その21:五合目カフェと作戦会議
昼過ぎにあけぼの公園で手品の練習を終えた(と思い込むことにした)俺は、しばらく展望台で海を眺めて心の傷を癒やしてから五合目カフェに向かった。
引き戸を開けて中に入る。ちょうどお客がふたり、出てくるところだった。
入ると、手前と奥にベンチ型の椅子、中央に観葉植物をぐるりと囲むように丸くベンチが配置されている。一階と二階は吹き抜けになっていて、二階へは奥の螺旋階段を上る。
右側には一階から二階まで貫く大きな窓、そして郷土資料などが入ったショーケース。左側は厨房スペースで、注文カウンターの小窓がある。基本的には、ここで注文をして飲み物なりケーキなりを受け取ったら好きな場所に座ってくつろぐことになる。天気が良ければ屋上デッキに上がって眺望を楽しむことも出来る。
「いらっしゃいませー。あ、メグルさん。ひよりちゃん、今二階へ行きましたよ」
小窓から店長が顔を出す。
「あー、そうですか。……今日は、ガトーショコラとほうじ茶オレと……方角石アイスもお願いします。……ひより、ちゃんとやってますかね」
「ありがとうございまーす。ええ、まだそんなにお客様も多くないですけど、一生懸命やってくれてますよ。かわいくていいですねー。できたらお呼びしますので、少しお待ちくださーい」
「はい。待ちまーす。まぁ、お店の中にいる分には、迷いませんからね。悪いところは見えませんよね」
「えー。ひよりちゃんに悪いところなんてあるんですかー?」
「それはもう。一歩外へ出れば徘徊老人以上だし、何かにつけてヘブンズストライクだし、俺にだけ恥ずかしいことさせるし……」
「メグルさん、いらっしゃいませー。何言ってるんですかー?」
「うわ」
いつの間にか、空いたトレイを手にしたひよりが後ろにいた。顔は笑顔だが、眉毛だけつり上がっている。ように見えた。
「あ。ひよりちゃん、片付けてきてくれた? ちょうどお客様が帰られて今はメグルさんだけだから、メグルさんにお出ししたら休憩してね。メグルさん、ひよりちゃんに持っていってもらうんで、お好きな席へどうぞー」
「はーい。そうしまーす。それじゃ、メグルさん二階へどうぞ。わたしが運びますから」
店長の言葉に、ひよりが笑顔で返事する。眉毛は下がっている。
お言葉に甘えて、先にひとりで二階へ行く。本当は、注文品は自分で受け取って席まで持っていくらしいのだけど。でも今はひよりがいるから、ひよりがウエイトレスとして届けてるのかな。
二階に上がってみると、誰もいない。けっこうお客も入るらしいのだけど、今は空白の時間帯だろうか。目の前には巨大な窓と、その向こうには日和山山頂。こんなところでゆったりとしてる昼下がりってのもいいもんだよなぁ。
とか思っていると、トトトとひよりが螺旋階段を上ってきた。
「お待たせしましたー。ガトーショコラとほうじ茶オレと方角石アイスになりまーす」
俺の前にトレイを置く。そして隣に座る。
「ん。ありがと。……休憩、ここでするの?」
「ダメですか?」
「ダメじゃないけど……。人と話をするときはガトーショコラじゃなくてこっち見ろ」
「だって、メグルさんの顔は見飽きてるけど、ガトーショコラさんとは初対面だし」
「見飽きてる言うな。わかった。ひと口やるから」
「うふふ。やったー」
……相変わらず、うまそうに食うなぁ。
「まったく。無理やり恥ずかしい思いをさせられた上に、なんで食い物まで分けねばならんのだ」
「あ、そうそう。そういえば仮封印、うまくいきました?」
「そういえばじゃないよ。あれ、ひよりの仕事だろ? 公園なぁ、今日はなんだか人がいっぱいいたんだよ。そんな中で恥ずかしいポーズとか恥ずかしいセリフとか。しまいには札も光るし」
「あ。護符が光ったんなら、成功ですね。よかったよかった。でもそんな恥ずかしかったですか? ポーズなんか、わたしはよくわからないですけど『ジョジョ立ち』っていうのを参考にしたって神様が言ってましたよ? カッコいいですよね?」
「……また神様か、考えたの。まぁ、カッコいいんだけどさ。でもああいうのはカッコいいキャラがそういう場面でやるからいいんであってさ。……お前ら、あれ気に入ってやってるの?」
「わりと……。でもあんまり人前ではやらないかな……」
「やっぱり恥ずかしいんじゃないかっ。それを俺にやらせたのかよっ」
「ま、まぁ、成功したんだし、もういいじゃないですか。お疲れさまでした。さすがメグルさんっ。ヒューヒュー」
くそう。神様、ろくなことしないな。いつか会う日があったら説教してやらねば。
「しかし、仮封印はホントに成功したんだよな」
方角石アイスは、方角石をかたどったモナカの皮ふたつでシャーベットっぽいアイスを挟んでいる。そのモナカ皮をひとつはずして、アイスを半分そこにのせたものをひよりに渡しながら話をする。
「ありがとー。メグルさん、優しい。うふふ。……護符が光ったのなら、そのはずですけど」
「なら、あらためて俺たちが封印を解くまでは鬼は出現しないということだな」
「絶対ではないですけどね。家の出口にフェンスを設置して、そこにかんぬきをかけたような感じなので、出ようとする鬼が強力で暴れたりすると、内側から解かれちゃう場合も無きにしもあらずで……」
「それ、俺がやって大丈夫だったの?」
「封印の強度は護符の力で決まるので、誰が儀式をしたかではなく誰が書いたかで決まるんです。だから、発動さえしていれば同じなんです」
「ふむ。一応、護符は光ったからなぁ。ひよりは護符の書き手としては一流だってことだから、大丈夫ってことか」
「んふふ。そういうことです」
それならまぁ、俺が気に病むことはないか。
「あとは、鬼の本封印をいつどうやってやるかってことだな」
「そうですね。対策は、どの程度の鬼が出てくるかによって変わると思いますけど……」
「どんなのが出てくるかわからないの?」
「はい。さっきから媒介石を家の出入り口にたとえてますけれども、鬼がその出入り口にやってくるまではわからないんですよね」
「とりあえず、強力なのが出てくると思っとかないといけないんだろうな」
「強力と言っても、いろいろタイプもあるんですよねぇ。パワー型とかスピード型とか。それによって対策も変わるので……」
「弱いのが出てくるといいなぁ」
「いいですねぇ」
「鬼と戦うとしたら、やっぱりあけぼの公園になるのかな」
「あれが媒介石なら、そこから出現する可能性が高いのであそこで戦うでしょうね」
「ひよりは、この日和山で戦うのが一番いいんだろ?」
「それはもう。ここでならフルパワーですから。でもそうなる可能性は皆無に近いですよねぇ」
「そうなんだろうなぁ。言わば、相手の土俵で戦うわけだな。あ、あそこホントに土俵もあるな」
「相撲で戦ったりして。うふふ」
「おとぎ話みたいだなぁ。まさかなぁ。はは」
「相手の土俵で戦うなら、こちらも少しでも有利になるものがあるといいんですけどね」
「そんなのあるの?」
「わたしの力の源は、媒介石であるあそこの方角石なので、似たものを持っていけたらいいんですけど」
「方角石を削って持っていったり?」
「それはダメです。わたしも傷つくような気がするし」
「方角石を絵に描いて持ってくとか」
「多少の助けにはなるかもですけど、絵では弱そうですよねぇ」
「方角石アイス」
「とけちゃいますよ」
「レプリカとかあればいいけどなぁ」
「無いですよねぇ」
「ククク。あるよ」
「うわぁ」「ひゃあ」
いつの間にか後ろに艦長が立っていた。いつもいきなりだな。この人。
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