その18:湊小学校と亀の甲羅

 一旦日和山に戻った俺とひよりは、少し休憩したあとに探索に出ることにした。

「こんちゃんを呼ぶ護符は、まだ作らなくていいのか?」

「あれはわたしがあとで寝る前に作りますから大丈夫です。じっくりイメージ出来たので、そんなに時間もかからず出来ると思います」

「ホントにひよりが作って大丈夫なんだろうな」

「何がですかっ。そもそも、これはわたしじゃないと出来ないことなんですよっ。水先案内の巫女であるわたしじゃないとっ」

「こんちゃん、展望台に出現して泣いたりしない?」

「だ……大丈夫ですよ。たぶん……。いやいやっ。絶対大丈夫ですからっ。だいたい、こんちゃんこんちゃんって、そんなにこんちゃんが気になるんですかっ?」

 ひよりがちょっとむくれたように言う。いや、こんちゃんというより、ひよりのやることで被害者が出ないかどうかが気になるんだが。

「大丈夫ならいいんだけどな。それに、仮に展望台に出現したとしても普通の方向感覚なら自分の居場所くらいわかるだろうしな。こんちゃん、方向音痴じゃないんだろ?」

「違いますけど……。むしろ、知らない土地で目隠ししてぐるぐる回しても方角がわかるっていうか……」

「どんな罰ゲームしてるんだ。神界ってどんなところなんだよ」

「機会があったら来てみてください」

「それって、死んだあととかのような気がするんだが」

「…………」

「おい。なんか言えよ」

 なんとなくごまかされてしまった。


 新潟市付近では、海岸線は北東から南西にのびている。それに伴って、道路もそれと平行になって北東から南西に走る部分が多い。

 我々のいる下町(しもまち)エリアは海岸線と信濃川に挟まれた三角形のエリアになっていて、信濃川に沿うような方向に走る道路もあるから、微妙に曲がっていたり鋭角に道路が交わっていたりする。それ故、道なりに動いていると方向感覚が狂ってしまって、方向音痴じゃなくても迷子になったりもするのだ。

 先ほど行った開運稲荷神社は、日和山から見て北東方向へ進んだ一本道の先にあった。それで俺たちは、今度は逆の南西方向を探索してみることにした。


 日和山を海岸側の階段から下りた道を左側に進むとすぐに交差点になる。まっすぐ行けば、俺とひよりが出会った日和山展望台へ向かう坂道だ。右に折れれば、開運稲荷神社へ向かう。今回は、左に折れる。

 ほんの少し進むと、真新しい建物が見えてくる。出来たばかりに見えるその建物は、市営住宅と介護施設だったか。少し前までは小学校だったという話も聞いたことがある。確か、湊小学校と言ったか……。さすが港町という感じの名前だけれども、統合されて無くなったらしい。統合された小学校の名前は、日和山小学校だとか。どちらにせよ、湊関係なのだな。


 その、旧湊小学校の建物の手前の道に、気になるものがあった。お地蔵様が六体。六地蔵というやつか。そしてその後ろに観音像や、梵字のようなものが描かれた供養塔、そして建物の入り口の上に、大きな亀の甲羅。

「なんだか、いろいろあるなぁ。お地蔵さんは新しく見えるけど、後ろの方は古そうな」

「亀の甲羅もすごいですねぇ」

「こういうのって、なんか力が宿りそうだよな。ひよりの方角石とか、こんちゃんのこんこんさまもそうだし。……こういうのも、媒介石になり得るの?」

「……あると、思います。石仏とかはそれ自体が邪を退けたりするので、邪悪なものの媒介石になることは少ないと思いますけど……。でも、何かのきっかけで入り込んじゃったりとかが絶対ないとは……」

「ふーむ。一応はチェックしておかないといけないわけかな。……ひよりたちは神様系なわけだけど、仏様系と争ったりはしないの?」

「そんなこと、しませんよ。神様とか仏様とか、ある意味解釈の違いだけみたいなもんですし。わたしたちの神社にしたって、神様の名前とか地上の人に定義されたりしてますけど、全然違ってたりしますしね。内緒ですけど」

「そうなの?」

「こないだメグルさん、『神様ってジジイじゃないの?』とか聞いてましたけど、地上の人の認識と実際とはだいぶ違ったりするんですよ。だからといってそれを訂正したりはしませんけど。信じやすい形で信じていればそれでいいんです」

「そういうもんなのか」

「そういうもんなんです」

 ふむ。金魚鉢の中で暮らす金魚は「このときどき餌を落としていく異形の者はおそらく神というものなのだろう。ありがたいありがたい」と思ってるかもしれないけど、それは単なる寂しいサラリーマンだったりするわけだしなぁ。それはそれでいいのだろうな。


 旧湊小学校の建物を過ぎると、集合長屋のような住宅地になる。車なんか通れない迷路のような道に、住宅が並んでいる。一部の人にはノスタルジーを感じさせるような一帯らしい。それでも、新しい住宅も目立ってきているので、そのうちに普通の住宅地になってしまうのかもしれない。

「こういうところには媒介石っぽいものはないかな」

「そうですねぇ。……あっ。あそこに井戸のポンプがありますね。あんな感じのものも、場合によってはなるかもです」

「え。石じゃないけど」

「前にもちょっと言いましたけど、媒介石と言っても石とは限らないんです。多くの人の手に触れたり気持ちが込められたりするものは、モノとしての格が上がるというか、レベルアップするんですね」

「レベルアップ……。ちょっと言葉の格が落ちたような気もするが。まぁしかし、なんとなくわかる気もするか。モノが月日を経ると付喪神になると言ったりするけど、そんなものか」

「付喪神になって動き出すのはレベル50くらいですね」

「適当に言ってないか?」

「すみません。適当に言いました。でも意味合いとしてはそういう感じですね」

 しかし、なるほど。とにかく、今でも残っている古いモノであれば、媒介石になり得るということか。まぁ、今回は鬼ということだから、鬼関係のモノを探せばいいんだよな。


 その後しばらく周辺を探索して、日和山に戻ることにする。

 帰途、また旧湊小学校の前を通る。

「湊小学校か……。あれ。そういえばどこかでこの名前見たような気がするな。どこだっけか」

「湊ってつく場所多いから、そういうのじゃないですか?」

「んー。そうだっけかな。何かの石碑みたいなので見たような気も……」

「わたし、覚えがないなー」

「まぁ、大したことじゃないか。思い出したら行ってみよ」

「わたしはこのあと、護符を作ります」

「ああ。こんちゃんを呼ぶやつな。がんばってな」

「明日の早朝、開運稲荷神社に持っていって、術式を練ります。来てもらっていいですか?」

「ああ。いいよ。あそこはひよりの結界の外だから、あんまり人のいない時間がいいよな」

「そうなんです。一応、集中もしたいし。ガードしてもらえれば」

「というか、ひより一人だとあそこまで行けないだろ」

「うう……」

「一本道なのになぁ。どうやったら迷えるんだか、教えてもらいたいくらいだけどなぁ」

「ううう……」

「まぁ、いよいよこんちゃんと会える日も近いようだから、そのためにも協力するけどな。早く会いたいもんだなぁ。会いたい会いたい」

「…………」

「ん? どした? 黙って……」

 ひよりは振り向きざま。

「ヘブンズストライクっ」

 俺の腹に拳をくれた。あれ。俺、なんか気に触ること言った? それとも一日一度、俺にくらわせないと気がすまないのか?

 うずくまる俺を置いて、ひよりは駆け出した。日和山とは違う方向へ。本人は日和山へ向かってるつもりだと思うが。


 その後回復した俺は、日和山展望台で泣いているひよりを回収して日和山住吉神社へ連れていき、方角石に座らせた。護符作りは方角石に同化した上で行なうらしい。どういう仕組になってるんだかわからないが。

 明日は早朝からまたここか。明日はバイト休みなんだが、まぁいいか。おやすみ、ひより。また明日。

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