その6:水先案内と結界

 俺、八代巡は十九歳のフリーターだ。故郷は、ここ新潟市よりももっと都会。ひと月ばかり前に越してきた。今いる日和山も含まれる、下町(したまちではなく、しもまちと読むらしい。略称、シモ)エリアの安アパートで一人暮らしをしている。

 十九歳なら大学に通っててもいいだろうし、就職していてもいいだろうけれども、フリーターである。となれば、ミュージシャンになるとかの夢を持ってそのような生活をしていると思われそうだが、そうでもない。むしろ、夢が持てなくてこうなっている。

 俺は割となんでもできる。勉強も運動も上の下くらいには出来ていた。容姿も、クラスで五番目くらいと女子に言われたことがある。何ごとも平均以上だが、飛び抜けることは出来ない。それが俺だった。


 そんな、やろうと思えば何でもそこそこ出来るだろうが極めることは出来そうにない俺が、紆余曲折あって十九歳にしてひとりで新潟へやってきたわけだが、その辺の紆余曲折の話は割愛する。いつかするかもしれないけれども。

 何が言いたいのかというと、俺は自分の進むべき道というのが見えないのだ。自分が何をやりたいのか、と言ってもいいかもしれない。


 そういう俺を前にして、ひよりは自分が「水先案内の能力、人を導く能力を持っている」と言う。水先案内という言葉は航海に関するものだろうが、そこから転じて、いろんな状況で行くべき方向を見定める、ひいては活路を開くという意味合いでも使われる。

 俺はぼんやりと「どっちへ行けばいいのか、俺の人生の水先案内とかしてくれないかなぁ。神の眷属ということであれば」などと考えていた。


「あっ。ぼんやりしてますね。なんか地味な能力だなぁ、とか思いました? まぁ確かに、火炎を操るとか自在に風を吹かせるとかビームを出すとかと比べれば地味に感じるかもですけども、そういうのとは一線を画す能力なんですからねっ。バカにしないでくださいねっ」

 ひよりが人差し指を立ててペラペラと話し出す。バカにしてはいないが。でもこれだけ自己弁護するというのは、やっぱり自分でも地味だと思ってるんだろうか。しかし、ビーム出したりする能力もあるのか……?

「こんちゃんはどんな能力なの?」

「こんちゃんは、火炎ですよ。それだけじゃなく……。え。な、なんでこんちゃん知ってるんですかっ?」

「いや、さっき言ってたじゃん」

「い、言ってましたか?」

「うん。ボン・キュッ・ボンだって」

「そ、それほどじゃないですよっ。こんちゃんはごく普通の感じですっ」

「ほぅ。その普通であるこんちゃんと並んで立ちたくないということは、ひよりは相当ひらた……なんでもないです」

 拳を作るのが見えたのでやめておいた。


「まぁ、それはそれとして。その水先案内の能力で鬼を見つけたりできるわけか?」

「そうですね。だからこそわたしが最初に来たわけですけど。でも、ピンポイントで位置がわかるわけでもないですから……。出現しないとわからないですし……。それに……」

 ひよりが、ちらりと俺の胸あたりを見る。

「ああ。俺が取り込んじゃった護符をひよりが取り込んでいれば、もっと能力も強化されたってことか」

 こくりとうなずく。

「そうか……でもまぁ、それはもうしょうがないな。今さらどうにもできないんだろうし。現状でどうにかするしかない。……ん? いま、『わたしが最初に来た』って言った? 他にも来るの?」

「まぁ、一応……。可能性は無きにしもあらずっていうくらいですけど……。わたしたちがさっさと封じてしまえば来る必要もないでしょうし……」

 ふむ……。他の巫女さんにも会えるかもしれないのか。こんちゃんとやらにはちょっと会ってみたいが。

「うん。そうだな。ゆるゆるやっていこう」

「さっさと済ませましょうねっ」

 ちょっとムッとしながら、ひよりが言った。


 さて。なんだか早朝の短い時間にいろいろとあったけれども、もう街も起き出す時間か。まだ話し合わねばならないことはたくさんあるが、俺も一度家に帰ってバイトに行く準備をせねば。

「じゃあ、今後のことはまたあとで相談しようぜ。……っていうか、おまえこれからどうすんの? 探索に出るの? 寝る場所とかは?」

「わたしは……ちょっと一休みします。いろいろ騒いでちょっと疲れちゃったし」

 まぁ、展望台で叫んだり泣いたり飛んだり跳ねたり殴ったりしてたし、ここで泣いたり叫んだり落ち込んだり恥ずかしがったり殴ったり投げとばしたりしてたからなぁ。

「一休みって、ここで? その巫女さんの格好で? ここは静かなところだけど、下にはカフェがあったりして、意外と人が来るぞ?」

「んふふ。わたしを何だと思ってるんですか。わたしはこの日和山住吉神社を司る立場のものですよ? ここにいれば、わたしは神に近しい存在なんです。結界を張っておけば、姿を隠すこともできれば、あたかも昔からそこにいたようにごく自然にわたしの存在を認識させることもできます。寝るときは、媒介石であるその方角石と同化します」

「ごく自然に存在を認識させる……? それって、記憶を改ざんするとかそういう……」

「まぁ、ちょっと違いますけど……ねぇ……?」

 ひよりは横を向いて目をそらし、唇を突き出してふーふーと息を出す。

「口笛、吹けてないぞ」

 神様、怖え。そんなことまで出来るのか。代理の巫女レベルでも。

「そ、それって、すでに俺にも何かしてるのか?」

「さあ、どうでしょう? ……うふふ。してませんよ。というか、できません。メグルさんはもう護符を取り込んで、神の眷属みたいなものですし。それに、普通の人に出来るのも、記憶の改ざんというほどのものではないですから。『体験していることをおかしく感じない』っていうレベルのものです。夢の中では、どんなおかしなことも受け入れちゃいますよね。そういう感じです」

 むぅ。理解しきれてはいないが、それでいい感じもしてきた。出来ないとか言ってたけど、ホントは俺も操られてるんじゃないだろうな。しかしまぁ、深く考えないほうがいいのかもしれない。


「それじゃあ、また夕方に来るよ。疲れてるなら、ゆっくり寝ときな」

「はい。そうしますぅ」

「あ。飯はどうするんだ? 必要ないの?」

「ふわぁ。食べなくても平気といえば平気なんですけど……。食べればおいしいからなぁ……」

「そうか。食わなくてもいいものを食うのは資源の無駄のような気もするけど、食べたいんだな」

「むにゃ。甘いのが好き。スイーツみたいなの」

「じゃあ来るときに何か買ってきてやるよ」

「うん。ありあとー……。ふわぁ……」

 ひよりは、あくびをしながら方角石の上にちょこんと座る。すると、その姿は徐々に薄くなり、見えなくなった。

「むむぅ。方角石と同化した……のか。まだ半信半疑ではあったけど、これはやはり信じるしかないのか。ひよりは神の使いの巫女……。俺は封邪の護符を身体に取り込んでしまっていて。そして、鬼を封印しなければならない……と」

 俺は静かになった日和山山頂を一度振り返り、先ほど上ってきた階段とは逆側、街の方へ行く階段を下りていく。階段途中には「日和山五合目カフェ」という看板のある建物。なるほど。さっきいた広場にも案内板があったけど、やっぱりここが日和山なんだな。

 さっきまでいたのが山頂で、ここが五合目。案内板には、山頂は12.3メートルだと書いてあったな。低い山だなぁ。山なのか? 丘じゃなくて。

 しかし今まで一応目の端に入ってはいたけど、よく見てはいなかった。よく見れば面白いものがあるものだな。鬼も探さないといけないようだし、これから街をいろいろ探索してみるか。

 俺は階段を下り、街に続く坂道を下っていった。

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