その13:銭湯でほこほこ
夕方。バイトを終えた俺は一旦家に戻った上でまた日和山へ向かう。途中、商店街の和洋菓子店でちらりとウインドウを見て。ちょっと逡巡した上でバナナオムレットをふたつ買う。
ちっ。あったか。バナナオムレットは看板商品で売り切れていることも多いのだけど、昨日も今日も買えてしまった。売り切れていればいらん出費しなくていいのに。いやまぁ、あっても買わなければそれでいいんだけれども。でもあいつ、うまそうに食うんだよなぁ。
商店街を抜け、鶏肉屋で鼻腔を刺激され、コンビニの前を通り、海へ向かう坂道を少し上って、日和山に着く。「街側の階段」を上り「五合目」にあるカフェをちらりと見る。まだ人はいるようだが「CLOSE」の札がかかっていて、営業は終了している。明日は休みだから、ここにも入れるかな。と思いつつ、お社や方角石のある山頂へ。ひより、今度はいるんだろうな。
山頂に着くと、ひよりは方角石にちょこんと座っていた。
「あ。いた」
「いますよー。メグルさーん。いらっしゃいませー」
にこりと笑って、ひよりが言う。
「うーん。ひよりがいるべきところにいるのは初めてじゃないか。えらいっ」
「ひどいなぁ。今日は言いつけ通りにずっとこの日和山にいましたよ。うふふ」
「よし。いい子にしてたようだから、バナナオムレットをあげよう」
「わーい。いただきます。二個? 二個ですか?」
「ああ。二個食べていいよ」
「んふふ。でも今日は。一個にしておきます。ひとつずつ食べましょう」
「食欲巫女にしては珍しいな。大丈夫か? あとからやっぱりもう一個とか言ってもやらんぞ」
「大丈夫ですよー。それに、今度はわたしがおごってあげますから」
「なんだ。ついにお賽銭に手をつける決心を……」
「しませんよっ。ちゃんとお金をかせごうと思ってるんですっ」
「ほー。何かバイトのあてでもあるのか?」
「うふ。今は秘密です」
「まぁ、やってみてやっぱりダメだった、てのは恥ずかしいだろうからな。聞かないでおいてやるよ」
「ダメなの前提ですかっ」
「だって……なぁ。いかにもトロそうだしなぁ。それに、方向音痴がバイト先まで行けるのかよ」
「それは大丈夫ですよ。うふふ」
ふむ。内職でもするつもりなのか? ここでできる内職なら、それもまぁいいだろうな。
「そう言うんなら、やってみればいいさ。自立は大事だ。今日も日中、ヒマだっただろ?」
「そうですねぇ。ヒマでもありましたけど、充実もしてました」
「へー。それならけっこうだけど、何してたんだ?」
「うふふ。それも秘密です。メグルさん、明日お休みですよね。明日にでも教えてあげます」
「何だ。もったいぶって。じゃ、明日教えてもらおうか」
「乞うご期待」
俺とひよりは、バナナオムレットをひとつずつ食べる。ほぅ。俺は昨日食べてなかったけれども、おいしいじゃないか。なるほど、ひよりが食べたがるわけだ。
ひよりも、隣でうまそうにはむはむと食べている。ちらりとこちらを見て、やっぱり二個食べればよかった、みたいな顔をしていたが、もう遅い。次から自分で買って食べろよな。
バナナオムレットを食べ終わった俺たちは、夜の探索に出ることにする。ただ、手がかりがあるわけではないので散歩しつつ気になるものがあれば、という感じになるのだけど。
「うーん。今日はどの辺りを歩いてみるかな。あ、そうだ。風呂にも入りたいって言ってたよな。銭湯行ってみようか」
「あ。わたしまだお金が……」
「今日はいいよ。俺が出してやるから。タオルなんかも銭湯で買えるだろうし」
「そうですか……? それでは……お言葉に甘えて」
「ちょっと歩かないといけないけどな。でもここからなら十五分も歩けば着きそうかな……?」
銭湯の位置をスマホで確認して出発する。この辺に銭湯はその一軒しかないようだ。昔はもっとあったんだろうけどなぁ。まぁ、俺にしても自分ひとりなら自分の部屋の風呂を使うから、銭湯なんか来ないしなぁ。
新潟の街は中心部は基本的に碁盤の目状になっているのだけど、道路が微妙に曲がっていたりするので、いつの間にか意図する方向と違う方に進んでいる場合がある。それは特にこの「しもまち」と呼ばれる一帯では顕著だ。初めてこの「しもまち」を歩く人は方角がわからなくなって迷ってしまうことが多いという。
目的地の位置をうろ覚えで歩いていると、全然違う場所に出てしまったりする。ひどいときにはまた出発地に戻ってしまったりもするらしい。それはさすがに大げさな話かもしれないけれども。
だから、ひよりはこの街で絶対に野放しにしてはいけない。いや、ひよりの場合は一本道でも迷ってしまうから、むしろ関係ないのかもしれないが。
そんなわけで、俺は初めて行く銭湯にスマホのルートナビを見ながら向かっている。セーラー服モードになっているひよりの袖をつかんで。ちょっと目を離すといなくなってしまったりするからな。こいつは。
商店街の途中で細い小路に入り、昨日も通ったあけぼの公園わきを過ぎる。この公園、なんだか気になるんだよな。なんだろう。
黒い塀の続くお屋敷、北前船の時代館とか言ったか、の前を過ぎてまた小路に入り、少し大きな道路を横切ってドラッグストアのわきを通って。あとはまっすぐ行けばいいはずだが。まっすぐと言っても、やはり微妙に曲がっていく。これで惑わされるんだよなぁ。スマホで地図を見ながらなら問題ないけど、こんなの無かった時代は迷っただろうなぁ。しかし、スマホなんか見て歩いてると方向音痴にもなりそうだよな。ひよりの方向音痴はそれとは関係ないだろうけど。
などと考えているうちに、銭湯の看板が見えた。
「お。無事着いたぞ。風呂、久しぶりだろ。うっ。くっさ」
「臭くないですよっ! 媒介石と同化すれば、いろいろリセットされるんですから!」
「食事もそうだけど、風呂も意味ないわけだよなぁ。自己満足というか」
「食事もお風呂も、確かにわたしたちにとっては気分の問題ですけど、その気分の問題が大きいんですよっ。それが大きな力につながるんですっ」
「ふーん。そんなもんですか」
「そんなもんですっ」
「それじゃ、風呂でさっぱりして大きな力を取り込みましょうかね」
「そうしましょう」
俺から金を受け取り、ひよりは楽しそうに銭湯入り口に向かう。俺もたまに銭湯入るか。そこで思い出した。
「あ。固着紋」
そうだ。封邪の護符を取り込んだときに、俺の胸にはその証である固着紋というのが浮かび上がっていた。ぱっと見、タトゥーに見えるんだよなぁ。
入るのやめとこうかとも思ったが、せっかくなので番台で聞いてみたら許可された。よかった。
久しぶりの銭湯を満喫してほっこりしていると、ほどなくひよりもほこほこしながら出てきた。
「あー。気持ちよかったー。お風呂は大きいのが一番ですよねー」
「それはよかった」
「腰に手を当ててフルーツ牛乳を飲むのがいいんですよねぇ」
「そんなことも知ってるのか」
「神界湯でもみんなやってますよ」
……神界に銭湯あるんだなぁ。フルーツ牛乳も。
「こちらの銭湯も気持ちよくて楽しかったんですけど、ひとつだけ……」
「ん。何かあった?」
「一緒に入ってたオバ……妙齢の女性が、服を着る私を見て言ったんですよ」
「ほう?」
「あらー。セーラー服着て、あんた中学生だったんだー? 大人びた小学生だと思てたろもさー……って」
「まぁ……。それはオバちゃんを責めることもできないよなぁ」
「さすがに妙齢の女性にヘブンズストライクを放つわけにもいかないので我慢したんですけど」
「それはダメだろうな」
俺は嫌な予感がした。
「なので、メグルさんに放ってもいいですかぁーっ!」
ほら来た。俺を殴るの癖になってないか。俺は紙一重で見切って逃げ出した。日和山まで逃げて追いかけさせれば、ひよりも道に迷うことはないだろう。でもせっかく風呂に入ったのに汗かきそうだな。
しかし、全然探索になってないな。いいのかな、これで。まぁ、明日はバイトも休みだ。ちょっとゆっくり寝て昼から探索するとしようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます