その11:ヨコシマ大王と一日の終り

 夜のお試し散歩を終え、俺達は日和山に戻った。帰り道、ひよりを先に歩かせてみると案の定とんでもない方向へ行こうとしていたが。うーん。やっぱりこいつひとりで歩かせるのは不安だな。探索するときは俺もついていないとダメか。


 周囲はもうすっかり暗くなっていたが、日和山山頂はライトアップや周辺の明かりもあって真っ暗ではない。互いの顔はわかるくらいの明るさはある。

「よし。とりあえず一日終了だな。しかし住宅地とはいえ、夜の神社の境内というのは淋しいしやっぱりちょっと怖いな」

「そうですか? ここは割と明るいなー、と思いますけど。ホントに真っ暗なところも多いですからねぇ」

「そうか。そのへんは感性の違いなのか。それじゃ俺は家に戻るけど、ひよりはここでまた方角石になって寝るんだな」

「方角石になるわけじゃないんですけどね……。ここはわたしにとって特別な場所で、結界にも守られてるので心配はいりませんよ。ここで鬼と戦えるなら、秒殺できるんですけどねー」

「ふーん。ここでのひよりは神様にも等しいってやつか。それにしちゃ、貧弱な人間の俺といい勝負だったんじゃないのか」

「わたしの力は聖なる力……。邪なものに対して強くなるんです。ヘブンズストライクだって、鬼に対してならもっとダメージ与えられてるはずですよ」

「ほぅ。俺にはヨコシマなところがないからダメージがなかったと。さすが清く聖なる俺!」

「メグルさんも、声が出なかったり吹っ飛ぶくらいのダメージ受けてたと思いますけど……。護符の同化がされてる状態であれだったので、素だと割と邪な方なのかも……」

「う……。俺、割とヨコシマなのか……?」

「あ。じょ、冗談ですよー。バナナオムレットごちそうしてくれたし、いい人ですよ?」

「それはアレか。ヨコシマ判定されたくなかったらまたバナナオムレットよこせということか」

「ビクッ。いえいえ、そんなことは」

「ビクッとしたくせに。まぁ気が向いたら買ってやるけど、ほしいなら自分でなんとかしろよ? 神様はお供え物に慣れてるからなぁ。自立しろ。バイトでもして」

「バイト……」

 ひよりは何か考え込んでいた。まさかバイト探すつもりか? まぁ、身元もハッキリしてない中学生みたいなナリの女の子が雇ってもらえるとも思えないしな。また買ってやるか。バナナオムレット。


「さて。俺はそろそろ帰るか。俺は明日も早朝この辺に来るけど、そのとき呼ぼうか?」

「はい。お願いします。まだいろいろとお話しないといけないこともあると思いますし」

「うん。明日も俺は仕事あるから早朝と夜しか会えないけども、鬼はまだ現れないんだよな?」

「そうですね。まだ余裕はあると思います」

「いつ出てくるかわからないけど、鬼も俺の仕事に合わせてくれるわけじゃないよなぁ。明後日からは二連休なんだけど」

「そればっかりはさすがに……。でもあらかじめ出る場所がわかれば、そこに仮の封印術式を施すことによって出現をコントロールできるかもしれませんね」

「とりあえずの封印をしておいて、こちらの都合のいい時間にあらためて出現させるわけか」

「そううまくいくかどうかわかりませんけど、相手の媒介石を見つけることができれば可能性はあると思います」

「媒介石を先に見つけたら、壊しちゃうってのはダメなの?」

「その辺に転がってる石ならいいかもしれないですけど……。例えば、私が鬼だったとして、わたしの媒介石であるこの方角石……壊せます? 歴史のあるこの石を……」

「……できないな。これが本当に危険なものだって証明できれば別だけど、それを普通の人に信じさせるのは難しいよなぁ」

「ですよね。だからこそ普通の地上の人には知らせず、陰でわたしたちが動くわけなんですけれど」

「……それにしちゃ、俺にはその秘密をベラベラしゃべって、あまつさえ俺を巻き込んだな」

「ビクッ。それは……あの……。わたしもテンパっちゃって……」

 まぁ、俺を巻き込んだのは神様らしいが……。それは清く聖なる俺だからなんだろうか。

「ん。まぁ、その辺はいいや。もう巻き込まれちゃったからな。今さら逃げるわけにもいかない。協力してなんとかするさ」

「すみません……」

 いやあんまりしゅんとされても困るが。


「すぐ帰るつもりが、なんだかだらだらと話しちゃうな。今度こそ帰って飯食って風呂入って寝るか。あ。ひより、風呂とかなんとか言ってたよな。この辺、近くには銭湯もないんだよなぁ。何年か前まであったらしいんだけど」

「あー。お風呂……。これも食事と一緒で、絶対必要というわけでもないですから。方角石に入っちゃえば、気にならないんです。お風呂に入れればそれは気持ちいいですけど」

「んー。そうか? どうしても入りたければ、俺の部屋に風呂はあるからって思ったんだけど」

 なんか、ピシッって音がしたような気がした。

「な、な、な、なんてことを! うら若き乙女を自分の部屋のお風呂に入れようとっ? ヨコシマ大王ですかっ!」

「い、いや、そんなヨコシマなこと、これっぱかりも考えてないからっ。単純に親切心で思ったことだからっ」

「お風呂をすすめておいて脱衣するところをのぞいたり、入浴中の音に聞き耳を立てたり、頃合いを見ていきなり入ってきたり、わたしが入浴後のお湯を……。そんなこと考えてるに決まってますっ!」

「おいっ。俺を何だと思ってるんだよっ。おまえのその妄想力の方がヨコシマだろっ。だいたい、そういうのはもうちょっと発育よくなってから言え……ぐばっ……」

 その言葉が終わる前に、俺の腹にはひよりの拳がめり込んでいた。はい。いただきました。本日三回目の。

「ヘブンズストライクっ」

 あー。これは夕飯食えないわ。一食浮いたなぁ。そう思いつつ俺は後ろに吹っ飛んで、転落防止の鎖に助けられていた。


「すみません。すみません。メグルさんがそんな人ではないというのはわかっているんですけど、その申し出に妄想力が暴走してしまって……。免疫がないというか……」

 ひよりは我に返って謝ってきた。俺も腹をおさえながら余裕を見せてやる。

「いいよ。一食浮いて得したよ。しかし、うら若き乙女がそんな妄想するっていうのはどうなんだ。どこからそんな妄想力が供給されるんだよ」

「あの……。神界の女子会でそういうことばっかりいう人が……」

「そうか。そいつがいらんことを吹き込む犯人か。いつか会うことでもあったら説教してやるよ」

「でも……ヘブンズストライクの直接的な引き金は『もうちょっと発育よくなってから』っていうセリフですからね……」

「すみませんでした」

 俺は本日二回目の土下座をした。


「じゃあ、今日の風呂はいいんだな?」

「はい……。メグルさんのことは信用してますけど、やはり乙女としては……」

「うん。俺も部屋に中学生を入れるところを近所に見られたくないしな」

「中学生……?」

 拳を握りかけたようだが、自重してくれたようだ。

「ま、まぁ、毎日じゃなくていいんなら、風呂はちょっと離れるけど銭湯行こう。今度案内してやるよ。入浴料がいるけどな……」

「やっぱり、お金ですね……」

 ひよりは賽銭箱をちらりと見たようだが、目をつむり首を振った。それはやはりできないらしい。

「今度こそ俺は帰るぞ。それじゃ、またあした早朝な。ひとりで出歩くなよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 ひよりは手を降って、街側の階段を下りる俺を見送った。階段を下りて道路に出てから振り返ると、上でまだ手を降っている。俺も軽く手を降って返す。ひよりはこのあと方角石に座って同化するのだろう。

 ようやく、長い一日が終わった。

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