その20:鬼の仮封印

 少しくねくねとした道を選んで、あけぼの公園へ向かう。このルートはそれほど複雑でもないのだけれども、道が微妙に曲がっていたりするので、ひよりのようなド方向音痴でなくても、方向音痴気味という人だと迷ってしまうかもしれない。

「メグルさん、よく迷いませんねぇ」

「まぁ、それが普通だけどな。頭の中に地図を思い浮かべて、自分がどこにいてどっちの方向へ行けばいいか把握していれば、ちょっと道を間違えたとしても修正できるわけだし。微妙に道が曲がってたりすると、自分がどっちに向かってるかわからなくなって迷ったりすることもあるけど。でもそういうのを物ともせず方向がわかっちゃう人もいるんだよなぁ。ジャイロ入ってるんじゃないかと思うような」

「ジャイロ……ってなんだかよくわかりませんけど、こんちゃんは方向得意だからジャイロ入ってるのかな……」

「どこに入ってるんだろうなぁ。……とか言ってるうちにもう着くな。ほら。あそこ」

「あ……。あれですか。確かに……なんかいますねぇ」


 あけぼの公園の東側の出入り口に到着する。微妙に曲がる道路を歩いていると方角がわからなくなるけれども、地図を見ると東側になるようだ。

 その東側出入り口に二体の像。ふんどしというかまわしをつけた子どものような、でも顔は鬼っぽい像が立っている。

「ほら、こいつら。かわいいっちゃかわいいけど、怪しいだろ?」

「確かに……これは怪しいですね。媒介石になるかもしれませんね」

「どうする? 何かする? 実際に鬼が出てこないと封印はできないんだっけ?」

「本当の封印はできませんね。でも仮封印なら……」

「本当の封印と仮封印って違うの?」

「ここで言う本当の封印っていうのは、鬼自体を封印します。仮封印っていうのは、媒介石に蓋をするようなものなんです。言ってみれば、仮封印は鬼の住んでいる家の扉を閉めて板で塞いじゃうみたいなもので、本当の封印は鬼の体をロープでぐるぐる巻にするようなもんですね」

「ふむ……。体を縛っちゃえば身動きできないけど、扉を塞ぐだけだと中で暴れて扉を壊して出てきちゃうこともあるってことか」

「その通りです。あと、仮封印しておけば、それをこちらで解いて鬼が出てくるタイミングをコントロールすることも可能です」

「ああ。なんかそう言ってたな。それじゃあ、仮封印とやらをとりあえずしておくのがいいか」

「ですね。それ用の護符をまた作らないとですが」

「そうなの? 俺には出来ないの? 封邪の護符を同化している、聖なる俺には」

「封邪の護符は本封印用ですから。仮封印は別物なんです。聖なる俺……。ぷっ」

「何笑ってんだよ。まぁ、その本封印とやらのやり方も知らないけどな。俺がやらなきゃいけないんなら、教えとけよな」

「ぷぷぷ。だって……。聖なる……。まぁ、封邪の護符と同化していれば、本封印は簡単ですよ。でもあとで教えますね。聖なるメグルさん。ぷぷぷ」

「なんか恥ずかしくなってくるなぁ。だいたい、お前らの儀式とか恥ずかしいのが多いんだよ。技名もヘブンズストライクとか、ひと昔前の中二みたいな……」

「神様がいろいろ決めたりするのが多いので……。ひと昔ふた昔はしょうがないですね……」

「そうか……。神様が決めるのか……」

「そうなんです……」


 それはともかく、と、俺とひよりは二体の鬼を見る。あんまり強そうでもないし、害もなさそうだが。でも見てくれで決まるわけでもなさそうだし。

「とりあえず、日和山に戻りましょう。それで、わたしは朝のうちに仮封印の護符を作りますから、仮封印を今日のうちにしちゃいましょう」

「そうだな。でも、昨日導きの護符作って今日も仮封印の護符作ってって、大変なんだろ? 俺にはよくわからないけど」

「そうですねぇ。でもわたしにしか出来ないので……。神界の巫女でも、すぐにいろいろ護符を作れるのってわたしくらいなんですよ? 優秀なんですよ?」

「なるほど……。成長するための栄養が全部そっち方面に行っちゃたんだな。そうか……。うんうん」

「なっ! 何を憐れむような顔で納得してるんですかっ! 褒めてくれるかと思えばっ」

「まぁまぁ。拳を作るなって。感心してるんだよ。自分の成長をあきらめてまで仕事を……」

「あきらめてませんからっ! ヘブンズストライク!」

 予測できたので、俺はひらりとかわす。が、ひよりの拳の先には鬼の像が。

「あわわわわわ」

 ひよりが慌てて拳の軌道を変えるが、拳は向かって右側の鬼の頬をかすめ、ひより自身も体勢を崩して転んでしまう。

「お、おい。大丈夫か?」

「あ、危なかったぁ。直撃してたら、わたしの拳か鬼さんか、どっちか砕けてましたね」

「……そんなパンチ力なのかよ。俺はいつもそれをくらってるのかよ。そして今もそれを食らうところだったのかよ」

「うふふふふ。まだ終わっていませんよ?」

 ひよりは立ち上がって左腕を前に出し、半身になって右拳に力をこめる。俺はその場で土下座した。


 俺の金でまたバナナオムレットを買ってやるということで機嫌を直し、日和山へ戻る。

「仮封印の護符って、時間かかるの?」

「導きの護符ほどではないですけど。仮封印は相手のことをあんまり考えないでいいですから。導きの護符は間違うと変なところへ行っちゃうかもしれないんで神経使うんです。最悪、異次元空間とか……」

 ……それ、ひよりに作らせて大丈夫なのか? と思ったが、考えないようにする。

「そ、そうか。それじゃ、ひよりはこれからまた護符作りに入るんだな?」

「そうします。たぶんお昼前には出来るので、出来上がったら仮封印してきてもらえますか?」

「おう。お安いご用……。んっ? 今何て?」

「ですから、仮封印の護符が出来たらあけぼの公園の鬼さんの像を仮封印してきてもらえますか?」

「誰がっ?」

「メグルさんが」

「俺がっ?」

「はい」

「仮封印をっ?」

「はい」

「なんでっ?」

「わたし、今日もお昼前から五合目カフェでバイトなんです。昨日言われたんです。ひよりちゃん、かわいくて人気出そうだから絶対明日もよろしくねって。うふふ」

「だからって、俺が?」

「メグルさん、今日バイトお休みじゃないですか」

「そ、それはそうだけどさ……」

「かわいいわたしが必要とされてるんですから、期待には応えないとじゃないですか。うふふふ」

「いやそれはバイトであってさ。ひよりの本業は……」

「はいはい。今日はヒマなメグルさん。それじゃ、仮封印の方法について説明します。いいですか? メモとってくださいね。メグルさんなら出来ますから。そうじゃなきゃ、お願いしませんよ」

「くそ。やればいいんだろ。やれば」

 俺はあきらめて、メモをとった。


 昼前に、仮封印の護符は出来た。

 ひよりは、俺に護符を渡すと「お願いしますね。よろしくです」と言って五合目カフェに入っていった。

 俺はあけぼの公園へ行った。お昼前、今日の公園にはけっこう人がいた。

 俺はメモを見て、仮封印の術式をなぞる。鬼の像を前に、変なポーズと変な呪文。

 すげー恥ずかしかった。術式成功のときに出る光は、手品ということにした。

 変なポーズや呪文は、一連のパフォーマンスだと思ってもらえたらしい。

 最後には拍手を受けた。俺は礼をしつつ、心で泣いていた。

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