その19:開運稲荷とあけぼの公園

 護符を作るために方角石と同化したひよりと別れたあと、俺はあけぼの公園を目指していた。下本町商店街の裏にある、土俵のある公園だ。さっき、湊小学校って名前どこかで見たよな、と思ったのだけど、それはここだったような気がしたのだ。だから何、と自分でも思ったのだけれど、なんとなく気になったもので。そういうのはハッキリさせておきたい性分なのだな。


 商店街の方から公園に入る。トイレがあって土俵があって、ベンチがあったりする。やはり土俵が特徴的な公園だな。ときどき相撲とったりするんだろうか? などと思ったりする。

 公園を横断して、入ってきたのと逆側の出入り口付近に、碑があった。「湊小学校創立の地」と書かれている。

「こないだ来たときはこの碑もよく見てなかったけど、湊小学校というのはもともとここに建ってたのか。んー。明治二十七年開学で……大正元年までか。そのあとあそこに移って、今は統合されて廃校か。そうか。ここに学校がなぁ……」

 なんとなく唐突に存在するような感じの公園だと思ったけど、もとは学校だったのか。と思うと、歴史を感じてしまう。その頃の風景というのを見てみたいと思う。そして、今現在のこの風景も数十年後には変わってしまうのだろうなぁと思うと、今のうちにいろいろ見ておきたいなぁ、とも思うのだ。


 などと考えつつ公園を出ようとすると、出入り口にある像に気がついた。出入り口の左右に、一メートルくらいの像が道路側を向いて一対立っている。

「あれ。前に来たときもこんなのあったっけか。ちょっと暗かったし、あんまり気にしてなかったか」

 公園を出て、像の正面にまわる。

「なんだこれ。ふんどしつけてるのか? いや、土俵があるわけだから、まわしか? でべそだし三頭身だし。子どもの像なのかな。まぁ、かわいいっちゃかわいいか。……ん?」

 全体としてユーモラスな形でかわいいと思ったのだけど、その大きな顔の口は横に大きく開いて、キバが両方にのびているように見える。そして、頭部は髪の毛のように見える線の中に、二本の突起のような膨らみがある。

「これは……ひょっとすると……鬼か?」

 そう見えてしまうと、もう鬼にしか見えない。鬼の石像が二体、この公園の入口に立っているのだ。

「むぅ。こんなところに鬼の像が……。何回か前を通ってるのにな。暗かったのもあるけど、案外と見えてないもんだな」

 さてどうしようかと思ったが、俺ひとりではどうにもできない。これが媒介石になるとも限らないし、鬼の出現もまだらしい。ひよりも護符を作るのに忙しいだろう。

 ひよりには明日報告することにして、今夜は俺もゆっくりすることにした。さっき食らったヘブンズストライクがまだ腹に効いているけれども、ラーメンでも食って帰るか。俺は商店街の方に足を向けた。


 翌日。早朝。俺は日和山に向かう。今日はまず、こんちゃん用の導きの護符を、こんちゃんの媒介石である開運稲荷神社のこんこんさまに設定するということだよな。護符は出来たんだろうな。

 街側の階段を上り、日和山山頂へ。方角石に、ひよりがちょこんと座っている。

「あ。メグルさん。おはよーございます」

「おお。おはよう。今日もまともにここにいたなぁ……。学習したのか? 成長したなぁ……」

「なに涙ぐんでうなずいてるんですかっ。いつもわたしがどこか変なとこ行ってるみたいにっ」

「いつも変なところにいるじゃないか……」

「いつもって、あれ? いつも……かな。いえ昨日はカフェにいたわけですしっ」

「それも俺にとっては変なところだったんでな」

「うう。まぁ、いいです。それはそれとして。こんちゃんを導くための護符は出来てますっ。開運稲荷神社へ、セットしに行きましょう!」


 まだ起きている人も少ないであろう早朝。俺とひよりは開運稲荷神社へ向かう。日和山からはほぼ直線で、五分もあれば着く距離だ。まぁ、ひよりひとりで行かせれば、また展望台に着いてしまうのかもしれないが。

 左手に、開運稲荷神社が見えてくる。立派な門構えだ。門構えというのかどうかわからないけれども。石柱に大きく赤く「開運稲荷神社」と書かれている。

 最初の鳥居をくぐると、すぐに両脇にこんこんさまが現れる。右側に、大きく顔の欠けた阿形。左側に、左目に稲妻傷の吽形。吽形を見ると、意外とイケメンの狐だ。

「こんこんさまが媒介石って言うけど、阿吽の二体あるよな。どっちっていう区別あるの?」

「いえ、物理的に離れていても、存在としてはひとつですので。どちらでも大丈夫です」

「ふーん。なるほど。そうすると、例えばどちらか一体を日和山に持っていっておけば、こんちゃんは日和山にも現れることができるとか……?」

「それは……無理なんじゃないですかねぇ。場所との関連もあるわけで……。だいたい、そんなこと誰もやったことないと思いますけれども」

「神界、アタマ固いな」

「そもそも、このこんこんさまを移動させるなんてできないじゃないですか。捕まりますよ」

「まぁ、それもそうか。でも何か応用できそうな気もするけどなぁ……」

「そんなヘンなこと言ってないで、導きの護符の術式、始めますよ」


「お、おう。とは言っても、やるのはひよりだろ? 俺は何してればいいの?」

「まぁ、邪魔が入らないようにガードしておいてもらえば。今後の参考に見てていいですよ?」

「誰が邪魔するんだよ。今後の参考になんてなるかっ。俺の役目は、ひよりをここに連れてきたことですでに終了だよな。俺こそが導きの巫女なんじゃないのか? 男だけど」

「わたしは導きの巫女失格だとでも言うんですかっ? ちょっと……方向が……音痴なだけで……」

 そう言うんだよ。と思ったが、最後消え入りそうなひよりの声がかわいそうだったので言わないでおいた。


 やがて、ひよりが術式とやらを始める。ほとんどは、護符を作ったこと自体で終わってるのかもしれないけれども。あとは仕上げなのだろう。護符を吽形のこんこんさまの足元に置き、何かちょっと恥ずかしいようなポーズをとり、ちょっと恥ずかしいような呪文みたいなものを唱えて、こんこんさまの足の間に頭を埋めるようにした。すると護符は光を発したあと、こんこんさまの足の間に吸い込まれるように消えていった。

 んー。不思議な光景だが、術式とやらは見てると全体的にちょっと恥ずかしいな。ガードしてくれってのは、この恥ずかしい一連の動きを誰かに見られないようにしてくれっていうことだったりするのか?


「成功です。これで、こんちゃんが来たいと思ったときにここに来られるはずです」

「ふむ。なんか、封邪の護符が俺の中に入ったときと似た感じだな」

「基本的には同じですから。ほら。ここに固着紋が」

 見えにくいが、こんこんさまの足の内側に護符を簡略化したような模様があった。

「なるほどな。そうしてみると、ちょっとこんこんさまに親近感がわくな」

「どうぞ。親しくなってください」

「うん。こんちゃんと親しくなるか」

「またそういうことばっかり……」

 なんかひよりがプルプルしていてアレを放ってきそうなので、話をそらす。どこがツボなんだよ。

「あ。そういえば、鬼の像を見つけたんだよ。あれ、媒介石になりそうな気がするんだよな。ちょっと見に行かないか?」

「え。どこですか?」

「ほら。あけぼの公園だよ。土俵のあった公園。ここでバナナオムレット食べたいとか言ってた……」

「ああ。あの公園ですか。そんなのありましたっけ?」

「うん。けっこう目立つ感じで立ってるんだけどな。見逃してた」

「そうですね。行ってみましょうか。えーと、あけぼの公園というと……」

「あ、いい、いい。俺が連れて行くから。ひよりは何にも考えずに俺についてきてくれ」

「何か考えるとろくでもないことになるみたいじゃないですかっ」

「なるんだよ。黙って俺について来い」

「…………」

「なにポッとしてんだよ。行くぞ」

「その言い方ってなんだか……」

 ひよりが何か言ってるようだが、かまわずあけぼの公園の方向へ向かう。パタパタという草履の音がしばらくついてきていたが、途中で消えた。

「……おいっ。なんで変なところで曲るんだよっ。俺について来いって言ったろ!」

 ひよりは曲がり角から顔を出し、なぜかちょっとニヘニヘしながら、また草履の音をさせてついてきた。

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