第10話 山頂2
阿久津先輩はジーパンに派手な柄のシャツを着て、ザックを片手で背負っている。その隣に、葛城さんより少し背が高い、口紅の色が濃くて髪の毛を鮮やかな茶色に染めた、いかにもギャルっぽい女子が立っていた。
どこかで見たことがあると思ったら、以前バスケ部の練習で見かけた、葛城さんと上手くいっていなさそうなギャル女子だ。
でも男子が嫌悪感を抱くほどのけばけばしさはなく、女子同士で盛り上がるための化粧じゃなくてどうすれば男子受けするかを徹底して追求している感じだ。
僕はそのギャルなオーラに気圧されるけど。
葛城さんと目が合うと忌々し気に彼女を睨みつけていた。
僕のほうを見ると一瞬だけ口元が歪んだような気がしたけど、すぐに人の好そうな笑みを浮かべた。そのおかげかギャルっぽいオーラがだいぶ薄れる。
ほぼ初対面だけど、僕なんかに気を使った対応をするあたりそんなに悪い人ではないのかもしれない。見下されたり、格下に見られることがほとんどだから。
しかし阿久津先輩はこの前は葛城さんを狙ってるような感じだったのに、もう別の女子に手を出してるのか。
二股…… いや、浮気が多いっていう噂もあったな。いったい何股かけてるんだ?
あまりにも手を出しまくっていることが、少し腹立たしく感じた。
でも気になったのは阿久津先輩の隣にいるあの女子だ。浮気が多いという阿久津先輩のことを、一体どう思っているんだろう。
「おい」
阿久津先輩がどすの効いた声で、僕を睨みつける。その目はもうナイフのように鋭い。
「これはいったい、どういうことだ?」
僕が葛城さんと一緒に出掛けていることに対する詰問か。
なんて言おうか、頭が真っ白になりそうなのを必死に抑え込み、言葉を探すけど。
気の利いたことは何も言えそうにない。
というより、こういう状態のリア充は何か言うともっとキレる。
でも今は、一人じゃなかった。
「阿久津先輩!」
葛城さんが一歩前に出て、阿久津先輩を真正面から見据えた。
すごいな、と素直に思う。
「わたしが気分転換に足に負担をかけない山に来たら、たまたま谷風君も来ていて、一緒になっただけです」
なるほど。そういうことにしておけば、阿久津先輩もそれ以上キレる理由がなくなる。
葛城さんが阿久津先輩からは見えない角度で軽く目配せした。
阿久津先輩が僕にも話を振ってきたので、葛城さんに合わせておいた。
でも。阿久津先輩は僕をまたあのナイフのような目で睨みつけて、それから厭らしそうに、意地が悪そうに笑った。
「そうか。なら葛城、俺と一緒に遊ぼうぜ。同じバスケ部同士、仲を深めようじゃねえか。谷風、お前はたまたま葛城と会っただけだよな?」
そう言われて。いやそう言われなくても、僕は手出しできなかっただろう。
立場も、学年も、体力も、差がありすぎる。
葛城さんもさすがに断る言葉が思いつかないのか、阿久津先輩に何も言い返さなかった。
僕に申し訳なさそうな顔をして、阿久津先輩についていこうとするけど。
「ちょっと待つしぃ!」
阿久津先輩の隣に立っていたギャル女子が声を上げ、腕に抱き着いた。
「あっつ~、今日はわたしとデートだし、ね?」
ほとんどあからさまな色目で阿久津先輩を見上げる。そこそこある胸の谷間に、阿久津先輩の腕がはまり込んでいた。
阿久津先輩の顔がだらしなく歪み、僕に向けられていた怒りが薄らいだのを感じる。
その隙にギャル女子は阿久津先輩を連れてその場を離れてしまった。
二人が完全に見えなくなったのを確認して、ようやく葛城さんは口を開く。
「ごめんね…… 最後の最後に、変な風になっちゃって。まさか阿久津先輩が来てるなんて」
「うん。でも助けがあってよかった」
ギャル女子は苦手だけど、今だけは感謝した。
「うん。でも薫があんなことするなんて意外。気を付けたほうがいいかも」
あのギャル女子は薬師寺薫といって、女子バスケ部の副キャプテンだそうだ。
「そういえば、練習でも上手くいってない感じだったけど」
「見てたんだ…… この前言ったよね? 部活で少し、ごたごたしてるって」
僕たちは阿久津先輩が下っていった方向とは別ルートで降りる。
この高尾山は一号路から六号路、さらにはいかにも登山という険しい道の別ルートと計七つもの登山ルートがあるため、そちらから降りれば出くわすことはないだろう。
行きよりもやや険しい道を慎重に下りながら、葛城さんは少しだけ話してくれた。
部活でグループができて、対立していること。
そのせいで雰囲気がぎすぎすしてきていること。
最近は練習の時でさえ分かれているということ。
「昔は上手くやれたから、ほんとは仲良くしたいんだけどね…… 去年の秋も、みんなで頑張ったから今のバスケ部があるんだし……」
でも、なぜ女子バスケ部に三年がいないのかは教えてくれなかった。
相当根が深いというか、部外者に立ち入ってほしくない問題なのだろう。
僕は明日、阿久津先輩と顔を合わせることを考えると気が重かった。
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