その10:下本町でレッツらゴー

「じゃあ行きましょうか。うむむ」

 中学生だか高校生だかわからないがセーラー服姿になったひよりが言う。

「うん。行こうか。でもその表情はなんとかならない?」

 なんだか、眉間にシワをよせて寄り目になってるのだけど。

「ちょっと集中が必要なもので。これやるの久しぶりですし。すぐ慣れると思うんですけど。うむむ」

「そ、そう。ならいいんだけど」

 機嫌の悪そうな、この辺じゃ見かけない制服の中学生を連れて歩いてるのもなんだか変な感じになりそうだし、集中力が途切れて衆人環視の中で巫女に戻ったりしないんだろうな。でもまぁ心配ばっかりしてもしょうがないな。足の向くまま散歩してみるか。


「よし。それじゃあ適当に歩いてこようか。疲れたらすぐ戻れるように近場をぷらぷらと」

「オッケーです。ちょっと街の方へ行ってみたいです。うむむ」

「うん。探索はそっちがメインになるだろうしな」

「レッツらゴーです」

「なんだそれ」

「なんか、神様がレッツゴーをそんな言い方するんですけど」

「ふーん。じゃあ、古い言葉なのかもな」

「そうですね。くすす」

 言ってしまったあとにバッとふたり同時に鈴の方を見るが、反応はしていなかった。聞かれてはいなかったようだ。

「神様に変なこと言って聞かれたら、俺も天罰くらったりするのかな」

「うーん。わたしへの罰はメグルさんにやらせるくらいだから、大丈夫じゃないですかね。あ、でも雷落としたりはできるのかな……」

「死ぬわ。不用意発言には気をつけないと」

「うふふふ。そうですね」

 ひよりは普通に笑っている。セーラー服もそのままだ。もう慣れたのかな。

「よし。服にも慣れたようだし、街の方へ行くか」

「はい。行きましょう。レッツらゴー」

 階段を下りようとするひより。

「おい。どこ行くの」

「え。街の方へ」

「そっちは海だ」


 俺とひよりは街の方へ向かう階段を下りる。こちら側の階段がメインの階段で、言わば参道にあたるのだろう。お社もこの階段を上って正対する位置に建っている。階段は、暗くなるとライトアップもされるようだ。周囲はまだ暗くはないが、もう電気が点いている。

 七合目の小さな広場を過ぎ、五合目カフェの前を過ぎる。下山もあっという間だ。さすが12.3メートル。

「なあ。この日和山内では、おまえをいろいろ守ってくれる結界を張れるって言ってたけど、それってどの範囲になるの? この五合目カフェというのも、五合目なんだから日和山の一部みたいだけど」

「この山全体になるはずなので、このお店も入ることになると思うんですけど……。どうなんでしょうね。中に入ってみないとわからないですね……」

 ふむ。まぁ結界に入ろうが入るまいが、他人の土地だから関係ないけれども。でも確かめておいてもいいかもしれないな。やはり近いうちに行ってみないといかんか。


 階段を下りきると、坂道になる。そして、その坂を下ると、信号のある交差点。そのあたりからが、ちょっと開けた街のエリアになる。

 交差点近くにはコンビニもある。俺は夕飯も食べないといけないんだが。腹減ってきたし、何か買っておこうか。でもまぁ、それはあとでいいか。

 しかしコンビニを通り過ぎると、とんでもなくいいにおいがしてくる。焼き鳥など、鶏肉をメインに売っているお店だ。うっ。腹が減ってるときにここ通るとツラいな。

「こんないいにおいさせてると、腹減ってきちゃうよなぁ。まぁ、ひよりはさっきバナナオムレット二個も食べたから感じないかもしれないけど」

 と、ひよりのいたはずの隣を見ると、いない。ぐるりと見回すと、鶏肉屋のディスプレイの前で指をくわえていた。こいつ。食わなくても大丈夫なくせに、身体も小さいくせに、食欲は人並み以上か。

「買わんぞ。俺も腹減ってるけどコンビニの弁当で済まそうかと思ってるくらいなんだから」

「いえ、ちょっと眺めていただけですよ。食べたいとか思ってませんから」

 おい。よだれ。


 そこから信号を渡り、商店街に入る。下本町商店街という、下町(しもまち)の風情を残すと言われる商店街だ。別名「フレッシュ本町」というその名前からして高齢者向け商店街とも言われるが、いろんなお店があって飽きない。

「ほら。このお店で今日バナナオムレット買ったんだ。おいしかっただろ」

 小さな店構えの和洋菓子店の前でひよりに教えてやる。

「バナナオムレット……。おいしかった……。また食べたい……。ここが……」

「そんなおいしかったか。今度は自分で買えばいくらでも食べられるぞ」

「わたし、お金ないんですけど」

「おい。俺に買わせるつもりか。俺も貧乏なんだよ。……神社のお賽銭をつかうわけにはいかないんだろうな」

「それはちょっと……。さすがにあそこから直接抜き取ったりはできませんので……」

「だろうな」

「なので、お賽銭代わりとかお供え物としてメグルさんが毎日持ってきてくれれば」

「ただでさえおまえの仕事手伝う羽目になってるのに、なんでお供え物までせねばならんのだ」

「また食べたいなぁ……。お金か……」

 まぁ、毎日でなければ買ってやってもいいが……。とは思うけれども、そんなこと言うと期待させてしまうからな。ちょっとは我慢したまえ。


 その後、ひと通り商店街近辺を歩いてみる。特に何事が起きるわけでもない。鬼が出るにはまだ時間があるそうだから、起きてもらっても困るが。ひよりも、それほどコスチューム疲れはしていないようだ。

「よし。もう暗くなったし、とりあえず今日の探索はお試し版ということで、帰るとするか。どう? 疲れてないか?」

「大丈夫みたいですねー。このセーラー服って、意外としっくり来るかもです」

「でもずっと制服っていうのも変かもなぁ。普通の女の子の私服みたいなのできるの?」

「イメージが固まってないと、だいぶ疲れちゃうんですよね。だから難しいかなぁ、と」

「そうか。まぁ、無理する必要もないからそのままでいいか。年がら年中ずっと制服ってキャラもアニメなんかだといるしな」

「ちゃんと高校生に見えてますかね」

「え……」

「なんですか。その絶句は」

「まぁ……高校生だと言い張れば大丈夫かな……」

「言い張らなくても、ホントに地上の年齢からすれば高校生なのでっ」

「俺は一応わかってるからいいけど、判定するのは相手する他の人だから、まぁ、がんばってくれ」

「ううう。がんばろう……。何をがんばればいいのかわからないけど……」


 そんなことを話しながら日和山へ戻る道すがら、公園の脇を通る。商店街の通りから一本入った通りだ。

「ここに公園があるんだ。あけぼの公園か。へー。土俵もあるな。珍しい。明るいときに来れば、憩いの場になりそうだなぁ」

「そうですねー。バナナオムレットのお店も近いし、天気のいいときにここで食べるっていうのもいいかもですねー」

「自腹でな」

「ええーっ」

 軽口をたたきながら通り過ぎる俺たちは、この公園の入口に立つ二体の像にまだ気づいていなかった。

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