その7:ひよりはどこへ行った
夕方。バイトを終えた俺は、日和山住吉神社からもほど近い本町商店街はずれの小さな菓子店で、バナナオムレットとやらを買って日和山へ急いだ。
神様へのお供え物なら米とか塩とか酒なんかじゃなかったかという気もするけれども、塩なめさせておくわけにもいかんだろうしなぁ。塩なめてシブい顔をするひよりの顔が目に浮かぶようだ。
街から海へ至る坂を少し上ると、日和山五合目cafe及び山頂の日和山住吉神社へと続く階段が現れる。カフェはもう営業を終えているようだが、営業後の始末をしているのか人の気配がまだある。このカフェにもそのうち行ってみたいけどもな。
そんなことを思いながらカフェを左手に見つつ、さらに階段を上る。七合目という小さな広場もある。凝ってるなぁ。さらに上ると、あっという間に登頂終了。12.3メートルの山頂。日和山住吉神社の境内、広場に着く。正面にお社があり、左側にベンチ、右側に方角石がある。
「ひより? いる?」
俺は声をかけてみる。返事はないし、姿も見えない。見えないように姿を隠してるんだろうか。でも一時的な神の眷属となっている俺には、そういう幻惑的なことはできないとか言ってたが。本当なのかどうかわからないけれども。
あるいは、どこかへ出かけたか。鬼の探索もしないといけないだろうから、その線が強いか。さすがにこの時間までずっと寝ちゃいないだろうしな。
でもひょっとして……まだ寝てるのか? 方角石と同化して。俺は足元の方角石を見る。同化してるかどうか、見てわかるんだろうか。ちょっと太くなるとか高くなるとか。……うーん、わからんな。それでも一応。
「おーい。ひよりー。起きてるー?」
と、方角石に顔を寄せて小声で呼びかけてみる。反応なし。
「おいこらー。いるんなら出てこいよー。おいしいもの買ってきてやったぞー」
と、少し大きな声で言うとともに、方角石をペシペシ叩く。反応はない。
「いないのかー? 平らなナリしやがって。朝は何発も腹殴ってくれやがって。こうしてやる。こうしてやる」
と、ガシガシ殴っていたら、後ろでクスクス笑う声がして「こんにちはー」と中学生くらいの女の子に声をかけられた。近所の子か。しまった。いつの間にか階段を上ってきて後ろにいたのか。変なところを見られてしまった。
この日和山山頂はわざわざ来ようと思わなければ来ないところだけれど、低いだけあって、近所の人は気軽にお参りしていくようだ。それだけでなく、カフェのお客や街歩き趣味の人もやってくる、意外な穴場らしい。以前はだいぶ寂れていたらしいけれども、最近では人気スポットになりつつあるのだという。
声をかけてきた女の子はお社にお参りすると、海側へ向かう階段を下りていった。方角石に声をかけながら殴っている俺、何だと思われただろう。うむむ。結局方角石から反応はなかった。やはりいないのか? 出かけてるのか? ならハリガミでもしておけばいいのに。恥かかせやがって。
しかし、出かけてるのならしょうがない。俺はベンチに座って待つことにした。どこへ行ったんだろう。すぐ戻ってくるんだろうな。
そのまましばらく待っていたが、ひよりが戻ってくる気配はない。まさか探索していて鬼と遭遇してしまったとか、ないだろうな。護符もない状態で戦って苦戦して、もしかして負けて……。いやいや、鬼はまだ出てこないだろうって言ってたし、それはないんだろう。でもそれも絶対とは言い切れないか……。
そんなことを考えたら、どんどん不安になってきてしまった。おいおい。どこにいるんだよ。無事なのかよ。早く帰ってこいよ。帰ってきたら、この腹にヘブンズストライクくらい撃たせてやるよ。早く帰ってこないと、バナナオムレット食っちまうぞ。
そんなとりとめもないことを考えていると、なんだか聞き覚えのある声がほんのかすかに聞こえたような気がした。俺はバッとベンチから立ち上がって周囲を見回す。
「ひより?」
返事はない。気のせいか? しかし確かに聞こえたと思う。でも、あの小さな声は、だいぶ遠くからなんでは……。俺は街を見下ろす広場の縁に立ち、耳をすませる。するとまた小さな声で。
「メグルぅ~」
と聞こえた気がした。これはっ? 呼んでる?
俺は声がしたような気がする、そちらを見た。それは海の方。見て初めて気づいたが、この日和山山頂から、あの日和山展望台が見えた。見えるのか。まぁ、それもそうか。展望台からはいろんなところが見えるんだから、いろんなところから展望台も見えるわけだ。なるほど。
などと思ったところで、展望台上に人がいるのが見え、それはなんとなく、巫女姿に見えた。直線距離で三百か四百メートルくらいあるはずでそれなりに距離はあるのだが。それでもわかる。
「あそこかっ」
俺は山頂から海側の階段を駆け下り、砂丘の坂を駆け上がって展望台へ向かった。
展望台へ向かう坂道の途中から、それはもうハッキリと聞こえてくる。
「うえええええええーっ。メグルさーん」
……泣いてるよ。しかし、鬼がいるとかそんな感じではないようだが。なんで泣いてるんだ。俺の名前を呼びながら泣くなよ……。
展望台の下には何人か人がいて、展望台上で泣いているひよりの様子を見ている。早朝と違うからな。人も多いよな……。その人達も、どう扱っていいやらわからないらしい。正解です。そのまま、ほっといてください。
俺は周囲の人たちに「すみませんね」という愛想笑いを見せつつ展望台の螺旋状の階段を上っていく。一番上に着くと、ひよりは俺を見てぶわっと涙を吹き出し、抱きついてきた。そして聞いてきた。
「ここ……どこ?」
何を言ってるんだ。しかしとにかく、ここは離れたい。俺はまた周囲に愛想笑いをしつつ
「よーし。劇の練習はうまくいったかな? もうそろそろ帰ろうな」
と適当なことを言いながら、えぐえぐしているひよりを連れて展望台を下りた。そしてさらに愛想笑いを振りまきながら砂丘を下りる坂道に入ると、俺はひよりを抱えて脱兎のごとく駆け下りていった。
そして、今は日和山山頂にいる。だいぶ日も傾いてきた。ひよりは、自分のホームグラウンドに帰ってきてとりあえず元気になったようだ。しかし俺はおかんむりである。
「な、ん、で。展望台で泣いてるんだよ。いったい何があった。それに、ここどこ? って何だよ。記憶喪失にでもなったのか?」
ひよりは申し訳なさそうに小さくなって言う。
「あの……。夕方に近くなって起きて、もうすぐメグルさんが来るかなって思ってその前にちょっと散歩しておこうかなって……。最近あんまりひとりで出歩くことなかったので……」
「うん」
「そうしたら、どこにいるのかわからなくなっちゃって」
「ん? そんな変なところまで行ったのか?」
「いえ、この辺のはずなんですけど……」
「んー。まぁ、この辺も古い街並で狭い道が入り組んでたりするからなぁ。それで、高いところで確認しようと、展望台へ?」
「いえ、そういうつもりではなくて、とにかくこの日和山に帰ろうと思って歩いてたら、あそこに……」
「あそこって、展望台だろ? 急坂上ってる時点で気づけよ。それに、あそこからここまでなら坂を下りるだけの一本道なんだから、今戻ってきたみたいにすぐ来れただろうに」
「えっ。さっきまでいたのって、朝、メグルさんと会った、あの日和山展望台ですか?」
「ん? わかってなかったの? それで、ここどこ……って?」
「あー。そうだったんですね? なんだか、見たことのある風景かな……とは思ったんですけど」
「いや、展望台ってこの辺にはあれしかないぞ。そのくらい、気づくだろ?」
「うーん。わたし、そういうのってあんまり得意じゃなくて……」
おい。得意だとかそうじゃないとかいう問題じゃないだろ。
もしかして、いや、もしかしなくても、こいつ……。すでに致命傷をっ!
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