第5話 未練

 靴を履き替えて校舎の外に出ると、桜並木の手前側、体育館からシューズが床をこする音といくつもの掛け声が聞こえる。

 阿久津先輩のことがあったから近づきたくはなかったけれど。

 彼女の怪我が気になって。また様子をうかがうことにした。

葛城さんが練習中だった。白を基調としたユニフォームを身に着けてコートに立っているけれど、足首が完治していないせいか、ドリブルや試合形式といって動き回るような練習をせずに、ゴールの前でシュート練習をしていた。他の部員たちは座って、女子キャプテンである彼女の様子を見学している。

 彼女の切れ長の瞳がゴールを見据え、ショートボブがわずかに揺れる。

右腕を軽く曲げて頭上にボールを掲げ、軽く左手を添えた準備姿勢。それから膝のバネを解放すると、手を離れたボールが美しい放物線を描いてゴールに吸い込まれていく。

 白いネットがボールを受け止める際の、シュパッという心地よい音。

 綺麗だ。そうとしか言いようがない。

 一拍遅れて彼女に送られる、部員たちの拍手。

 ただ、少し違和感があった。満面の笑みで心からの賞賛を送っている子たちと、場に合わせて仕方なく拍手している子がいる感じがしたからだ。

 満面の笑みで拍手を送っている子たちには僕も見覚えがある。葛城さんに協力してくれた子たちで、どちらかといえばおとなしい感じの子が多い。

 仕方なく、という感じの子たちは固まって座っていて、その輪の中心に一際目立つ女子がいた。髪の毛を校則ぎりぎりの明るい茶色に染めている、ギャルっぽい女子だ。

 葛城さんのことを少し怖い目で見ているそのギャル女子は、拍手する振りだけして手を打ち合わせてもいない。

 なんだろう? 葛城さんと上手くいってないのかな? まあ部活なら色々人間関係も難しいし、誰にでも好かれそうな葛城さんでもそういうことがあるのかもしれない。

 でも嫉妬されるにせよ恨まれるにせよ、葛城さんが学校内でそれだけの地位にいるという証明でもある。僕なら陰でいじめられるか無視されるかでしかない。

 自分との差を感じるけど、惨めな気持ちにはならなかった。ただ惚れ惚れとするだけだ。

 周りで応援している部員たちも、同じような気持ちなのかもしれない。

「調子が戻ってきたじゃねえか」

僕から見て奥の方の位置から阿久津先輩が歩いてくる。葛城さんにねぎらいの言葉をかけ、そのまま二人はハイタッチした。葛城さんは僕に背中を向けているのでその顔がどんなものかはわからないけれど。きっと、満面の笑顔なんだろう。

心がまた、黒く染まっていく。醜い感情がどろりと音を立てて僕の心を侵食する。

僕はそれ以上その光景を見ていたくなくて、その場を早足で後にした。

後ろからはいまだに練習の掛け声が聞こえてきて、耳を押さえたくなる衝動に駆られる。

でも、悪くない結末だと思う。

噂も収まったし、阿久津先輩もあれ以降僕に絡んでこない。

今までと同じ、平穏な生活。また、山に一人で登る生活が待っている。

これ以上を望んだら、罰が当たる。

「これでいいんだ、これで……」

 僕は自分に言い聞かせながら、校門への道を急いだ。新緑越しに眩しい夕日が目に眩しい。

 初めて入ったラ●ンも退会しようと思ったけど。未練がましく、それはできなかった。 



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