その17:こんこんさまと媒介石

 開運稲荷神社。もうなんだかそれだけで縁起の良さそうな名前の神社。ここが、ひよりの同期であり親友である、こんちゃんとやらの担当神社らしい。ひよりの日和山住吉神社から普通に歩いて五分程度で着く。近所と言っていいだろう。ほぼ直線なので、迷う要素もない。ひよりは迷うらしいが。


「ここらしいな。でも、こんちゃんはまだ来ないんだろ? 準備とか言われてたみたいだけど、何かやっておくことがあるのか?」

「はい。こんちゃんをここに導くにあたって『導きの護符』を作っておかないといけないんですけど、そのために場所をイメージしておく必要があって。わたしがこの場所を見ておかないといけないんです」

「ほぅ。マンガなんかではテレポート能力者は移動先を完璧にイメージできてないといけない、なんてのがあるけど、それを移動者本人がやるんじゃなくて、ひよりがやって導くという感じか」

「そうなんです。そしてこの役割は、わたし以外には出来ないんですよっ」

 ふんっ。と鼻を鳴らしてひよりが得意そうに言う。

「なるほどなぁ。それで、ひよりが一番最初に来たと」

「はいっ。最重要人物なんですっ」

「最重要人物がぜんぜん違う場所に到着してたら、導くもなにもないけどなぁ」

「う……。それはもう、いいじゃないですかぁ。そんな何度も言わなくても……」

「あはは。悪かったよ。落ち込むなって。俺はそのためのサポート要員みたいだからな」

「お世話になります……」

「お世話します」

「うふふ」「あはは」

 すべてに完璧な人間なんていないからなぁ。弱いところは誰かが補ってやればいいのだ。ひよりは俺の何を補ってくれてるのかわからないけれども。


 開運稲荷神社の鳥居をくぐる。けっこう奥まで続く、長い敷地のようだ。そして、奥に行くにつれて高くなっているように見える。緩やかな階段もいくつかあるようだ。

「……なんか、立派だな。ひよりの日和山住吉神社は丘の上にポツンとお社があるだけだけど、ここは……社務所なんかもあるんだな」

「わたしのところは……シンプルイズベストですから。でもあの眺望は他の神社には無いですよっ。カフェ付きですし」

「神社付属のカフェというわけではないけどなぁ。でも確かに、日和山は景色いいよな」

「でしょっ。いろいろあればいいってもんじゃないんですっ」

「でも、ここも奥に行くにしたがって高くなってるよな。……ああ。海の方へ行く砂丘の坂をそのまま使って作られてるのか、ここは。なるほど。地形を利用して拝殿を高いところへ持っていってるわけか。そういえば、この脇の小路も坂道になってるしな」

「へー。そうなんですねー」

「いや俺の想像だけどな。っていうか、ひよりはそういうの含めてイメージしといた方がいいんじゃないのか?」

「勉強になります。それ含めてイメージさせていただきます。いい護符ができるでしょう」

「お、おう。がんばってくれ」

 なんかいつになく殊勝だな。いいことだ。


 鳥居をくぐると、すぐに大きな狐の像が現れる。狛犬ならぬ狛狐とでいうべきものか。稲荷神社だからな。狐はいるべきものだろうけれども。

 参道を挟んで二体の狛狐。おそらくは阿形と吽形なのだろう。おそらく、というのは、向かって右側の狐は顔が大きく欠けていて、表情が見えないからだ。左側の狐は口を閉じている。こちらは顔は残っているが、左目あたりに稲妻状にヒビが入っていて、某ロックシンガーを思い起こさせるような形になっている。

「しかし……デカいなぁ。ひよりよりはるかにデカいだろ?」

「失礼な……。でも、ホントにわたしより大きいかも……」

「ちょっと顔が欠けちゃってるのが痛々しいけどなぁ」

「そうですね……。あっ、そうか。この狐さんたちが『こんこんさま』ですよっ」

「ん。確かに……。そう書いてあるな」

「こんこんさまが、こんちゃんの媒介石なんですよっ」

「ほぅ。これが……。こんこんさまを媒介石とする、こんちゃん、か。なんか安易じゃないか?」

「それを言ったら、わたしだって日和山のひより……だし……」

「なるほど……。まぁ、名前なんてそんなもんかもしれないな」

 うーん。俺の名前はヤシロメグルだしなぁ。いろんな神社、お社を巡る運命の人間だったりしないだろうな。そう思って、名前に関してツッコむのはやめることにした。


「そうか。この、こんこんさまが媒介石か。……ひょっとしてこんちゃん、顔が無かったり目のところに稲妻状の傷があったりする?」

「そんな、顔が無いなんてことないですよっ。目の傷は……んー……ムニャムニャ」

「なんかウヤムヤにしたな。まさか、ホントにあるのか? それ、触れちゃいけない話……?」

「いやいや、傷はホントには無いですよー」

「ホントには……?」

「あ、あ……。あの……メグルさん……。こんちゃん、こっちに来たときにたぶん『ケンヂでーす!』ってネタをやると思うんですけど、そのときは初めて知ったという体で……お願いします……」

「左目に稲妻状の傷のメイクをして……?」

「メイクをして……です」

「鉄板ネタなんだな?」

「鉄板ネタなんです……」

 うーん。こんちゃん、会いたいと思ってたけど、意外と面倒なやつなのかもしれないな。しかし、神界でもネタに出来るのか。恐るべし、ケンヂ……。


 こんこんさまの前を通り過ぎると、鳥居があり短い階段があり、脇には保育園がある。そしてまた鳥居があって長めの階段があって鳥居があって、拝殿に到着する。急ではないのでそれほど大変ではないが、けっこう上ってくることになる。

 上ったうえで後ろを振り向いても……それほどいい景色にはなっていない。景色としては日和山に軍配が上がりそうだ。景色の良し悪しが神社の価値ではもちろんないけれども。でも、ひよりはそこを重要視してほしいようだ。

 神社の価値は見どころで決まるものではないとはいえ、この神社のメインの見どころは、やはりこんこんさまなのだろう。こんこんさまにはそれだけのインパクトがある。観光客なんかは、入り口のこんこんさまだけ見て満足して拝殿まで来ないんではないか、なんていうのはいらない心配か。

 拝殿には恵比寿大黒像もあった。これもなかなか縁起の良さそうなもので、見どころのひとつなんだろう。「開運稲荷」の「稲荷」はこんこんさまで「開運」はこちらが引き受けるのかもしれないな。なんて思う。


「どう? イメージ出来た?」

「はい。ばっちりです。このイメージをもとにして護符を作れば、こんちゃんも迷うことなく到着です」

 それを自分に適用できればいいのにな、と思うが言わないでおく。

「ふむ。護符作るのって大変なの?」

「そうですねぇ。でも一晩あれば大丈夫ですよ。おかげで、しっかりイメージ出来ましたし」

「で、その護符を?」

「明日にでも、このこんこんさまのところにしかけて術式を練ります。そうすれば、こんちゃんはいつでもここに来れます」

「んー。来れるといいな」

「来れますよっ。あ、まだ疑ってるんですか?」

「いやまぁ、普段が普段なもので」

「もう! 信じてくださいよっ。それじゃ、わたしたちの日和山へ戻りましょうか」

「そうするか。わたしたちの……か」

 ひよりは、こんこんさまに「じゃあねっ」と手を振ると鳥居をくぐって外へ出た。そしてテテテと走り出す。俺はそれを見て

「おい。日和山はそっちじゃない。こっちだ」

 と、ひよりの襟首をつかんで方向修正した。

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