その16:開運稲荷神社へ

「おう。ひより、お疲れ様」

 五合目カフェから出てきたひよりに声をかける。

「あ。メグルさん。今、終わりました。えへへー」

 ひよりは、鼻をふくらませた得意そうな顔で封筒を俺に見せてくる。

「おお。バイト代もらえてよかったな。まぁ、金を使うって言ってもお菓子と銭湯と、あと……神様からのおみくじ通信くらいだろうけどなぁ。家賃とかいらないのはいいよなぁ」

「うふふ。そんなにたくさんいただいてるわけでもないですけどね。でも毎日お菓子食べてお風呂入っても貯金できそうですー」

 そこで「カラン」とお社の鈴が鳴った。ひよりがちょっと渋い顔をする。

「うう。お金の最初の使いみちがこれだなんて……」

 ひよりには位置が高くて取りづらいので、俺が百円を投入しておみくじを取ってやる。そういえば五合目カフェの艦長、ここの設備関係もいろいろやってるって言ってたな。今度、ひよりがおみくじ取れるようにお願いしておこうか。あの人、サイズ大きいからなぁ。


 今回の通信はひよりあてだ。俺はひよりにおみくじを渡し、ひよりはおみくじを開く。そして、読んでワナワナと震えだす。

『ひよりちゃん、アルバイトお疲れ様。ある程度のお菓子とお風呂と通信は必要経費として認めるから、それ以外のお金の八割をお賽銭として納めてね』

 むぅ……。神界、意外とブラックだったりするのか。

「ううう。メグルさーん。わたしの、わたしのお金ー!」

 ひよりが涙目になっている。まぁ、神界の人が地上で貯金してどうするのかという気もするから、神様に納めるお賽銭分は実際は神界に戻ってからのひよりのためになるんじゃないかとも思えるが。

 そうか。……ひより、用事が済んだら神界に戻るんだよな。そりゃそうだよな……。


 ちょっとしんみりしかけたところで、また「カラン」と鈴が鳴る。ひよりが、キッとお社を見る。

「うー。通信は一度で終わらせてくれればいいのにー」

 と言いながら、百円を俺に渡す。俺の気持ち、わかってくれたか。

 今度の通信もひよりあて。

『本題はこっちだったわ。もうすぐ、こんちゃんをそちらにやるから、導きの準備をよろしくね』

 それを読んで、ひよりの顔がパッと輝く。

「あ。こんちゃん来るんだー。やったー」

「こんちゃんって言うと、前に何回か話に出てきた……?」

「そうですー。わたしの同期で仲良しの、こんちゃんです」

「スタイルがいいので、あんまりひよりが並んで立ちたくないっていう?」

「う……。べ、別にそんなスタイルがいいっていうほどじゃないですよ。フツーです。フツー」

「そうか。前もそんなこと言ってたけど、こんちゃんとやら、ちょっと会ってみたかったんだよな。いつ来るんだろうな」

「……知りませんよっ。もうすぐなんでしょっ」

 なんだかちょっとひよりの機嫌が悪いようだが。神様にアルバイト代取られちゃうからかな。神様に会うことがあったら交渉してやってもいいけど、こちらは会えそうにないよな……。


 そのあと、ひよりがまたバナナオムレットを食べると言うので商店街の和洋菓子店で買い、また日和山まで戻って食べる。初めて自分の金で買って食べるので、ここで食べたかったらしい。そんなもんだろうか。

 ひよりは五合目カフェでまかない的にシフォンケーキも食べさせてもらったようだけれども、それは別腹ということらしい。入れればどれだけでも入るんだろうか。

「ああ。自分のお金で食べるバナナオムレットはやはり違いますね。労働の味ですね。メグルさんにもおごってあげたのに、いらなかったんですか?」

 少し機嫌が悪かったみたいなのはすっかり忘れたように、バナナオムレットを頬張っている。

「んー。チーズケーキも食べたしなぁ。この時間に食うと夕飯食えなくなるしな。俺は主食が別だから」

「ふぉーでふか。わふぁふぃはふいーふがふふぉくふぁんで」

「何言ってるか聞こえないけど言ってることはわかる。ひよりはスイーツが主食なんだな」

 ひよりはこくこくとうなずいて、唇についたクリームをなめた。


「よし。食べ終わったら、探索に出るか。今日はいつもよりちょっと早めだけど」

「はい。今日はまず、こんちゃんのところへ行ってみたいんですけど」

「ああ。そういえばひより、こないだもこんちゃんの神社へ行くとか言って迷子になってたよな」

「ビク。そ、そんなこともありましたかね……。ここからも遠くないはずなんですけど……」

「うん。それでも迷ったんだよな」

「ううう。そんないじめなくても……」

 なんか右の拳を握りそうになっているので、それ以上はやめておく。

「こんちゃんの神社って言ってたな。やっぱり神社なの?」

「そうですよ。わたしたち神界の巫女ですから。それぞれ担当神社があります」

「媒介石もあると?」

「はい。こんちゃんの場合は……。それは見てのお楽しみにしておきましょうか」

 俺たちは、目的の神社へ向かう。確かに、それほど遠くはない。四百メートルもあるだろうか。日和山からほぼ一本道だ。しかし、この道でひよりは迷ったんだろうか。どうやると迷えるんだ。


 五分もあれば着くかもしれないその神社まで、話しながら歩く。

「それで、神様の指令だと『導きの準備よろしく』とか書いてあったんだろ?」

「はい。前にもちょっと話しましたけど、それがわたしが最初に地上に来た理由のひとつでもあるんです」

「一番ヒマだったから来たんじゃないのか」

「違いますよっ。わたしの能力は水先案内。導きの力を持ってるから、わたしがいることによってこちらへ来やすくなるんですっ」

「ふーむ……」

 ほぅ。なんでこの方向音痴が真っ先に地上へ来たのかと思ってたけれども、そんな役割があるのか。しかし、この方向音痴に導かれて大丈夫なのか?

「……いま、『なんでこの方向音痴が真っ先に地上へ来たのかと思ってたけれども、そんな役割があるのか。しかし、この方向音痴に導かれて大丈夫なのか?』とか思いましたね?」

「おお。さすが。一言一句違わない! まさか、ひよりも神様と同じで他人の思考読めるの?」

「読めませんけど、メグルさんの考えそうなことはだいたいわかってきましたよっ」


「だってさあ、それは俺じゃなくても誰でも思うんじゃないか? ひよりのこと知ってれば」

「うう。でもたぶん、わたしたちは持ってる能力の分、該当ステータスが下がるんですよ」

「該当ステータス?」

「それは今わたしが考えた名前ですけど、わたしなら特殊能力として水先案内能力があるから、基礎能力としての方向把握能力が低くなるとか……」

「うーん。それ結局、使えない特殊能力にしかならないんじゃないか?」

「そんなことないですよっ。大丈夫ですっ」

「それじゃあ例えば、こんちゃんはどんな能力なんだっけ?」

「ひとつは、炎を扱います。狐火の関係ということなんですけど」

「ふむ。それで、こんちゃんには、ひよりの方向音痴みたいな弱点はあるの?」

「……猫舌です」

「ぶっ。まぁ、弱点といや弱点かもしれないけど、かわいいもんじゃないか。ひよりの方向音痴とは重要度が違うだろ。ぶははは」

「そんな……ばかにしなくても……」

「いや、ばかにしてるわけじゃないけどさ。……ひとつは、って言ってたな。他にも能力があるのか?」

「わたしはひとつですけど、こんちゃんは……。あ。ここですか?」

「お。そうだな。もう着いた。すぐ近くだなぁ」

 正面に学校のような建物が見える、右に折れる道の突き当り。左側に鳥居があり、神社があった。石柱に「開運稲荷神社」と書かれている。

「なんだか、すごい名前だなぁ」

 と、思わずつぶやいた。

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