第6話(改)
翌日。大翔たちは学校があるので夕方まで来ない。
一人きりだといって何もしないというわけには行かないので、先ずは一箇所にまとめておいてあった、もともと二つの納屋にあったものを店舗の方に並べていくことにする。
何にせよ今は、動かない振り子時計が三台しか飾ってないからな。そんなの店ではない。
母屋や納屋に置いてあった、なぜ七台もあるのか分からないダイニングテーブルやちゃぶ台、丸い飾り台らしきもの、茶箱など台になりそうなものを片っ端から置いてみた。
台しか置いていないのにセンスの無さが光っている。光り輝いている。
直線的に並べたり、コ型にしたり、曲がって置いたり色々してみたがどうにもおかしい。
「ヤバいなこれ。初期の初期からつまずくなんて」
ふと、付き合い始めた当初の恵美も俺の部屋を見て、掃除してきれいなのに微妙な顔していたのを思い出す。そういえば結婚してからの家具選びも、その配置にしても全部あいつの手配に従っていただけだったな。
「今気づいたわ……」センスがないのは今に始まったわけではなかったようだ。
いつまでも途方に暮れているわけにもいかないので、昨日大翔が弄っていた事務所のMacBookを起動する。取り敢えず店舗のレイアウト案などないか検索してみるつもりだ。
『店舗レイアウトをしてみよう』というそのものズバリなブラウザアプリを発見した。
早速、店舗のサイズや台等のサイズを入力しようとするも、測定する
「むぅ。これでは無理だなぁ。今日に限って慎司も工務店の人も来ていないんだよな」
母屋のリフォーム工事は行われているが、今日は大工仕事がないので知らない職人しか来ていない。
施主とはいえ見ず知らずの人間に商売道具を貸すのは嫌だろうと思い、慎司のところまで余っているコンベックスを借りに行くことにした。
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「こんにちは」
北上工務店の事務所に入る。
「はい、こんにちは。いらっしゃいって、マー坊か」
事務所にいたのは慎司の父親で現社長。名前は忘れた。リフォーム契約書見れば書いてあるだろうけど、気にしてなかったので覚えていない。
「今日、慎司は他の現場ですか?」
「ああ、ジジイと一緒に出ちまっているな。悪いね」
「いえ、急に来たのですから仕方ないです。ところで――」
「そうそう、丁度いいところに来てくれてよかった。ちょっと母屋の二階でよ、まだ手ぇつけてないから今のうちに変えたほうがいいところあってよ」
人の話を遮って話し出す親父さん。この人昔から話しだしたら止まんないんだよな。
「マー坊ももう一回ぐらい結婚するんだろ? そうしたら、二階の部屋数足りないだろ? 子供部屋とか。だから、これ。ちょい図面見て、これこれ。これをな、こうするの。な? いいだろう?」
結婚する気も相手もないんだけどそれを今言ったら余計に話が長くなりそうだし、部屋が増えても減ってもどうでもいいから取り敢えず頷いておいた。
親父さんに開放されたのは昼のサイレンが鳴った頃。昼飯でもどうだと誘われたが丁重にお断りさせていただいた。
「はあ、疲れた……ぁあっ」
コンベックスを借りてくるのを忘れた。
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「寒い……」
一階は母屋にあった大型石油ストーブを焚いていたので暖かかったが、二階の方はエアコンしかなく、しかもさっき電源を入れたばかりなので全然暖かくない。今日は今季一番の寒さとか言っていたような気がするが、多分間違いないだろう。うちにはテレビがないので、自分でネットなどのニュースを積極的に見に行かないとどんどん世間から置いていかれるような気がする。まあ、テレビがあっても見なければ同じなんだろうけど、垂れ流し系メディアはそれはそれで有用なこともあると思っている。
「寒すぎるし、動きたくないから昼飯は簡単で暖かくなるものにしよう」
冷凍庫にストックしてある肉味噌を一人前レンチンして解凍、加熱する。この肉味噌はごま油で生姜とニンニク先に炒め、香りが立ったらところで豚ひき肉を投入し、甜麺醤・豆板醤・オイスターソースなど味付けし、ササッと作れて小分けにして冷凍保存できるスグレモノだ。同じく冷凍しておいた小口ネギもひと塊を出しておく。
丼に味噌と中華の素、ごまペーストを少々入れておき、電気ケトルでお湯を沸かし用意する。
パントリーから素麺を出してくる。この部屋には小さいがパントリーがある、食料庫ってやつだ。母屋の方はもっと大きいパントリーにしてもらうことにしてある。パントリーは使い勝手がよく、一度使い始めると、それのない生活は考えられない、ってほどではないがとても便利だ。
深いフライパンに湯を沸かし、麺を茹でる。鍋で茹でるよりもフライパンのほうが表面積が広いので吹きこぼれにくいし、湯も少量で済む。きっちりと二分後、ザルに茹で上がった麺をあける。
麺は一度冷水に晒したほうが歯ごたえが好みだけど、寒いし麺も冷めるし面倒なので、このままでいいや。丼にお湯を注ぎスープを作って、麺を入れる。
レンチンした肉味噌を乗せて、小口ネギを散らす。ラー油を少量たらし出来上がり。
十分もかからず出来上がった担々煮麺。
テーブルに配膳し座る。
「いただきます」
チュルりと麺をすすると熱く、辛い。肉味噌の旨味がスープに溶け出して得も言われぬ美味さだ。決して語彙が足りないだけではないのだよ。美味いんだよ。恵美もこの肉味噌好きだったな、アツアツご飯に掛けたりして……。うっ、余計なこと思い出してしまった。
スープまで全部飲み干すと先程までの寒さなど何処に行ったのか、暑くて仕方ない。汗をかいた身体に、窓をあけると冷気が気持ちいい。これは着替えないと風邪引くやつだな。窓を閉め、服を脱ぐ。余計な洗濯物が増えたな。
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