第20話 私が出ます
薬師寺さんがケガしたことでタイムアウト、いわゆる試合中断になる。
足首を押さえてうずくまる薬師寺さんの下に、試合を観戦していた他のメンバーが何人か駆け寄ってくる。
もつれこんで倒れた佐倉さんの方も心配だったけど、足を踏まれたのに意外と平気そうだ。むしろ薬師寺さんのことを心配して、申し訳なさそうな表情で声をかけていた。
他の小間高校のメンバーも薬師寺さんを気遣っている。
「薫!」
葛城さんが膝をついて、薬師寺さんの肩を撫でた。
「へい、き。あんたに心配される筋合いは、ないしぃ」
薬師寺さんは口の端を歪めながら憎まれ口を言っているのに、嫌な感じがしない。
「バカ! こんな時まで維持はらないで」
その二人の様子は、心底お互いが嫌いだとはとても思えなくて。
本当は仲が良かったんだろう、と思えた。一体二人の間に何があったんだろう。
以前口にした、「去年の秋」という言葉。どういうことなんだろう。
でも今はそんなことを考ている余裕はなかった。
突然のアクシデントにより中止された試合に、観戦していた人たちからざわめきが聞こえだす。
阿久津先輩が他のメンバーを押しのけて、薬師寺さんの下へ駆け寄った。
「大丈夫か!」
「う、うん…… でも心配いらないよ、あっつ~」
薬師寺さんは顔をしかめながらも笑顔を作る。
汗で額に張り付いた髪の毛が、メイクが少し崩れた顔に張り付いていた。
「ぼさっとするんじゃねえ! とにかくスプレーで冷やすぞ!」
阿久津先輩は後輩に怒鳴るように指示を出し、自分の手で薬師寺さんを治療していく。
コールドスプレーの白い煙が患部を冷やすと、薬師寺さんは目を固く瞑り歯を食いしばっていた。
遠目に見てもわかるほど、捻挫がひどい。葛城さんの時よりも、ずっと。
足首も、足の甲も元の倍近くに腫れあがりくるぶしがなくなるほどだ。
「後は保健室だな。歩けるか?」
「ちょっと、無理そう…… 肩を貸してもらっても、きついかも」
それを聞いて阿久津先輩は薬師寺さんの膝下と脇に手を入れて、抱え上げようとする。いわゆるお姫様抱っこだろうけど、腫れた足首が垂れさがる状態になり、薬師寺さんが悲鳴を上げた。
「わかった。担架取ってくるから、少し待ってろ」
そう言って阿久津先輩は体育館の外へ出ていった。
他のメンバーが薬師寺さんの足首を動かさないようにして、四人がかりで両手足を担いでコートの外へ連れ出す。
薬師寺さんの代わりに大人しそうな女子がポイントガードに入って試合再開した。
「どうして、あんな無茶したの」
葛城さんが少し強めの口調で、捻挫した足を延ばしてコート端に座る薬師寺さんに問いただしていた。
「そうだ。さっき交代を勧めたのに、なぜ無理をした?」
顧問の先生も同じような感じだ。
「葛城の怪我が治りきっていないから無理したのか?」
薬師寺さんは、何も言わず目をそらす。視線の先には薬師寺さんと同じようにギャルっぽい女子たちがいた。
「葛城がいないからって、そこまで無理することない、ポイントガードならもう一人いるんだ」
コート内では、新しいポイントガードの子がプレーしている。
もみじより少し背が高いくらいでバスケ部にしては小柄。首くらいまで伸ばした髪は黒く艶があり、長い前髪で目が少し隠れている。小動物系、といった印象だ。
ただ、性格なのか、それともまだ一年なのか、他のメンバーに強く指示を飛ばせず、少しまごついているような感じがあった。
それでもドリブルやパス回しを駆使してボールを守り、かつ果敢に攻める。
見た感じすごくまじめで、基礎に忠実な動き方という感じだ。派手なプレーはないもののフェイントやタイミングを駆使してボールをキープしている。
でも薬師寺さんに比べると一歩劣っているのが目に見えてわかる。
ふと、コートの端で葛城さんが軽くストレッチを始めたり、ボールを軽くドリブルしたり両手の間で動かしたりしているのが見えた。ハンドリング、だっけか。
試合に出るつもりかと思ったけど、それは止められているはず。後輩の子にプレーの指導をするつもりだろうか。
素人の僕にはよくわからないけれど、ポジションが同じだし言うだけよりやって見せるほうが指導しやすいのかもしれない。
でも試合は葛城さんに構わず進んでいき、ボールをスティールされる頻度が多くなり、シュートを決められ、点差が縮んでいく。
コート端に座り込んでそれを見つめている薬師寺さんと、担架を取って帰ってきた、その隣に座る阿久津先輩が悔しげにそれを眺めていた。
第二クォーターを終えたところで三十六対四十三と、逆転された。
「わたしが出ます」
クォーターの間の休憩時間。いわゆるインターバルの時、葛城さんがそう口にした。
「なにいってるしぃ? まだ捻挫、治りきってないんだしぃ」
薬師寺さんが葛城さんに食って掛かっていた。
心配している感じもあるけれど、それ以上に目を見開いて驚いていた。
ちなみに担架は運ばれてきたけど、薬師寺さんは試合を最後まで見たいということで保健室には行かず待機している。
「わかってる。いつも通りのプレーはできないと思う」
「なら、無理するんじゃないしぃ」
「でも、凛ちゃんももう限界みたいだし、薫も無理だし。私が出るしかないかなって。パス中心に回せば、何とかなると思うから。せっかく小間高校のみんなも練習試合に来てくれたんだから、ここで終わらせちゃうのはなんか違うかなって」
「先輩……」
凛ちゃん、と呼ばれたのは薬師寺さんの代わりにポイントガードに入った小柄な子だ。息を切らせながら申し訳なさそうに視線を落としている。
「ほら、そんな顔しない!」
葛城さんが体をほぐしながら明るく声をかけた。
「凛ちゃんはすごく頑張った! それに結果も出せた! そんなに点差を広げられなかったのは凛ちゃんのお陰だよ」
そう女子バのキャプテンである葛城さんに励まされ、彼女は目を潤ませていた。
「試合の後半分、全力でいくよー!」
葛城さんの良く通る声で号令をかけると、少し消沈気味だった雰囲気が明るくなるのがわかる。
彼女はやっぱり、天性のムードメーカーだ。
でもその明るい雰囲気に乗り切れていないのが薬師寺さんだった。
態度は周りに合わせて明るくふるまっているけれど、薬師寺さんは周囲になじめていないのがわかる。
集団のノリに乗っているとそういうことに気づかない人が多いし、彼女みたいなギャルが明るいテンションについていけないなんて考えもしないのかもしれない。
でも僕は周囲になじめないのは慣れているから。だから、同じ感じの人はよくわかる。
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