第21話 試合終了だよ
葛城さんがポイントガードに入り、試合再開だ。他のメンバーも葛城さんと良く練習していた子にチェンジしている。
ボールが葛城さんにパスされると、彼女はゆっくりしたドリブルでゴールへと向かう。
もちろん、それを見逃す小間高校じゃない。漆黒の馬がポニーテールをたなびかせ、ボールを奪おうと向かってきた。
でも葛城さんは、自分の手を向かってくる佐倉さんから見えないように体で隠し、サインのようなものを出した。
交代した子は、それを見ただけで頬が緩む。葛城さんへの信頼が伝わってきた。
それに応じて、他の名栗高校のメンバーが動きを変えるかと思ったけど特に変化した様子はない。
サインを出したことに佐倉さんは気が付いたようだけど、走る速度を緩めずに葛城さんの方へと向かう。
三メートル、二メートル、一メートル。
徐々に距離が縮まる。
危険だからか後ろからボールを奪う気はないらしく、佐倉さんは葛城さんの右に回り込んだ。
右足は、捻挫していないほうの足。
葛城さんは、少しだけ身をかがめる。ドリブルしているボールも、小刻みにバウンドするようになり、リズムが変わる。視線は佐倉さんに向けられたまま。
と思った瞬間。
伸びてきた佐倉さんの手と地面。そのわずかな隙間から、スナップを利かせた鋭いバスが放たれた。
「ナイスです!」
そのパスの先にあるのは、名栗高校の白いユニフォーム。
おそらく、普通にパスしたのでは防がれただろう。
でもリズムと高さを佐倉さんの接近に合わせて一瞬変えることで、タイミングがずらされたのだ。さらに視線とパスの向きがバラバラだったことも大きかったのだろう。
ノールックパス、っていうんだっけ?
怪我をしていた葛城さんに佐倉さんがあっさり抜かれたことに動揺したのか、小間高校のディフェンスが一瞬遅れ、その隙にシュートが決められた。
これで三十八対四十三だ。
「葛城…… やっぱすげえな」
阿久津先輩が葛城さんに見とれるような視線を向けながら。そうこぼす。隣の薬師寺さんは爪を噛み、ぎりぎりと音が出るかと思うほどに強く歯噛みしていたけど阿久津先輩が気付く様子はない。
それからも、葛城さんの活躍は続くと思われた。
でもスポーツはそんなに甘くない。
相手が慣れてくるとマークを増やしたり、ステップを使って左右から揺さぶりをかけられたりして葛城さんのノールックパスは防がれるようになってしまった。
第三クォーターを葛城さんがつとめた後、凛と呼ばれた子がまた入り第四クォーターが開始された。
健闘したけど、けっきょく試合は四十二対五十五で名栗高校が負けた。でも試合後は名栗高校の選手も小間高校の選手も、互いの健闘を褒めたたえあっていた。
スポーツってこんなに後味がいいこともあるのか。僕が知ってるのとは、まるで違う。
運動が得意なほうじゃないし、僕がミスして負けて、チームメイトに責められるのが僕の体験したスポーツのすべてだ。
でもこんなスポーツがあるのなら。もっと早く、こんな試合を知っていたら。
スポーツが好きになる道も、あったのかもしれない。
試合が終わり、コート中央に集まってお互いの選手が健闘を称えあっている中、葛城さんはキャプテンということもあってか場の中心だった。
「足を怪我していたのにあのプレー、すごかったですね。今度は地区大会で会いましょう」
「さすがはキャプテンでした! 私のフォロー、ありがとうございます」
相手チームからも、名栗高校からも賞賛の声があがる。
「薬師寺さん、あなたもすごかったですね。あの閃光のようなドリブルと空中でのプレー、相当練習されたのでしょう。それと…… 今日はすみません」
佐倉さんは薬師寺さんが怪我したのを自分のせいと感じているのか、ひどく申し訳なさそうに頭を下げた。
「べつに、気にしてないしぃ。それに練習しても、最後に失敗したら意味ないしぃ」
薬師寺さんにも称賛の声はかけられる。それ自体は葛城さんに劣るものじゃない。
でも怪我をしたこともあり関心は活躍よりもそちらに向かいがちだ。
薬師寺さんは褒められても持ち上げられても、心底嬉しいと感じているようには見えなかった。
なんとなく、二人が仲違いしている理由がわかった気がする。でもそれだけじゃない気もした。
やがて試合の後片付けが始まると、薬師寺さんは保健室に行って本格的に治療することになった。
待っている間に少し痛みが引いた様子なので、葛城さんに肩を貸してもらい保健室へ連れて行ってもらうことになる。
他の人がついていかないのかと思ったけど、顧問が葛城さんに何か目配せしていたので二人で今回の件について色々と話をしておけ、ということだろう。
すぐに病院へ行かないのは疑問だったけど、むしろそっちの理由の方が大きそうだ。
試合が終わったため、見物していた他の生徒たちの数が少なくなり始める。
僕も帰ろうか。
そう思い、人の流れに乗って体育館から離れる。
するとそこに縁のない眼鏡をかけた、栗色の髪と目をした女子がいた。
「もみじ…… 来てたんだ」
出口のすぐ外で、暑い日差しの中もみじは一人で立っていた。
「一応ね。人がいっぱい集まってるのが見えたから。それにしても、葛城さんはすごいね」
「うん。怪我が治りきってないのにあのプレー、みんなの気持ちを盛り上げるカリスマ。流石だよ」
興奮気味に話す僕を見て、もみじは寂しげにうつむいた。
「やっぱり、勝てないな」
そう自嘲気味につぶやく様子が、ひどく儚く映る。
「勝てないって、みんなの調子が万全なら、勝負はわからなかったよ」
「そういうことじゃ、ない」
もみじはその場から逃げ出すように、体育館を後にした。
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