その14:五合目カフェでバイト
翌日。俺のバイトも休みということで、朝の海岸深呼吸も休みにしてゆっくり起きた。
日和山には昼少し前に行くということで、ひよりと打ち合わせしてある。あいつまた俺のいない間にどこか行こうとして迷子になってないだろうな、とも思うけれども、大丈夫だろうか。少しは懲りればいいんだけどもなぁ。
朝食として、パンをかじる。食生活は豊かとは言えないけれども、今日び若者の一人暮らしなんて、こんなもんだろう。
せっかく新潟にいるんだから、もっと美味しいものを食べたほうがいいんだろうけどもなぁ、でもいいものを食べたあとにヘブンズストライクなんて食らったらもったいないなぁ、なんてことを考えて、苦笑する。
しかしアレを何度も食らってるけど、意外と俺、回復早いな。飯も食えてるしな。ひよりも言ってたけど、やはり俺が邪悪な存在じゃないからダメージも薄いんだろうか。
あるいはこの護符の加護とかあるのかな。俺は着替えの途中で、胸に浮かぶ固着紋を見る。これによって俺にも何か特殊能力でも発現しないもんかね、とか思いながら。
昼近くなってきたので、出かけることにする。今日はバナナオムレットはいいよな。俺のふところがもたんし、ひよりも今度は自分で買うとか言ってたしな。横目で和洋菓子店のウインドウを見ながら、通り過ぎる。
昼少し前に日和山着。この時間に来るのは初めてだな。ひよりはおとなしくしてるだろうか。街側の階段を上る。山頂に着いたが、ひよりの姿は見えない。
「まさか、やっぱりどこか行ったんじゃないだろうな。まだ寝てるのか? 方角石見ただけじゃわかんないんだよなぁ。同化してるときとしてないときで何か目印でもつけるように言うかな」
寝てるのなら起こすか、と思って方角石を叩こうとすると
「あっ。メグルさん、来たー」
後ろから、ひよりの声がする。ん? どこだ? 振り向いて下の階段を見るが、誰もいない。
「こっちですよー。上見てー」
下から上の方に視線をあげると、ひよりがいた。
この日和山は、標高12.3メートルの小さな山だ。お社や方角石のあるのが山頂。街側の階段を下りていくと、七合目の小広場があり、さらに五合目に「日和山五合目カフェ」がある。山頂から街の方を見下ろすと、正面にカフェの建物があることになる。
カフェは二階建てで白い壁面が曲線を描いており、船を思わせるような、素人目にも洒落た作りだ。山頂のお社側から見ると大きな窓がこちらにドーンと開いている。一階から二階までぶち抜くその窓は相当な大きさで、俺はこんな大きな窓は初めて見た。カフェの中からは、俺のいる山頂がよく見えるのだろう。そういう風に作っているんだと思われる。借景カフェというやつか。
そして屋上デッキに出ることも出来るようで、そこはちょうど山頂の高さと同じくらいになっているような気がする。
その屋上デッキで、ひよりがこちらに手を降っていた。
「気づいたー。メグルさーん」
俺は思わず手を振り返したが。
「……バッ、バカ。なんでそんなとこにいるんだよ。そこ、カフェだぞ。金もないくせに。あっ。俺に払わせようって魂胆だな。誰が払うか」
「いいから、メグルさんも入ってきてくださいよーぅ」
ひよりが手招きする。むぅ。確かに、このカフェには来ようと思ってたんだけれども。なんでひよりが先に入ってるんだよ。
「お、おう。今いくよ」
俺は階段を下りる。ひよりも屋上から階下に下りるようだ。
階段を下りると、すぐに日和山五合目カフェに着く。「OPEN」の看板が下がっている。開いているときに来たのは初めてだな。
「こ、こんにちはー……」
と引き戸を開けると、奥の螺旋階段からタタタとひよりが下りてくる。そして
「メグルさん、いらっしゃいませー。ようこそー。店長、お客さんですー。メグルさんですー」
と、奥に向かって声をかける。何? いらっしゃいませ? 店長?
すると、わきにある注文カウンターのような小窓から女性が顔を出して
「あらあらあら。いらっしゃいませー。ちょっとおまちくださいねー」
と言って一旦引っ込み、隣りにある引き戸を開けて比較的長身の女性、おそらく「店長」が出てきた。
「店長。メグルさんです」
「あらー。こんにちはー。おうわさはかねがね。って言っても、昨日聞いただけですけどね。あはは」
「あ。いや、どうも」
俺は何がなんだかわからない。しかしこの状況を見るに、昨日ひよりが言っていたバイトというのは、ここで働くということか? そんなこと……。
「昨日突然ひよりちゃんが来て働きたいっていうから、ちょっとビックリしましたよー。でもかわいいから、いいかなーって。メグルさんって保護者もいるっていうことだし」
「え。いいんですか。こんな中学生みたいなの働かせて。へ? 保護者? 俺がっ?」
ひよりの方を見ると、右手に拳を作りながらも、歪んだ笑みをこちらに向けて何度もうなずいている。中学生みたいと言ったことは許してやるから、話を合わせろ……という感じで。
「ひよりちゃんの出来るときに、お客さんへ注文の品を出すくらいのことをやってもらおうかって思うんですよ。お給金はそんなに出せないですけど、ひよりちゃんがマスコットみたいになってくれればな……って。神社を見ながら、かわいい巫女さんがコーヒー持ってきてくれるって、いいじゃないですか?」
地顔が笑顔みたいな店長に言われると、ダメとも言えない。それに、このカフェはひよりの結界の中でもあるようだし方向音痴も関係ないから、願ったり叶ったりなのか。
「わかりました。よろしくお願いします。何かヘンなことしたら両方からほっぺた引っ張ってやってください」
俺は承諾する。いや俺、保護者でもなんでもないんだが。店長は変わらぬ笑顔で
「こちらこそ。よろしくお願いしますねー。あとで艦長が来たらまた紹介しますね。あはは」
ん? カンチョウ? ああ、何か資料みたいなのがウインドウに並んでるから、資料館みたいなこともやってるのか? それで館長もいるっていうことかな。
「それじゃ、メグルさん。ご注文をこちらで伺います。できたらひよりちゃんに持っていってもらいますから、こちらでも二階でも、お好きな席へどうぞ」
「あ、そうですか。……んー。……それじゃ、日和山ブレンドとチーズケーキを。二階へ行ってみます」
「はい。ありがとうございまーす。ひよりちゃん、できたらお二階へね。今お客さん他にいないから、メグルさんと話しててもいいわよ」
「はーい」
俺は靴を脱いで螺旋階段を使い二階へ上がる。二階の本棚にはいろんな本が収納されている。郷土関係が多いな。やはり資料館とかなのか。他にも地形とか歴史とか、メカとか。……メカ?
そして窓を見る。先ほど外からも見た、大きな窓。これ、開くんだろうか。やはり日和山山頂がよく見える。素晴らしい景色だ。しかし、ひよりが方角石と同化したりするところも、たぶんここからだと丸見えだな。まぁ、その辺はひよりの結界とやらでごまかすんだろうけれども。
外を眺めながら少し待っていると、トントントンっとひよりが上ってきた。コーヒーの紙カップとチーズケーキを置いたトレイを持って。
「お待たせしましたー。日和山ブレンドとチーズケーキですっ」
「ああ。ありがと」
「どうぞー。召し上がれー」
「……そうか。ここでバイトするつもりだったのか。まぁ、方向音痴も関係ないからよしとするか。トロくさくても大丈夫そうだし」
「トロくさくはないですっ。……えへへ。お金もそんなにいるわけじゃないし、名案でしょ」
「結局、このカフェも結界の中なんだな」
「そうだったみたいです。うふふ」
「……それで、いろいろごまかして身元も不確かなのに働かせてもらえるわけだな」
ひよりは横を向いて唇をつきだし、息をふーふーする。
「今日も口笛吹けてないぞ」
まぁ、俺のいないことが多い日中、ここにいるんなら迷子にもならないだろう。そこはよしとするか。それにしても。
「コーヒーもチーズケーキもうまいな。これ」
「んふふ。でしょ」
俺のチーズケーキをひとすくいして口に運びながら、ひよりが笑った。
「おい。他の客にそれはするなよ」
「しませんよー」
もう一口すくい取りながら言う。
うむ。店長に、ほっぺたの引っ張り方を伝授しておくか。
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