その22:方角石と押すなよボタン

 突然現れた、五合目艦長。ああそうか。またスタッフルームにいたのか。もうちょっと心臓に悪くない現れ方をしてほしいもんだが。それはともかく。

「ククク。方角石のミニレプリカなら、あるよ」

 またしても俺とひよりの話を聞いていたらしく、方角石の話を持ち出してくる。

「そんなもの、あるんですか?」

「ククク。下のウインドーにも飾ってあるんだけどね。小さい方角石のペーパーウェイトならここで売ってるよ。今はちょっと在庫切れてるけどね」

 ああ、そういえばチラッと見たかもしれない。五センチくらいの直径のやつが置いてあった気が。

「すみません。それ、ちょっと見せていただいてもいいですか?」

 ひよりが聞く。

「ククク。いいよ。ウインドー開けて持ってきても。それは売り物じゃないけどね」

「はい。持ってきまーす」

 テテテと、ひよりが螺旋階段を下りていく。


「……なんか、改めて見るといろいろあるんですねぇ。テトラポッドのぬいぐるみとか。観葉植物には小さな人形がさりげなくいるし」

「ククク。いろいろあったほうが楽しいからね。気づかなければ気づかないで、それでもいいけどね。気づかれようが気づかれまいが、ここは日々アップデートしてるからね。そういう面白いものを作っている人たちとも繋がれるしね」

 うーん。ここに来てまだ日も浅いけど、まだまだ気づいていないものがたくさんあったりするのかもしれない。そういや、まだ屋上デッキにも上がってなかったな。


 トトトと、ひよりが螺旋階段を上がってきた。灰色の、小さな方角石を持っている。

「へー。これですかー。かわいいですねー。細かいし」

 言いながら、ひよりが隣に座る。

「ククク。こういうのを作ってくれる人が知り合いにいてね。お願いしてるんだよ」

「すごいですねぇ。……ひより、どう? よさそうな感じ?」

「んー。ここは本物の方角石があって結界の中なので、このミニ方角石に力があるかどうかは正直よくわからないですね。外へ持っていってみないと……」

「ふーん。まぁ、それもそうか。それじゃ、今度ミニ方角石が納品されてきたら試させてもらおうか」

「そうですね。もし力がなくても、かわいいから欲しいですね」

「ククク。毎度あり。次のバージョンはね、方角石にその名の通り道案内をさせる機能をつけるつもりなんだよ。その機能は艦長がつけるんだけどね」

「道案内機能?」

「ククク。ミニ方角石を見ると、いつでもこの日和山の方向を指し示しているようにするわけさ。そうすると、どこにいたとしても『ああ。日和山はあちらの方向か。そういえば五合目カフェのコーヒーが飲みたいなぁ』と思って、ついつい足が向いてしまうというわけだね」

 うーむ。意外と野心家だな。うまくいくんだろうかという気もしないでもないが。しかし一般の人はともかく、ひよりはそれを持っていた方がいいな。持たせよう。

「それ、いただきます」

「ククク。それじゃ、お買い上げ予約承りました。……お、こんな時間かね。ではまた」

 艦長は、今日も用事があるのか出かけていった。


「メグルさん、あれがパワーアップアイテムになるかどうかわからないのに、買うの即決しましたね。わたしへの……プレゼントですか? うふふふふ」

「んー、まぁ、ひよりは持ってるべきだと思ったからなぁ」

「ミニ方角石はかわいいから、かわいいわたしが持っているべきだということですね? うふふ」

「いや、ここの方向を常に示してくれるっていうんなら、方向音痴のひよりは持ってるべきだろ」

「やだなぁ。そんな、かわいいからとか……え? 方向音痴用?」

「他に何があると?」

「いえ、あの……かわいいものはかわいい娘が持っていてこそ、とか……」

「そうだなぁ。そういう意味であれば、小さくて平たいものはチビで平たいやつが持っていてこそ、という言い方も、ぐはっ」

 冷たい目をしたひよりの右拳が、俺の左脇腹に刺さっていた。

「さすがにここでメグルさんをふっとばすわけにはいかないんで、あと、ミニ方角石はメグルさんが買ってくれるようなので、今はミニヘブンズストライクで我慢しておきます」

 階下から店長の声がする。

「ひよりちゃーん。お客様だから、下に降りてきてもらえるー?」

 ひよりは冷たい目のままで

「お客様らしいので、下へ行きます。……あ、その様子だとガトーショコラの残り、食べられなさそうですね」

 と言って、ひょいパクひょいパクと俺のガトーショコラの残りを口に入れ、螺旋階段を下りていった。

「はーい。いま行きまーす」


 俺はしばらく脇腹を押さえながら無言でテーブルに突っ伏していたが、立ち上がれるようになったので屋上デッキへ行くことにした。本来客席ではないけれども、開放感があるのでそこで飲食をするお客も多いらしい。

 一階から二階への螺旋階段をそのまま上ると、屋上へつながる。最後の階段は直線階段になり、少し急になるが。

 最後の階段を上ると天窓になっていて、晴れた日はそこから屋上へ上がれる。そして、天窓の前に何かボタンが並んでいて「押すなよ。絶対押すなよ」と書かれている。

 うーん。これは「押せよ」というお約束なのか、それともホントに押してはいけないのか。まぁ、ホントにダメならこんな書き方はしないと思われるので、お約束の方なんだろうけど。とはいえ、俺は押さないでおいた。俺はこういうところでちょっとノリが悪い。まぁ、そのうち誰かが押すところを見ることもできるだろう。


 屋上へ出ると、なるほど、いい景色だ。観光地のような景色ではないけれども、他に高いところのない新潟の街を三百六十度見渡せる。そういえば、ここは日和山。湊に入る船を安全に導くための場所だったらしい。今は海岸の砂丘があるために海は見えないが、昔は見えたんだろうか。と思う。

 その海側を見ると、お社や方角石のある日和山山頂。この屋上デッキとほぼ同じような高さに見える。それが、この屋上からの違和感のない景色となっている。そして逆に、山頂からの眺望も、この五合目の建物が邪魔をすることがない。

 この五合目カフェの建物は基本的にあの艦長がしたという話だったのだけど、只者ではないのかもしれない。いやあの感じからしてからが只者とは思えないけれども。


 他にもこの屋上デッキには猫の形をつけた風見鶏、鶏じゃないから風見猫か? が立っていたり、前にひよりが言っていた舵輪のようなものがついていたり、さり気なく双眼鏡が置いてあったりする。

 面白いなぁ、遊んでるなぁ、と思ってしまう。なにより、心地いい。大の字になって床に転がると、空が青い。広い。しばし目を閉じる。


 ……と、何か俺を呼んでいるような声がする。あ、しまった。寝てしまってたか。

「メグルさん、メグルさん!」

 ひよりの声だ。と思っていると、天窓の下からひよりがぴょこんと顔を出す。

「あ! ここにいたんですか。メグルさん!」

「おお。ちょっと寝ちゃってたみたいだ」

「探しましたよ。わたしが働いてる間に外へ行ったのかと思いました」

「いや、まずこの屋上は探すだろ」

「だって、押すなよボタンを押したときの音がしなかったから……。あれ、見れば普通は押すはずじゃないですか。だから屋上にはいないのかなって」

 ……普通は押すのか。どんな音がするんだ。まぁいいけど。

「ん……。今何時だ?」

「もうカフェの営業は終わりますよ」

「えっ。そんなに寝てたのか」

「それよりもっ! さっき、鬼の反応があった気がしたんですよっ!」

「なっ! マジか。ホントにか?」

「今は消えてるんですけど……。あれは確かに鬼みたいだったと……」

「そんな、出たり消えたりするの?」

「場合によっては……。強力な鬼ならそんなことはないんで、弱い鬼かもしれませんが……」

「そうか……。もし鬼なら、ふたりで行かないとな」

「はい。また反応があったら教えますんで、山頂にいてもらえますか?」

「よし。ひよりは?」

「もうすぐバイトが終わるので」

 そっち優先なのか。まぁ反応が消えてるんならしょうがないか。でも大丈夫なんだろうな。

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