第18話 試合
翌日。半日授業が終わると僕は約束通り体育館に向かった。
阿久津先輩のことが少し心配だけど、遠目に見るくらいなら問題ないだろう。
体育館に近づくたびに増えていくギャラリーを見て、知らない人間が多いといつもなら緊張するはずなのに少しだけほっとしていた。これなら僕がいてもそんなに目立たない。
見学者に混じって、体育館の大扉の隙間からこっそりと中を伺う。うちの高校の体育館は避難経路もかねてか二階に当たる部分の外壁に柵付きの通路があり、そこを観客席代わりにしていたので大扉付近はそれほど混んでいない。
体育館ではすでに「小間高校籠球部」と書かれた黒を基調にしたユニフォームを付けた数名の女子がストレッチを行っていた。号令をかけている子がキャプテンだろう、腰近くまである長い黒髪をポニーテールにして結わえている。
僕も背の高いほうではないけれど、それでも女子と比べれば高い。でも彼女は遠目に見ても、普通の男子と遜色ない背丈だ。
鋭い眼光を伴った黒曜石のような瞳、彫りの深い顔立ちは凛としてサムライを思わせる。
だけど何より目立つのは凛とした表情に似合わない、薄手のユニフォームを押し上げるほど凹凸のはっきりした体形。明らかに葛城さんより大きい。いや、ひょっとしたらこの体育館にいる女子の中で一番大きいんじゃないだろうか?
しかもスポーツをしているせいでお腹や手足は引き締まっているから、余計に胸部が強調されて見える。
気が付くと僕以外の男子も一人残らず彼女に釘付けで。
悪いことをしているような気分というか、彼らと同じように彼女を凝視することに罪悪感があって、僕は彼女から目をそらす。
エロ本やエロ動画を集まって見る男子のノリは苦手だ。
紳士たるものああいったことは一人でするべきだと思う。
言い方は悪いけど、対象の女子を輪姦しているのと似ている気がするのだ。
応援としてコートの端に詰めている男子バスケ部員の中、阿久津先輩もまたその他大勢の男子と同じくだらしない顔をして佐倉さんを見ていたが、ユニフォーム姿の薬師寺さんに脇腹をつねられていた。
「いてて…… いいだろうが、減るもんじゃないし」
目をそらしながらも言い訳する阿久津先輩に対し、薬師寺さんは唇を尖らせていた。
「あっつ~は、誰のカレシ?」
「お前だよ……」
脇腹をさする阿久津先輩に、薬師寺さんは身を寄せて囁いた。
「なら私を見ててくれないと、嫌だしぃ」
そう言いながらさっきつねった脇腹を艶めかしい手つきで撫でる。
それだけで阿久津先輩の顔がだらしなく歪んだ。
「じゃ、頑張ってくるしぃ。私のこと…… 見てて、だしぃ」
一転、薬師寺さんが真剣な目つきになる。
薬師寺さんがコートに出ると、もう阿久津先輩は佐倉さんを見ていなかった。
今日の名栗高校側のスタメンは、薬師寺さんを中心にしたチームらしい。五人がコートの中央線に並んで挨拶をすると、審判のホイッスルとともに試合が始まった。
ジャンプボールを先に奪ったのは、相手の小間高校だった。長いポニーテールをたなびかせ、キャプテンの佐倉さんがドリブルをしながら名栗高校の陣地へ切り込んでいく。
背の高さ、手足の長さを存分に生かしたドリブルは素人目に見ても速く、ボールを持っていない子たちがついていくのがやっとという感じだ。
薬師寺さんはコート中央寄りにいて追いつけない。ゴール下で守っていた別の子たちもあっという間に抜かれ、シュートを決められた。
ゴール近くからのシュートで、小間高校に二点が入る。
審判がホイッスルを鳴らした。
次は名栗高校の攻撃から始まる。
ボールを持った薬師寺さんが、姿勢を低くして真剣な眼差しでゴール、相手チームの選手を一瞥したかと思うと猛然とドリブルし始めた。
一人、二人。佐倉さんとは対照的な低い姿勢からのドリブルで次々と相手チームを抜いていく。バスケのボールが跳ねる音、シューズが体育館の床を擦る甲高い音が声援に混じって僕の耳に聞こえてくる。
三人目、佐倉さんほどではないけど大柄でゴール付近をがっちりと守っていた。
確かバスケではゴール下を守るポジションはフィジカルに優れた選手が選ばれるんだ。
それでも薬師寺さんは歩みを止めず、体当たりするんじゃないかって勢いでその子に向かっていく。
バスケ部から困惑の混じった声や視線を感じた。
素人目にも無茶だ、と思えるプレーだけど玄人目に見ても無茶なのか。
でも葛城さんは近づいたところで唇をにやり、と歪める。
ドリブルしていたボールが彼女の手元ではなく、あらぬ方向へ跳んだように見えた。
ミスか?
でも僕がそう思ったときにはすでに白いユニフォームの子がそのボールをキャッチし、ドリブルにつなげてゴール下へ向かっていた。
ゴール下を守っていた相手チームの子が両手を上げながらジャンプして、シュートを阻もうとする。彼女のほうが薬師寺さんより背が高いし、ジャンプ力もかなりある。
でも薬師寺さんはタイミングをずらし、一拍遅れてジャンプする。
タイミングをずらされたことで薬師寺さんが最も高い位置までボールを上げたとき、相手の子の体はすでに重力に引かれて降下を始めていた。
その瞬間だけ相手より高い位置にいる薬師寺さんが、見事ブロックをかわしてシュートを決めた。
点を入れた合図のホイッスルが、耳に心地いい。
胸が興奮でドキドキした。
格好いい、ただそれだけを感じさせるものすごいプレーだ。
体育館内に壁を揺らすほどの声援が飛び交う。
バスケ部に関わらないようにしようって決めてたけど、この瞬間だけは純粋に試合を楽しみたかった。
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