その8:百円の神託
そうだ。思えばこの神の使い、ひよりとは日和山展望台で出会ったんだ。そこで奇声をあげていた。それは護符同化の儀式がうまくいかなかったからであり、うまくいかなかった理由は場所が違っていたからだ。日和山住吉神社にいるつもりが、日和山展望台にいたのだ。「日和山へ行こうと念じたらここに着いた」と言っていた。神界から来るときにどういう方法で来るのかは知らないけれども、普通なら神の使いともあろうものが、そんな別の場所に着くなんてことにはならないんじゃないのか。
そしてそのあと、俺は鬼と間違えられてヘブンズストライクを食らうことになる。そのときにひよりは俺の反撃を避けようとして「吉方位確認! 南!」とか言って跳躍していた。あれは水先案内能力のひとつなのだろう。
あのときは気にしていなかったが、ひよりが跳んだ方向。あれ……海が見える方だから、北だったよな……。その結果、展望台から落ちそうになっていたのだ。
それから日和山住吉神社であらためて護符同化の儀式をやったわけだけど、ひよりは失敗して泣いていた。だから俺が気休めのつもりで自分でやってみて、護符同化をしてしまった。あのとき、北を向く必要があったわけだが、そういえば先に失敗したひよりは北ではなく東の方を向いていた気がする。だから失敗したんじゃないのか。成功した俺の向いた方向を見てヘンな顔をしていたし。つまりは……。
「ひよりさん、ちょっと聞いていいですか」
俺は引きつり気味の笑顔で問いかける。
「はい?」
ひよりも笑顔で返す。
「キミさ……。神界で方向音痴って言われることない?」
ひよりは、てへぺろを絵に描いたようなような表情で言う。
「昔はよく言われたんですけど、最近は言われないですよー。『ひよりはひとりで出かけるな』って言って、いつも誰かがついてきてくれますけどー」
やはりか。もうみんな口で言うのはあきらめて、迷子にならないよう世話焼いてるのか……。神界の道路事情がどんなものなのか知らないが、それほどのレベルか……。
まぁ、誰にも苦手なことはある。それが自分の場合は方向音痴だというのはよくあることであり、しょうがないことだろう。しかし……。しかしこの神の使いの場合は「水先案内をするもの」つまりは「より良い方向に導くもの」なわけで、それが方向音痴というのはどうなのか。それはもはや致命傷と言ってもいいものなんではないか。高所恐怖症の鳶職とかカナヅチのライフセーバーとか、そんな感じなんではないのか。
しかし、その「ひとりで出かけるな」とまで言われるこのひよりを、ひとりで地上に送り出す神界の人……神様なんだろうか……は、どういうつもりなのか。もし護符同化が出来ていたとしても、街なかの探索もまともに出来なそうだし、使い物にならなかったんじゃないのか?
はっ。これはまさか……。最初から仕組まれているのか? ひよりがひとりでは使えないのがわかっているので、地上の誰か優しいやつに、つまり俺に、サポートさせようという計画になっていたとか……? だからひよりはまず展望台に転送されて……? いや、まさかそんなことは……。
そんなことを考えていると、他に誰もいないのにお社の鈴が「カラン」と鳴った。
「あ」と言ってひよりはお社に近づくと、中の様子をちょっと見て振り返り
「メグルさん、メグルさん」
と、手招きをする。そして手のひらをこちらに差し出して
「百円だって。おみくじ」
と笑顔で言った。
「いや、別におみくじ引かなくていいんだけど」
「ほら。さっき上の鈴が鳴ったでしょ? あれ、神様からの通信の合図なんですよ」
「え。神様の……? なに、神様とコンタクトできるの?」
「まぁ、一方通行なんですけどねー。こちらに伝えたいことがあると、おみくじを通じて伝えることになってるらしくて」
「ほぅ。そんなシステムが。なんて言ってきたの?」
「だから、百円を……」
「ん? なに、お金出しておみくじ引かないといけないの?」
「そういうシステムらしくて」
「マジか。じゃあ、ひよりが出せばいいじゃん」
「お金ありません」
「ぐ……。俺がいなかったらどうやって通信するつもりだったんだよ。まぁ、いいけど」
俺はひよりに百円を渡す。ひよりはそれでおみくじを引こうとするが。
「と……届きません……」
と、背伸びしてぷるぷるしながら俺に訴える。んー。確かにちょっと背が低い人には届きにくい高さかもしれないな。身長高い人が設計したのか、防犯上の理由か。
「ん。俺が引いてやるよ。俺の金だし。どれ引いても神様からの通信になる仕組み?」
「はい……。どれでも大丈夫です。引いたものがメッセージになるはずです」
「ほぅ。すごいな。神様ってやっぱり」
俺は箱に手を突っ込んで適当なくじを引く。まぁ、本物の神様からのメッセージが百円なら安いものか。と思いながら、引いたくじをひよりに渡す。ひよりは折りたたまれたくじを受け取ると表面を見て
「あれ。『メグルさん江』って書いてありますよ。メグルさんあてだ……。神様、状況知ってるんだ」
と言う。そして開かずに俺に返す。え、マジか。神様が俺に直接……? 神の啓示を受けるもの。なんかカッコいいな。
「ひより……。いいの? 開けちゃっても」
「もちろんいいですよ? メグルさんあてなんだし。そもそもおみくじって神様のお言葉みたいなものですからねー」
まぁ、それもそうか。でも重みが違う気がするけどな。俺はくじを開いてみる。やはり気になるのか、すぐにひよりが聞いてくる。
「な、なんて書いてありました?」
「うーん……。『だいたい合ってる。ひよりをよろしく』だって。なんだ、だいたい合ってるって」
「なんでしょうね」
しばらく考えたが、もしかすると、あれか、さっき考えていた「最初から仕組まれているのか?」ってことに対してか? いや、まさか……。
すると、またお社の鈴が「カラン」と鳴った。
「また来た」と言ってひよりがうながすので、また百円を出しておみくじを引く。そしてまた俺あてだ。開いてみる。
『そのとおり!』とだけ書かれている。ぐっ。俺の思考を直接読んで、その答えをおみくじに書いているっていうのか! さすが神様……とは思うが、やはり俺ははめられていたのか? それに人の頭の中を読むなよ! ジジイ!
また鈴が「カラン」。百円を出す。俺あて。
『ジジイじゃないですよーだ。頭の中を読まないと人のお願い事なんてわからないでしょ。初詣でも願い事を口に出してる人なんてそういないんだから。でもまぁ、ひよりのことをお願いすることだし、これから思考を読むのはお賽銭を出して真剣にお願いしてるときだけにしといてあげる。なにはともあれ、これからよろしくね(はぁと)』
……確かに、ジジイの文面じゃないな。いやでもしかし文面はどうとでもなるし。ひよりに聞いてみる。
「なあ、ひより。神様って、ジジイじゃないの? 俺、そういうイメージなんだけど」
「違いますよ。女性ですし。厳しいけど優しいオバ……いえ、お姉さんです」
カラン。鈴が鳴る。百円出す。今度はひよりあてだ。
くじを開いたひよりが青くなって震えだす。くじを見せてもらう。
『今、オバさんって言おうとした?』
ひよりは慌てて弁解し始める。
……うーん。女性というのは確かみたいだな。それはいいけど、メッセージごとにいちいち百円出させるなよ! 破産するわ!
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