その9:バナナオムレットとセーラー服
カラン。鈴が鳴る。またか。無視しとこうかなと思っていると、ガラガラガラガラやかましく鈴が鳴りだした。ああ、もう。わかりましたよ。百円出して、くじを引く。俺あてだ。
俺はくじを開いて読んでみる。ふむ。
「ひより。こっち来て」
ひよりは自分を指差し「なに?」という表情でテテテと寄ってくる。そこで、俺はひよりのほっぺたを両手でつまんでギューッと引っ張る。意外と柔らかくてなんか気持ちいいな。
「ほみゃら? ふぁみふるんふぇふふぁ? ふぃひゃああ! ふぁふぁひふぇえ!」
涙目で抗議しているようだが、何を言ってるのかわからない。そのうち、泣きながらも拳を握りだしてアレを放とうとしているようなので手を離す。
「はぁ。はぁ。いきなり何するんですかぁっ。痛いじゃないですかっ」
「だってさ。神様からの指令で。ちょっとひよりの気が緩んでるようだから、こうしてくれって」
「ううう。神様、さっき言いかけたのを根に持ってるんですね……。確かに、わたしが口をすべらせるといつもああやってほっぺをギューッてされてましたけど……」
毎度のことなのか。懲りないヤツなんだなぁ。方向音痴だけじゃなく、学習能力も乏しいのか。むぅ。
「そんなわけなんで、俺を恨まないでくれよ。しょうがなくやったんだからな。神様に逆らうわけにもいかないし。あと、連絡はしばらくしないだろうから財布の心配はするなってさ」
「しょうがなくにしては、なんか楽しそうでしたけど……。そうですか。神様もお忙しいですからね。ここばかり見ているわけにもいかないでしょうしね。ふぅ」
「ひよりもいろいろ大変なんだなぁ」
「ええもう。いろんなこと言いつけられたり、ほっぺ引っ張られたり。いきなり地上の鬼の封印とか言い出すし。でもまぁ、そのおかげでちょっと離れられたので、それはちょっとしめしめと……」
あ、なんかひよりの闇の部分が垣間見えるぞ。そこで不意に鈴がカランと鳴る。ビクッとしたひよりはほっぺたを両手でガードしてうずくまったが、鈴を鳴らしたのは風のようで、連絡があったわけではなかった。
とりあえず、神様は去ったと思われる。去ったと言うのか何と言うのか。今はこの日和山住吉神社を見てはいないらしい。どういうシステムになっているのかいろいろとわからないが。
しかし、とにかく俺は神様に「ひよりをよろしく」と言われてしまったわけで、鬼封印のサポートをしなければいけないようだ。この「方向音痴の水先案内」のサポートを。
なぜ俺がやらないといけないのか。ひよりの口ぶりからすると他にも巫女さんはいるみたいなんだから、そいつらにさせればいいのに。
そもそも、俺という人間だから選ばれたのか? それともたまたまあの時間あの展望台にいれば、誰でもよかったのか? まぁ「選ばれしもの」というのはカッコいいとは思うが、それで働かされるというのはどうなのか。あ、もしかしたら、このミッションをコンプリートすれば何か素晴らしい報酬があったりするんだろうか? それなら、多少の苦労をするのにも吝かではないが。今度聞いてみるかな。
などと考えていると、ひよりの腹がクゥとかわいく鳴った。
「あ。そういや、バナナオムレット買ってきたんだった。忘れてた。食うか?」
ひよりはパッと顔を輝かせてコクコクとうなずく。おい。よだれ。
「おまえら、別に食わなくても死んだりしないんだろ? でも腹は減るの?」
「ほれはへりふぁふふぉ。ふぉれふぉふぁんふぃふぁふぇえふぁふぁんひゃふぉ」
「食いながらしゃべるな。まずは一口分飲み込め」
「ああ。あんまりおいしくて。こんなおいしいものがあったなんて。涙出ます」
「うん。お店の人も喜ぶだろうな。泣くほどおいしいなんて言ってもらえて」
「えへ。お腹は、減りますよ。おいしいものを食べればうれしくて幸せだし。そういう気持ちが持てなければ、お供え物をありがたいとか思えないですしね。カプセルの栄養食だけ食べてれば死なないとしても、おいしいものも食べたいと思うのが人情じゃないですか?」
「変な喩えしてきたな。まぁそれもそうか。霞を食って生きている仙人でもたまには焼き肉食いたくなるかもな」
ひよりは、がふがふとバナナオムレットを食べ終える。まぁ、そういう理屈であれば精神的に満足すればいいわけで、量は必要ないのだろうな。……と思ったが、ひよりはバナナオムレットの箱をじっと見ている。
ひよりと俺の分、ふたつを買ってきたのだけど、俺はまだ食べておらず、中にはまだひとつ入っている。
「……もうひとつ欲しいの?」
「い、いえ。これはメグルさんの分なんでしょう。メグルさんがどうぞ。なんで食べないのかなー。と思って見ていただけですので」
と、箱から目を離さずに言う。おい。よだれ。
「そうか。それじゃ、遠慮なくいただき……」
「あ。あ。あ……」
「嘘だよ。そんなガン見されて食べられるわけないだろ。この時間に食べたら夕飯食えなくなっちゃうしな。やるよ」
「そんな……。いただけませんよぅ……」
目を閉じ顔をそむけながらそう言いつつ、両手を差し出してきた。こいつ……。まぁいい。俺が食いたかったわけでもないしな。ひよりに渡してやる。
ひよりはそれを見て、それはうれしそうに、にこーっとする。おい。よだれ。
「この御恩は決して忘れません」
とバナナオムレットを押しいただいて、幸せそうに食べ始める。
ホントに幸せそうに食うなぁ。こうして見てると、かわいいけどもなぁ。まぁ、小動物的にではあるが。
ひよりがバナナオムレットを食べ終わる頃には、日没の時間を迎えていた。まだそんなに暗くはないが。
しかし、ひよりと会ったのは早朝の日和山展望台で、それからまだ半日しか経ってないんだな。ひよりは夜どうするんだろう。鬼の探索とかするんだろうか。って、いや、こいつひとりでは……。そう思っていると、ひよりが立ち上がって言う。
「さて。おいしかったし、わたしは探索でもしてきます」
えっ。マジか。行くのか。やっぱり。
「あのさ。ひより。ひとりで行くの?」
「行きますよ? いけませんか?」
「うーん。いけないことはないけどもさ。あの、なんていうか……。戻ってこれる?」
「あ。わたしが方向音痴気味だからって、心配してるんですね? たぶん大丈夫ですよ」
いや「気味」とか言って自分のことを理解していない段階でダメだろう。その「たぶん」って2%くらいの確率だと思うぞ。むぅ、しょうがないな。
「あー。これから夜だし、あんまり道にも慣れてないだろうから、今日は俺も付き合ってやるよ。まだ鬼は出そうにないんだろ? とりあえず散歩気分で近所を歩いてみようぜ」
「そうですか。それはわたしとしても助かりますが。それじゃあ、お願いします」
やれやれ。ひとりで歩かせたらどこへ行くかわからないからなぁ。しかも夜となれば。
だいたいが、この小学生と言っても疑われないかもしれないような女の子がひとりで夜に歩いてたら補導されるんじゃないのか?
しかも巫女姿で歩いてたら何事かと思われそうだが。この日和山では結界の効果でいろんなことをごまかせるらしいけれども、ここを出たらそんなに都合良くはいかないんだろう。
「あのさ。その服のことなんだけど……。それは着替えたりとかできるの?」
「うーん。一応これ神界の支給服で、規則で少なくとも地上では着替えられないんですよねー。来たまま一時的に形を変えることはできるんですけど、精神力が必要で。ちょっと疲れちゃうんですよね。あとは、お風呂入ったりするときに脱ぐのはかまわないですけど」
「風呂に入ったりするの?」
「あっ。何を想像してるんですかっ。イヤだなぁっ」
少し照れたようにそう言って、パンッと俺の腕を叩く。いや純粋に疑問に思っただけで、想像とかまったくしてないんだが。というより、この巫女服、そんなハイテクなのか。ハイテクというよりも、一種の魔法少女みたいなもんだということか。神界、なんでもありだな。
「じゃあさ、今日はちょっと試しということで、短時間、別の服にして歩いてみようよ。どのくらい疲れたりするのか」
「そうですねぇ……。そうしますか」
ひよりは「むむむ」と精神集中すると
「ちょっと向こう向いててくださいね」
と前置きして、俺に後ろを向かせた。そして
「チェンジコスチューム! セーラー服!」
と叫ぶと、後ろの方がキラキラ輝いたような気がした。変身過程を見てみたいもんだが、ダメなんだろうな。ここ、山の上だけど周囲からは結界とやらで見えないようになってるのかな。
そしてセーラー服ね。ふむ。そういう選択肢がデフォルトであるのか。他に何があるんだろうな。しかし掛け声は前時代的だな。ヘブンズストライクとか、技名もそうだけど。
「こっち向いていいですよ」
と言うので見てみると、なるほど、よく漫画で見るようなセーラー服を着ている。少なくとも小学生には見えないな。中学生に見える。年齢は高校生なのかもしれないが。
……でも、この辺に制服がセーラー服の中学高校は無いみたいなんだけどな。まぁいいか。
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