第13話 登山計画
次の昼休み。
僕はトイレに行こうと廊下に出たと思ったら突然、腕をつかまれて引きずられるように歩かされた。僕との筋力差は歴然で、振り払おうにもびくともしない。
そのまま廊下を歩かされ、校舎裏に連れていかれた。
そこで阿久津先輩は僕をつかんでいた手を放し、壁に叩きつけるように放った。
背中を打ち付けて軽くせき込む。
「おい、お前……」
阿久津先輩はすでにキレていた。目を吊り上げ、上背のある背丈で僕を壁と挟むようにして立っている。
筋肉の浮いた腕を壁についている。いわゆる壁ドンだ。
実際にやられてみると、相当怖い。というか暴力的だ。こんなのにあこがれる女子の気持ちがわからない。
「お前、葛城とだけじゃなく、さっき薫とも二人で話してたな」
どすの効いた声で、僕を睨みつける。僕の頭上の手は、コンクリートの校舎の壁にぎりぎりと指を食い込ませていた。
何を言っても聞かないな、というのが伝わる。
というか、わかる。
人間、話の内容じゃなくて話す人間で聞くかどうかを決める。特にいじめが好きな人間はそうだ。
周りには誰もいない。一人で逃げるのは無理だろう、腕力も足の速さも阿久津先輩が上だ。
僕が今できることは、殴られるのに耐えることだけ。
辛くないように、できるだけ自分で自分の心を麻痺させる。
いじめられていた時に身に着けたスキルだ。
そうしていると、周りがどうでもよくなってきて。自分が何をしてもどうにもならない、意味がない、そんな虚無な思考に頭が支配されていく。
今なら殴られても踏みつけられても、テレビの画面越しに自分を見ているように他人事のように感じられるだろう。
「ちょっと待つしぃ!」
突如割り込んできた声に、意識が引き戻された。
薬師寺さんだった。
息を切らせて、セットされた明るい色の髪が乱れて、必死に走ってきたことがわかる。
その様子を見て、期待に胸が躍ってしまう。
同時に、彼女が僕の敵に回るんじゃないかとも思えてしまう。
阿久津先輩と一緒になって僕を殴り、踏み、痛めつけるのではないかと疑ってしまう。女子にさえいじめられたことがあるから、その光景がたやすく想像できてしまった。
阿久津先輩は僕から目をそらし、壁ドンしていた手をどけると今度は薬師寺さんに罵声を浴びせた。
「薫、貴様こいつに色目使ってやがっただろ! さっき二人で話すの見てたぞ」
薬師寺さんも、彼氏であるはずの阿久津先輩の形相に青くなっていた。
必死な様子で、阿久津先輩をなだめにかかる。
「そ、そんなの誤解だしぃ。ちょっと葛城との関係について聞いてただけだし」
「マジか?」
「うん、ソイツ、葛城とは何もないって。付き合ってもないって」
自分で言ったことなのに、他人から同じことを言われると少し傷つくな。
でも薬師寺さんからそれを聞いた阿久津先輩は、だいぶ落ち着きを取り戻した様子だった。
「それに私が好きなのは、あっつ~だけだしぃ」
薬師寺さんは瞳を潤ませ、阿久津の腕を抱いた。薄い夏服越しに胸が押し付けられている。
さらに薬師寺さんが阿久津先輩の耳元で何かを呟くと、彼は一瞬だけ顔をだらしなく歪ませた。
阿久津先輩は僕の方を向き直る。
僕は反射的に身構えた。
でも阿久津先輩は、薬師寺さんの腕を振りほどくでも、僕に向かってくるわけでもなく。
「今回だけだからな。それと、悪かったな。ついカッとなっちまった」
そう言って頭を下げた。
僕はその光景が信じられなくて、呆然とする。
驚いた。まさか阿久津先輩が、頭を下げるなんて。
呆然としている僕を尻目に、阿久津先輩は薬師寺さんに腕を抱かれたままその場を去る。
薬師寺さんは去り際、僕のほうを向いてウインクすると口元を動かして何か言っていた。おそらく、
『貸し一つだしぃ』
とでも言ったのだろう。
やがて薬師寺さんの姿が見えなくなり、僕一人取り残される。
でもこれでよくわかった。
僕には部活なんて合わないし、関わるのももうなるべくやめておこう。
部活だと関わる人間の数が多くて、対人トラブルがありすぎる。
今度の休みは久しぶりに山に登ってすっきりしよう。
それも、少し高い山で体を思いっきり使ってリフレッシュしよう。
僕は登山計画を頭の中で練りながら、帰途についた。
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