持ち上げる奴らばっかだったからな。俺を振り回した女はお前が初めてだぜ」
「……嫌いになったしぃ?」
薬師寺さんが、また泣き出しそうになる。
「いや」
あの、傲岸にして不遜な阿久津先輩が、初めて照れくさそうな表情を見せた。
「まあ、お前みたいにめんどうくせぇ女も、悪くねぇ」
阿久津先輩はそう言いながら、薬師寺さんを抱きしめる。
薬師寺さんも阿久津先輩を抱きしめ返した。
薬師寺さんは頬を赤らめ、阿久津先輩は腕の中の彼女に柔らかな笑みを浮かべていて、とても幸せそうだ。
理想のカップルというものかもしれない。今この状態だけを切り取ってみれば、だけど。
人によってはキャーキャー言う場面かもしれない。
でも僕には。まるで下手くそな演劇のようにしか見えなかった。
クラスで時々盛り上がっている、ドラマとかで時々見かける、ありがちな展開を見ても羨ましいとも何とも感じない。ただ冷めた視線で二人を見ていた。
観客がいるのに堂々とラブシーン突入したのもあったけど。
あれだけ浮気しただの、浮気してただの、言ってたのにあっさり仲直り?
わけがわからない。
それともギャル男とギャルの恋愛ってこういうものなんだろうか?
振られたその日に告白して、経験人数の数で競い合って、元カレ元カノからのプレゼントをゴミのように捨てる、そういうものなのか?
僕は徒労感と、くだらなさを同時に感じてその場を後にした。
空気を読んで二人きりにしてあげた、と誤解してくれたら嬉しいんだけど。
葛城さんも、二人を苦笑いしながら見ていたけど保健室を出ていく。
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