第11話 薬師寺薫視点
「ほら、もう一本!」
早朝の体育館に気合の入った女子の声が響く。
本来の朝練の時間より少し早めに来た女子バスケ部の面々が、自主練習に励んでいた。
中心にいるのは明るい茶色の髪の毛とやや濃いめの化粧をした薬師寺薫だ。副キャプテンである彼女を中心としたグループは、次の練習試合でのレギュラーの座をなんとしてでも射止めようと、試験が終わった後は少し早めに来て自主練習を欠かさず続けていた。
「はい!」
彼女たちは汗がファンデーションの上を滴っても、疲労で顎を出しても、決して練習の手を止めようとはしなかった。
だが疲労は体力を、次に精神力を生物から奪う。
真夏の体育館は朝とはいえ、激しく動けば汗ばみ息は切れ、容赦なく体力を奪っていく。
とうとう部員の一人が汗で滑る体育館の床に、膝をついた。
だがそんな彼女に、ハッパと応援がかけられる。
「葛城が捻挫のせいで、今度の練習試合出られないって聞いてるしぃ? うちらのグループの実力見せつけてやるチャンスだしぃ。そのためには、練習あるのみだしぃ」
「でも、がむしゃらにやるだけじゃ意味がないって、よく……」
「うるさいしぃ!」
息を切らせながら反論するのを、薬師寺は強い調子で遮った。
その口調にその場にいた部員全員が身を強張らせる。
「練習量が少なくても効率的にやれば勝てる、そんなのは一部の天才か死ぬほど練習やった奴だけが言える台詞だしぃ。私ら凡人が上の連中を追い越すには、練流量を増やすしかないしぃ」
反論した部員は俯いて何も言えなくなる。
その言葉が口だけでないと知っているから。
見た目や口調は軽くても、薬師寺がこの中で誰よりも練習してきたことを知らない女子はいなかった。
息を整えた後、叱責された部員は立ち上がった。
「もう一本、お願いします」
薬師寺のグループはやがて他の部員たちが登校し、本来の練習時間が来ても休憩を取った後、彼らと同じメニューを淡々とこなし続けた。
「ふー、今日も疲れたぁ」
練習が終わった後、部室でくつろぐ薬師寺とその取り巻きの女子たち。
練習時間の凛とした様子が嘘のように、足を広げ、胡坐をかき、胸元から派手な色のブラがのぞくのにも構わずに携帯扇風機で風を送っている。
崩れた化粧を整えている部員の一人に対し、薬師寺が声をかけた。
「そのメイク、ちょっと濃すぎるしぃ」
薬師寺の言葉に対し、部員の一人は大げさに眉をひそめた。
「でもかおるん。これくらいの方が可愛くない?」
「いや、それは女子受けするだけのメイクだしぃ。狙ってる男子いるなら、男子受けするメイクに変えたほうがゲット率あがるからぁ」
そう言いながら薬師寺は部員の道具を手に取り、メイクを代わる。
「ほら、どうだしぃ?」
コンパクトで自分の顔を確認した部員は、あまり納得していない顔だったが別の部員が声をかけた。
「かおるんのメイク、間違いはないから。私もかおるんの言うとおりにメイク変えてみたら、カレシ受けが全然違ったし」
「マジ? ありがと、今度これで告ってみる」
「いいって。みんなが喜べて、こうして楽しく部活やれればいいだけだしぃ」
「さっすが~。副キャプテンは言うこと違う!」
「あ、こら!」
副キャプテン、と言った女子は慌てて口を押えるが、薬師寺は爪を噛み、拳を握りしめて怒りを露わにしていた。
「ご、ごめん……」
消沈してその女子は謝罪の言葉を口にする。しばらく薬師寺は何の反応も見せなかったが、やがて怒りが収まったのか人好きのする笑みを浮かべた。
「こっちこそ、いきなりキレてごめんだしぃ」
「ううん、かおるんが怒るのも当然! 絶対かおるんが女子バスケ部キャプテンになったほうがよかったって!」
「去年の秋もみんなでやったことなのに、葛城がキャプテンになって……」
「そーそー。ちょっとばかり上手だからって、ちやほやされて。前の捻挫の時もハメてやろうとラ●ンで色々流してやったのに、取り巻き使ってすぐに収めて。ずるくね?」
「それはもういいしぃ。もっといいネタ、見つけたからぁ」
薬師寺はそう言いながら、スマホをスライドして一枚の画像を見せる。
そこには、高尾山で仲良く弁当を食べる葛城と谷風が映っていた。
「マジ、これ?」
「こんなさえない男子と、キャプテンが?」
げらげらという笑い声が、ギャルしかいない部室に響く。
「あの谷風って男子もバカだし。ちょっと柔らかい笑顔見せただけで、コロッと安心した感じだし。これだからドーテーは」
「面白い、もっとハメてやれ、ドーテーだけに?」
「きゃはは!」
部室に甲高い笑い声が響く。聞く人間によっては耐えがたいほどに不快に感じるギャルの集団の声。
「こら、あんまりひどくするんじゃないしぃ。あくまでハメるのは葛城。谷風ってやつじゃないし」
「最終的には、谷風と葛城がくっついてもらわないと困るからぁ」
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