第8話 難聴系
ケーブルカーを降りて、少し急になった坂道を歩く。葛城さんが楽に歩けるように、やや歩幅を狭くゆっくり歩くようアドバイスし、僕も彼女のスピードに合わせて歩く。少し行くと、葛城さんが少し驚いたように言った。
「全然、山っぽくないね? これなら近くのさわらび山のほうが険しいくらい……」
ケーブルカーを降りても舗装された道が続く。道から外れれば林が広がってはいるけれど、普通に舗装された登山道に沿ってラーメン屋、お土産屋などが立ち並び、少し行くと林の中に道が通っているような感じになって、鳥居が見えてきた。
鳥居をくぐると足腰の神様、二体の真っ赤な仁王像、猿の動物園などさまざまな観光施設が出迎えてくれる。途中に赤い石でできたタコの置物があって、時々撫でている人がいたので僕たちも真似して撫でた。
みんなに撫でられまくっているせいか、タコの置物は禿げたおじさんの頭みたいにつるつるになっていた。
タコの置物を過ぎると、山寺が見えてくる。周囲がうっそうとした森のようになって日が陰り、緑色の影を落としていた。涼し気な風が、ここまで歩いてきて汗ばんだ体に心地いい。
葛城さんに至ってはブイネックのシャツの胸元を引っ張って、手うちわで風を入れていた。
隙間から見える景色を一瞬だけガン見してしまう。
手や顔と違って日焼けしていない肌は透き通るように白く、谷間にできた影は黒い線のように見えた。
でも次の瞬間とっさに目をそらした。
彼女にばれたらどうしよう、と思ったのもあるけれど。
葛城さんは何を考えてるんだ? という思いがあった。
たいして付き合いのない僕、しかも男子に対してこの行動…… やっぱり男子慣れしているから気にならないのか。
さらに進み、山頂が見えてくる。林の切れ目から何度かスカイツリーが見えた。
傾斜が急になるけれど、彼女の足取りはしっかりしていて痛みはなさそうだ。
こころなしかカップル連れが増え、腕を組むペア、荷物を持ってあげているペア、登山慣れしているのか山頂近くのベンチでクッカーという小型のガスコンロでお湯を沸かし、コーヒーを飲んでいるペアなど様々なカップルがいた。
こういうところに来るようなタイプのせいか、都心部で見かけるギャルのカップルより落ち着いた感じの人たちが多い。
葛城さんは彼らをちらちら見ては小さくため息をついていた。
「どうしたの?」
「いや、羨ましいなーって」
「羨ましい?」
彼女が言っている意味が分からず、僕は首をかしげる。
「だってカップルさんたち、みんな仲良さそうだし、楽しそうだし。わたしああいう経験がないから、なおさら羨ましくって」
「そうなの?葛城さん可愛いし、人気あるから男子と付き合った経験多そうだけど」
「可愛い、って」
葛城さんは、なぜか顔を赤くした。
男子から褒められればそうなるのが当然なのか。同じセリフを僕以外の男子が言っても同じ反応をするのだろうか。
「わたしはバスケばっかりで男子と付き合う暇なんてなかったからね、」
部活女子にはよく聞く話だけど。葛城さんの言葉に僕は驚愕した。同時に、なぜか安堵している自分がいた。
でも次の瞬間、本当だろうか? という疑念が沸き起こってくる。
実は経験豊富で、清楚系と思わせるためのテクかもしれない。
僕を手の平の上で弄んでいるのかもしれない。
優しいのは誰に対しても同じで、デートに誘ってくれたのは恩があるからにすぎないかもしれない。
一度阿久津先輩と付き合っているかもしれないと疑ったせいか、またうがった見方をしてしまう。
でも。そんな僕の様子を見て、葛城さんは眉をへの字に曲げた。
「あ、その顔。ひょっとして疑ってる? ひどいなー。そんなに疑うなら、一年の時とか中学の友達に聞いてみてもいいよ?」
彼女がそこまで言うからには、付き合ったことがないというのは本当なのだろう。
僕はさっきよりもずっと、安心していた。
でも次の瞬間、再び胸が騒いで動揺する。
「だからこうやって男子と二人で出かけること自体、谷風君が初めてだよ」
男子。二人。初めて。僕の名前。
顔が熱くなる。それって、どういう意味なのだろう?
言葉だけが頭の中を駆け巡り、以前屋上へ続く階段で期待したような妄想がぐるぐるとループする。
「谷風君?」
葛城さんは、急に黙ってしまった僕の顔を不思議そうに見つめて。何かを思いだしているような顔をしたかと思うと、顔がゆで上がったタコみたいに真っ赤になった。
「あ、違う!変な意味じゃなくて!」
彼女は体の前で両手をぶんぶんと振った。
「谷風君は! 親切だし! それに声もそんなに低くないし、顔も中性的だから男子って感じがあんまりしなくて誘いやすかっただけで!」
真っ赤になったまま手をぱたぱたさせてテンパっている葛城さん。
彼女のこんな様子は初めて見た。
でもこんな慌てぶりも、男に対するテクに違いない。
うん、きっとそうだ。
そう思わないと、また変な妄想をしてしまいそうだ。
「それに…… 手際よくテーピングしてくれたこととか、わたしに肩を貸して歩いてくれたところとか、すごいなって思ったし…… それに泣き出しちゃったとき、なんだか放っておけないっていうか、守ってあげないとっていうか…… 山のこととか、普通の人が知らないことを知ってるのがなんだか、なんというか……」
最後に何か言っていたけれど、声が小さくてよく聞き取れなかった。
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