その28:決着あけぼの公園・鬼と体操着

 胸の固着紋を抑えながら相手の額に手を当てて「封印」と口にする。本封印の術式はとてもシンプルなものだ。

 もっとも、戦闘中に面倒な儀式をしているわけにはいかないだろうし、封邪の護符を身体に取り込むということを前もってやっているわけだからシンプルになるんだろう。


 俺はロリコン鬼のスキをついてその術式を発動することに成功した。俺の胸に浮き出る封邪の護符の固着紋が発光しているのがわかる。

 額を俺の手で抑えられたロリコン鬼は「ア、ガ、ガ……」と呻き声をあげて硬直している。もう大丈夫だろうか。

「ひより! やったぞ! これで封印成功だよな!」

 俺は後ろを振り向く。

「はわわわわ。ちょっと、まだこっちを見ないでくださいいっ」

 後ろには、「ひより」と書いたゼッケンのついた半袖の体操着の裾を下に引っ張り、必死に下半身を隠そうとしながら顔を赤くしているひよりがいた。


「何だ、ひより。その格好」

「た、体操着ですよっ。見ればわかるじゃないですかっ。い、いえ、見ないでくださいっ」

「ほう。ああ、そういえばさっき言ってたな。コスチュームに体操着なんて無いとか……。バレバレだったけどな。……あ、下はブルマなわけか」

「ブルマ、恥ずかしいんですよぅっ。神様は着せたがるけど……」

 真っ赤な顔で下を向き涙目になりながら、ひよりは裾を引っ張り続ける。

「いや、そんな風にするから恥ずかしくなるんだぞ。今では時代遅れとはいえ、昔の学生はそれで元気いっぱい体育してたんだから堂々としてればいいんだよ。恥ずかしがってると逆にいやらしいぞ」

「そ……そうなんでしょうか」

「そうなんだよ。気をつけ、してみな」

「うう……。はい……」

 ひよりは体操着の裾から手を離し、気をつけの姿勢になる。赤いブルマが露わになる。すると

「オオオオオ……」

 後ろで硬直しているロリコン鬼が突然声を出す。

「うわ。びっくりした。まだ声出せるんだな。ん? どうした?」

「コレを……メにヤキツケテ……オモイデに、スル……」

 なんだか、涙ぐんでるようだ。


 そこでようやく俺はここまでの流れを理解する。

 そうか。これがひよりの作戦だったのか。ロリコン鬼にガッチリ額をガードされたままでは、俺に勝利の目はない。それで、ヤツの注意を引いてスキを作るためにコスチュームチェンジをしたということだ。

 俺が土俵を一周する間にコスチュームチェンジをして、最後はヤツの視線上、俺の背後に自分の体操着姿が見えるようにしたわけか。


「ひより……。おまえ、策士だな。恐れ入ったよ」

「そ、そんなことも……ありますけどね! 見直しましたか!」

「うん。見直した。策がどうというより、捨て身の作戦がとれるというところがスゴいな」

「捨て身……ですか」

「あの状況で自分をエサにするとは。キモいロリコン鬼に見せるコスチュームとして、自分でも恥ずかしい体操着とブルマを選択するなんて、捨て身以外の何物でもないだろ」

「それは……。ああいうタイプはこういうのが好きなのかな……って、とっさに」

「それになにより、あのロリコン鬼を相手にして自分に注目させる自信があったということだから、やはり自分でもロリっ子という自覚があったということだよな」

「な、ないですよっ! 夢中だっただけです! わたしはもう十六ですってば! 大人なんですっ」

「まぁ、実年齢はともかく。少なくともこのロリコン鬼には、ひよりがロリに見えたということだから」

「何言ってるんですかっ。あのっ。ロリ……ヘンタイ鬼さんっ。わたしがロリに見えたということではなくて、わたしの大人の色香に負けたっていうことですよねっ!」

「アナタ……オレのナカでジュウニサイ……ニンテイ……シマス……」

「喜べ。十二歳に認定してくれるそうだ」

「ヘブンズストライクっ」

 もう結界の効力も消えている土俵上にズカズカと上がり込み、ひよりは硬直しているロリコン鬼に右拳を叩き込んだ。

「アア……サイゴに……ろりぶるまニ……ナグラれタ……」

 恍惚の表情を浮かべながら、俺たちを苦しめたロリコン鬼は公園入口にある鬼の像に吸い込まれていった。これで本当に封印が完了したのだろう。ヤツはもう地上に出てくることはできないだろうが、永遠の思いでになっただろうか。


 ロリコン鬼が消えると、公園全体を覆っていた結界も消えたようだった。重かった空気が入れ替わったような気がする。公園脇の道路を歩いていた人たちも「あ。ここに公園あったよな」という感じで普通に侵入してくる。

 とたんに、俺の身体が重くなった。土俵上でガクッと膝をついてしまう。

「あれ。何だ? 急に疲れが……」

「けっこうやられてましたからね。鬼のものとはいえ、結界の力で今までダメージも感じにくくなっていたんでしょう。それに、本封印も体力使いますから」

「そうなの? あれ体力いるのか」

「普通の護符を使用するときは護符にあらかじめ付与されている力を使いますけど、封邪の護符は、同化しているメグルさん自身が護符みたいなものですからね。メグルさんの体力を使うんです」

「そうか……。俺、あのロリコン鬼とあと二回くらいは戦っても大丈夫だと思ってたけど、ギリギリだったら本封印と同時に俺が死んでた可能性も……」

「ありましたね。だから早めに代わりましょうと……」

「できたらそういう説明は事前に……」

 そんなことを土俵上で言っている俺たちを、道行く人達がチラチラ見ながら通り過ぎる。そうか、さっきまでと違ってみんな俺たちのこと普通に見えてるんだな。そういえば。


「あ。こんな格好で……。コスチュームチェンジしなきゃ」

 ブルマ体操着姿のひよりが赤くなりながら言う。

「土俵の上で相撲の練習してるってことでいいんじゃないの?」

「いやですよっ。誰とするんですかっ」

「……俺と?」

「め、メグルさんとがっぷり四つに……」

「嘘だよ。またゾゾゾゾって鳥肌たって、真っ青になるんだろ」

「……メグルさんとなら、別にそんな……」

「ん? 何か言った?」

「何でもないですっ。女子トイレでコスチュームチェンジしてきますっ」

「ここですればいいのに」

「ダメですよっ。あれ、過程がけっこう恥ずかしいんです」

「でもトイレで変身とか、夢がないなぁ。子どもに見せられないぞ」

「子ども番組じゃないんですから」

 ひよりは、トイレに向かった。先客がいたようでしばらくブルマ体操着姿のまま外で待っていたが、そのあとトイレに入り、セーラー服姿で出てきた。


「よし。それじゃあ、とりあえず日和山に戻るとするか」

「そうですね。でも、ここでヘブンズストライクも行っときましょうか」

「俺に? な、なんでだよ」

「さっきまで、さんざん平たいとか真っ平らとかロリとか十二歳とか言ってくれてたじゃないですか」

「そ、それはいろいろ戦うにあたっての言葉の綾とか勢いとかであってさ。だいたい、今回はもともとひよりが戦うはずなのを俺が代わったんじゃないか。『戦うのは全部わたしがやるので、メグルさんは最後に封印だけしてもらえば』とか言ってたのにさ」

「う。……そうですね。それじゃ、今回はチャラにしましょう」

「……なんか、重みが全然違うような気がするんだが」

「細かいこと気にしちゃいけませんよ」

「ひよりが言うな。……まぁいいや。帰るか。……あれ」

「どうしました?」

「いや……。やっぱりけっこうダメージあるみたいだな。ちゃんと歩けるかな」

「ここに置いていきましょうか?」

「おい。ひよりこそひとりで帰れるのか? ……ちょっと、肩貸してくれよ」

「えー。こんなか弱い乙女の肩を」

「俺より数倍強いくせに。俺のことなんか、片手で持ち上げられるだろ?」

「それは……もしできてもやりませんよっ。……もう。しょうがないですね」

 ひよりが隣に立ってこちらを見て、自分の肩をポンポンと叩く。

「肩くらいいくらでも貸しますよ。大事なバディなんですからっ」

「平たいボディー?」

「ヘブンズ……」

「すみませんでした。調子に乗りました」

 だいぶ暗くなってきたあけぼの公園をあとにして、俺たちは肩を組むように並んで日和山に向かった。

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