その15:謎のカンチョウ現る

 それから少しの間、ひよりと今までの出来事を整理したり鬼の話やら今後の計画について簡易ミーティングをしていたが、お客が来たらしく呼ばれたひよりは階下に下りていく。俺はあらためて正面の巨大窓とその向こうの日和山山頂を見る。今は誰もいない山頂を、三毛猫がゆるゆると歩いていく。ぼっと眺めていても、飽きない景色だ。


 そんな景色を眺めていると、またひよりがトトトと階段を上ってくる。手には、何かが載ったトレイを持って。ちょっと興奮した面持ちに見える。

「メグルさんメグルさん。わたしの保護者ということで、店長がサービスしてくれました。これ見てください。これっ」

 俺の前にトレイを置く。

「えー。店長が。保護者とか適当に言ってるだけなのに、悪いなぁ。……何これ。あっ、これは」

 トレイの上には、白い物体が載っている。それはどうやら、モナカアイスのようだった。そしてその形が。

「ねっ。すごいでしょ、メグルさん。方角石ですよ。方角石っ」

 確かに、モナカの皮には山頂にある方角石と同じような方位と十二支の文字が書かれている。その皮ふたつにはさまれて、白いシャーベット状のアイスが入っている。

「へー。面白いなぁ。そこの方角石モチーフのアイスかぁ。こんなの他にないだろうから、型とかわざわざ作ったんだろうなぁ。すごいなぁ」

「ですよねぇ。もう方角石と言えばわたしそのものみたいなものだから、恥ずかしいといえば恥ずかしいけど、なんかうれしいですっ」

「ははは。そうか。それじゃ、どれどれ、ひよりを食っちゃおうかな」

「きゃー。わたし、メグルさんに食べられちゃうー」

「ククク。バイトとお客さんが、店内でうれし恥ずかし食い食われとかやってちゃいけないなぁ」

「うわぁ!」「ひゃあ!」

 いきなり、後ろから耳元で話しかけられた。い、いつの間に後ろに……!


「か、艦長!」

 ひよりが、おののきながら振り向いて言う。

 カンチョウ……? ああ。さっき下で店長が言ってたな。この人が……?

 カンチョウと呼ばれた人は、俺たちの後頭部に口を寄せた状態から立ち上がる。デカい。こんな人がいるのに気づかなかったのか?

「ククク。うちはそういうお店じゃないからねぇ。謹んでもらわないと」

「い、いや、別に俺たちはそんなヘンなことをしてたわけじゃないんですっ。ただちょっと、方角石に興奮したというか……」

「ククク。方角石に興奮とは、なんという性癖」

「えっ。方角石、つまりはわたしに興奮をっ? そんな、メグルさん……」

「ひよりはいらんこと言うな。顔を赤くして頬をおさえてうつむくな。カンチョウさん、誤解しないでくださいよっ。しかし、いつからここに……」

「ククク。ずっとそこにいたよ」

 カンチョウが指差す先には扉があった。小さなスタッフルーム的なものがこの二階にあって、そこでいろんな作業をしていたりするらしい。なんだ。ずっとその部屋にいて、さっきこっそり出てきたのか。…………ん? ずっとそこに?


「カンチョウ……さん。そこって、話はよく聞こえるんですか?」

「ククク。ある程度はね。うれし恥ずかしとか、食っちゃうぞとか、きゃー食べてーとか、そんな声が聞こえたのでこっそり出てきたんだけどね」

 なぜこっそりと。セリフ微妙に違うし。でもまぁ、俺とひよりの本当の関係については聞こえてなかったのかな。

「そうですか。まぁ、俺とひよりはそういう、なんというかイチャつくみたいな関係ではないので……」

「ククク。なるほど。ひよりちゃんとキミは、鬼を退治しに来た神の使いの巫女と、間違えて重要アイテムである封邪の護符を取り込んでしまい鬼退治を手伝わざるを得なくなったフリーターという関係である、ということだね」

 全部聞いて理解してるじゃないかっ!


 俺はひよりの方を見る。ひよりの袖を引っ張ってカンチョウから離れ、耳打ちのひそひそ話を。

「ひより。カンチョウさん、俺たちの話聞いて全部わかってるみたいなんだけど。アタマおかしいとか思われないかな。結界の力で、忘れさせることって出来るの?」

「しっかり聞かれて理解までされてると、忘れさせるのは無理ですね。鈍器でアタマ殴るくらいしか」

「それ、結界関係ないだろ。怖いこと言うな。でもまぁ、別に知られたっていいのか……?」

「そうですねぇ。鬼について騒いだり、わたしたちをおかしな子扱いするんでなければ……」

「うーん。ちょっと変わった人っぽいけど、逆にそれゆえ大丈夫かな。信じてくれるかな?」

「ククク。なかなか面白いじゃない。信じるよ。だから鈍器で殴るのは勘弁してほしいなぁ」

「どわっ!」「ひぃっ!」

 またしてもいきなり言われて、俺とひよりはカンチョウの方を見る。ちょっと離れているから、こちらの声は聞こえそうにないが……。

「ククク。艦長こと私はメカ好きでね。いろんなメカ工作をしてるんだよ。あちこちに集音器があったりしてね。おっと、店長には言わないでね。店でそんなことしてるの知ったら怒られるからね」

 イヤホンのようなものを外しながらそう言った。うーん。やっぱりヘンな人だ。でも集音器はいろいろマズいような気がするから、あとで店長に言っとこう。


 しばらくすると、カンチョウは何か用事があるらしく出かけていった。

「うーん。あのカンチョウさん、ヘンな人だったなぁ」

「一応、船の艦長っていう意味のカンチョウらしいですよ。ほら。ここっていろいろ船をモチーフにしてるじゃないですか。ちなみに店長は艦長の奥さんです」

「ああ。そうなんだ。館の長かと思ってたけど。そうか。あちこちに船っぽいアイテムあるな。船の丸窓みたいな窓もあったし」

「屋上のデッキにも船のハンドルみたいなのあったりしますよ。あとで見てみてください」

「舵輪か。ふーん。凝ったデザインなんだなぁ」

「あと、艦長は何かのカリスマだとか言ってましたけど」

「ヘンな人だけど、スゴい人なんだな。何のカリスマだか知らないけど」

「そうですねぇ。でも一応わたしたちのこと理解してくれたみたいで良かったですね」

「んー。何か相談にのってくれることもあったりするかもな」

「秘密メカ作ってくれたりとか」

「巨大ロボとか、な」

「何体か合体するとか変形したりして鬼と戦って」

「それだと、もう俺たちいらないよな」

「そうですよねぇ。ふふふ」

 そこまで話して、俺たちはバッと周囲を見回す。ひょっとして、こんな話も聞かれてたり……してないようだな。

 さすがに巨大ロボが作られたりはしないだろうけれども、やっぱりマイクの話はそれとなく店長に言っておくか。


 その後、少しお客も多くなってきたし一日中お邪魔してるわけにもいかないので、ひよりはバイトを続け俺はひとりで周辺を探索していた。

 鬼がらみの何か……か。鬼太鼓とかあった気がするけど、あれは佐渡だったか? でも新潟県内ならそんなモチーフのものがいろいろあったりするかもしれない。

 あと、鬼瓦とかは普通の家にもあるかもしれないし、お寺の屋根なんかにはちょっと怖いくらいの立派なのがあったりするよな。


 結局、特に何も見つけられないまま日和山に戻る。そろそろカフェの営業も終わるだろう。

 街側の階段を上っていくと、ちょうどひよりが出てきた。封筒を持ってにこにこしている。日給でもらうんだな。今日は何か食わせてもらうか。

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