その12:鬼とデカベン

 夜が明けて。俺は今日も海岸まで走り、深呼吸をする。昨日まではただそれだけのルーティーンだったのだけど。今日からはそれまでと違う日々が待っているような気がする。

 見た目小学生のようだが(これは禁句)自称十六歳の巫女さんと出会って。協力して鬼を封印することになりそうで。


 海岸の展望台まで向かう途中、前日までただ通り過ぎていた日和山住吉神社への階段を上る。早朝でもあり、誰もいない。ひっそりとしている。周囲の街もまだ眠っている。

 カフェのある五合目、小さな広場のある七合目をすぎて階段を上りきったすぐ左手には、直径六十センチ高さ三十センチほどの円柱である方角石がある。これと同化して、神の使いの巫女、ひよりが眠っているはずだ。

「おーい。ひよりー。来たぞー」

 小さな声で呼びかける。反応はない。まだ寝てるのか。

「ひよりー。起きろー。展望台まで行こうぜー」

 方角石をペシペシ叩きながら言う。反応はない。おや、どうすれば起きるんだろう。と思ったところでふと遠くに見える展望台が視界に入ると、小さな人影が見えた気がした。まさか。でもあれはやっぱりそうだな。

「あんにゃろう。またか」

 俺は独り言ちて、坂の上の日和山展望台へ走り出した。まぁ、ハナからあそこへ行くつもりだったんだが。


「えーん。メグルさーん」

 坂を半分ほど上ると、ひよりの声が聞こえてきた。やっぱりか。どうしてあいつは。方向音痴にも程があるだろう。徘徊老人でもまだマシだと思うが。あれで水先案内、言わば導きの能力持ちだっていうんだから、導かれる方もたまったもんじゃない気がする。

 俺は坂を上りきり、展望台周囲の螺旋階段も上って、ひよりと対面する。

「あ……。メグルさん」

「おい。なんでここにいるんだよ。ひとりで出歩くなって言ったろ」

「ごめんなさい……。早く起きちゃって。あの……。こんちゃんの神社も近くだったはずだな……と思って。見てこようかな……なんて」

「そこには行けたのかよ」

「……ぜんぜんわからなくて。気がついたらここにいて……」

 うーん。この方向音痴の極みがどうしてひとりで出かけようとしてしまうのか謎だが……。そしてこの展望台にたどり着いてしまうというのもどういうことか。さらに、ここへ来たのなら日和山住吉神社へは坂を降りるだけの一本道なのに、なぜ帰ってこれないのか。

「よしわかった。いやよくはわかってないけど、とにかくお前は俺といるとき以外あの日和山から出るな。いいな」

「はい……」

 ちょっとかわいそうだが、他の人に迷惑かけるわけにもいかないからなぁ。GPSでも持たせるか。ケータイとかでも……。何かいい方法見つけるまでは外出禁止はしょうがないだろう。


「それはそれとして。朝のミーティングだな」

「はい」

「昨日一日いろいろあったけど、とにかくこの街に近々鬼が出現するのは間違いなくて、それを封印するには俺が取り込んでしまった封邪の護符とやらが必要で、つまりはひよりと俺がペアになって戦わないといけないってことなんだよな」

「はい。本来はわたしが取り込んでひとりで戦うはずだったんですけど……。すみません」

「ああ、その辺は昨日納得したからもういいよ。以後気にしないようにしてくれ。そうなってしまったからには、なるべく有利に戦えるようにってことを考えていこう」

「……。なんだか、頼もしいです」

「褒めてもバナナオムレットは買わないぞ」

「そんなこと考えてませんよっ。……でも思い出したら食べたくなってきたなぁ」

「バイトしろよ。まぁそれはともかく、鬼の媒介石を見つけられたらこっちが有利に展開できるよな」

「バイト……。ええ、それはともかく、そうですね。媒介石のある場所に出現する可能性は高いですから」

「そういや、ひよりは媒介石があるわけでもないここに出てきたわけだよな」

「そうなんですよねぇ。普通はそんなことにはならないのに

「方向音痴ここに極まれり。ってやつだな」

「うう。方向音痴だから……なのかなぁ。関係あるのかなぁ……」

 まぁ、神様の意図もあったらしいが。ひよりに言ってもいいのかどうかわからないから言わないでおく。


「その媒介石も、何か関連のある形であることが多いってことだよな」

「はい。わたしの場合は、方角石。水先案内の力を持ちますから。……平らだからじゃないですよ?」

「そんなこと言ってないのに。思ってはいたけど。あ、拳は握らないで」

「こほん。だから、鬼の媒介石も鬼の形とか能力とかに関係があるんじゃないかと思います」

「うん。俺もそう思って、昨日の夜に一応検索してみたんだよな」

「検索ですか。ぐるぐるってやつですね」

「ちょっと違うけど、そんな言葉知ってるんだなぁ。さすが街頭テレビもある神界。それで『新潟 鬼 像』とかって検索してみたんだけど」

「何か情報ありました?」

「うん……。あんまりズバリと名前が出せないような気がするんだけど」

「どういうことですか?」

「なんというか……。有名な野球マンガの銅像が立っているアーケードがあってね」

「なぜ奥歯に物が挟まったような言い方を」

「いや、ヘタに名前を出すのははばかられるような気も。いろいろうるさいらしいし」

「ここにはわたしたちしかいないのに」

「うーん。まぁ、そうなんだけどね」

「変なの」

「とにかく、有名な野球漫画のね」

「知ってますよ。デカベンとかですね」

「言うなーっ! いや、ちょっと違うな。ナイス、街頭テレビもある神界の知識。とにかくその、野球漫画ストリートみたいなのが新潟にあるわけだよ」

「なるほど。そのストリートにある、デカベンのキャラクターの像が検索で出てくるんですね」

「そう。そればっかり出てくるんだよな」

「庭鬼でしたっけ。葉っぱくわえてる大きい人」

「うわぁ。……大丈夫か。うん、まぁ、そういう人。一応、鬼っていう字も入ってるからさ」

「他には見つからなかったんですね」

「うん。探し方もあるのかもしれないけど、ほぼそればっかりで」

「そうですか。さすがにそれは媒介石じゃないでしょうねぇ」

「アレから鬼が出現したら、それはそれで怖いな」

「バット持ってますしね。金棒になりそう」

「それも怖いけど、あのキャラがそのまま出てきたらとか、他にもいろいろと」

「いろいろなんですね」


 そんな話ばっかりで朝のミーティングは終わってしまった。

「あ。もうこんな時間か。俺は仕事だ。日和山に戻ろう」

「はーい」

 俺たちは展望台を下りて、日和山住吉神社に戻る。坂を下りるだけ。ひよりはなぜこれで迷うのか。

 日和山住吉神社で俺はひよりに釘を刺す。

「また夕方に来るけど、それまでここからは出るなよ。ヒマかもしれないけど、なんなら方角石で寝てろよな。いい子にしてたらバナナオムレット買ってやるから」

「はーい……」

 大丈夫だろうか。夕方に来たらまたとんでもないところにいたりしないだろうか。展望台にいるんであればまだわかりやすけれども。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで、街側の階段を下りていった。なんでこんな心配をしてなければいかんのか。

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