その27:決戦あけぼの公園・逆転の方角石
俺はまた立ち上がる。次は四回目だ。一回負けると、どれくらい体力が持っていかれるのか。感じとしては二割くらいと思ってるんだが。それならまだ四割程度、半分近くの体力は残っているはずだ。
でもはっきりとはわからない。もしその感じが間違っていて、すでに八割とか奪われているんだとしたら、次負けたら死ぬかもしれないな。などと思う。しかしまぁ、いい方に考える!
「よーし。ロリコン! もうひと勝負だ!」
「ぶふー。マダ、ヤルカ……。ハヤク、アノこト、カワレ……」
「鼻息がうるせえんだよ! 次で決めてやる! かわいくてうら若き……なんだっけ、平らな? ボディーを? 誰がお前みたいなヤツに触れさせるか!」
「かわいくてうら若き乙女である大事なバディですっ。メグルさんっ。誰が平らなボディーですかっ」
「あー。そうか。平らなのは、それだったな……」
俺は、ひよりの方をチラリと見る。
土俵から少し離れたひよりの足元には、方角石があった。方角石と言っても、日和山にあるような高さのある石ではない。路面に貼るタイルのような感じのもので真っ平らであるが、面としての大きさは日和山の方角石と同じくらいに大きく、東西南北と十二支の文字が書いてある。オリジナルを多少デザイン化してここに設置してあるのだろう。
「ひより。それ、どうだ?」
「なかなか、いいです。鬼の結界の中でも、ここはまるで違う空間のようです。パワー、もらえます」
「よし。それじゃあ、指示頼むぞ! 真っ平らでリンクしたパワーを見せてくれ!」
「リンクしてるのは方角石ですっ。真っ平らは関係ありませんよっ! あとで憶えててくださいねっ」
「おうっ。これに勝てたらなっ」
四回目の仕切りが終わり、俺とロリコン鬼が立ち合う。
「南ですっ」
ひよりの指示がとぶ。
この公園の相撲場は土俵へ上がるのに段差もあり、屋根もついている割と本格的なものだ。その各辺はほぼ東西南北を向いていて、方角はわかりやすい。ひよりの方位指示にもすぐに反応できる。
指示を聞いた俺は南側へステップして、突っ込んでくるロリコン鬼に対してまた蹴手繰り。これが一番安全にダメージを与えられる。
先程までと比べると、やはり指示が早くなっているようだ。ダメージで身体が動きにくくなっているのを差し引いても、余裕を持って動作できる。
「そのまま北ですっ」
南へステップした身体を今度は北へ。ロリコン鬼の側面を押す形になり、ヤツはさらにバランスを崩す。
「西へ動いて東ですっ」
そこで俺はヤツの後ろにまわりこみ、背中に体当たりをかます。
もともと前に出ようとしていたところをバランスを崩され、さらに後ろから押されたヤツは、トトトっと土俵際へ前進。
「そのまま東へっ。そして下ですっ」
俺はヤツに突進して、浮いた右足を取る。ヤツはそのまま土俵を割った。
「おしっ。勝った!」
ようやく、一矢報いてやった。
ひよりは、どう戦えという指示をくれるわけではない。上下を含む方角を言うだけだ。ひより自身それがどういう効果を生むかは知らず、良い結果になる方角がわかるだけなのだ。
俺自身も、指示を聞いただけではどうすればいいのかわからないが、そちらへ進むと身体が自然に動く。俺の天性の戦闘センスなのか(とてもそうとは思えない)、それを含んだ「吉方位」ということなのか。おそらく後者だろう。
ロリコン鬼は、土俵を割ったその格好でしばらく立っていた。一度でも負けるとは思っていなかったのだろう。ぶふーぶふーと鼻息が聞こえ、後ろからでも、怒りが湧き上がっているのがわかる。
俺はひよりに小声で
「おい。まだかな?」
と聞く。もちろん、封印タイミングのことだ。おそらく、ヤツにも負けのダメージは入るだろう。それなら、二割くらいのダメージを受けてるはずなんだが……。
ひよりも小声で返す。
「……まだですね。そんなに大量のダメージは必要ないはずなんですけど。ロリコン……いえ、ヘンタイ鬼さんはよほどタフなんですかね」
うーん。まだなのか。もう一戦やらねばならんか。次も今みたいにうまくいくだろうか。まぁ、なんとかするしかないか。
「どうだ。ロリコン。やっと勝ってやったぞ。もう負けないからな」
「ぶふー。アタマ……キタ……。ホンキ……ダス……」
「手加減してくれてたのか。そりゃどうも。まぁ、いつもいつも『次は本気出す』とか言ってる奴らは、いつまでも出さないもんだけどな。と言うか、出す本気なんて無いんだろうけどな」
「ぶふー。ぶふー」
「お、怒った? まぁ、怒ってもここではグーで殴ったりは出来ないみたいだからな。お得意の相撲で頑張ろうぜ。次は投げ飛ばしてやるとするか」
「ぶふふー。ぶふふー」
ロリコン鬼は怒り心頭の様子で土俵に入ろうとする。そして徳俵のところでバキッと音がして。
「アダーッッッ!」
と叫んで右足を抑えて転がった。まだ仕切り前だしこれで勝ちにはならないが、どうしたんだ?
「コユ……ビ……。コユビ……」
ぶっ。こいつ、怒って土俵に入ろうとして俵に足の小指ぶつけたのか。わはは。そりゃ痛いわ。それはちょっと同情するな。かわいそうに。笑っちゃうけどな。
「あっ! メグルさんっ! タイミング出ましたっ! 本封印出来ます!」
マジか……。足の小指で臨界を迎えちゃったのか。不憫なヤツ。
俺はすぐにロリコン鬼の額に手を当てようとするが、出来ない。どうやら、この土俵上では立合い時以外に攻撃的なことはできないようだ。意外とフェアな結界なんだな。
しかし、それならもう一番やるしかないな。それで決着つけてやる。
「おい。小指はかわいそうだが、早いとこ勝負しようぜ。俺も疲れたからな。次を最後にしてやる」
「ぶふー。オマエ……オワラセル……」
「よし。ひより! 頼むぞ!」
「はいっ」
五回目の立合い。ヤツの額に俺の右手を押し当てられれば終了なんだが……。ヤツは両手を自分の額でクロスさせるような形でカバーしつつ、突進してきた。
何だ? こちらがしようとしている封印のことなんて、ヤツは知らないはずなんだが。だから虚を突いて封印してやろうと思ってたんだが。
「メグルさんっ。どっちでも、避けてくださいっ」
「どっちでも? 吉方位はどうしたんだよっ」
俺はとっさに南側へ避ける。ヤツは停止し、額を隠したまま土俵中央に戻り、俺を見る。
「それが……。吉方位が見えないんです。この状態ではどちらへ行っても勝てないということかも……」
「なっ。そんなのアリかよっ」
「ぶふー。オマエ……サッキから……オレのヒタイ、ネラッテる……。ナンカ、アル……」
う。バレてたか。確かに、封印タイミングが出てないときも額は狙ってたんだが……。こいつ意外と賢いのか。それで額を隠して突進か。くそ。なんとかガードを外さないと……。
「メグルさんっ。そこから見て、私のいるのはどっちですかっ」
ひよりが突然聞いてくる。ん……? 何言ってるんだ? ひよりが自分の位置を知ってどうするんだ?
「そっちは……。東南東だ!」
「わかりました。それじゃあ、そこから土俵を一周して東南東へ来てくださいっ」
一周して……って。今までと指示の仕方が違うぞ。何をしようってんだ。よくわからんが……。だが考えてるヒマもない。
ロリコン鬼は土俵の中央で俺を見ている。俺はヤツを中心に俵沿いに走る。ヤツもそれに合わせて身体の向きを変える。俺が止まったら突進してくるんだろう。
やがて、俺はひよりの指示通り土俵の東南東側に来る。後ろにひよりがいるはずだ。ロリコン鬼は俺を見ている。見ている……はずだが。なんだか、ヤツの視線は俺を通り過ぎているような気がする。気のせいか? そのとき、後ろでひよりが叫ぶ。
「メグルさんっ! ガードが下がってます! 今です! 後ろは見ずにやっちゃってくださいっ!」
何……? 確かに、ヤツのガードが下がっている。視線も俺には来ていない。今だ! 俺は左手で胸の固着紋を抑え、右手を前にのばす。そして……。
「封印!」
ヤツの額に押し当てた。
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