その5:方角石と媒介石

 むぅ。十六……だと。この地上でいえば高校一年か二年くらいということか。小学生にしては言動が大人びてるから、ちょっと発育の悪い中学生くらいかな……と思っていたんだが。俺は十九だからまぁ、そんなに離れてるわけでもないのだな。神界とやらでは年齢にどれほどの重みがあるのか知らんけれども。

「ふーん……十六なのか。犬は五歳くらいでもう人間で言えば中年だとか聞いたことあるけど、神界の十六年は地上の十年くらいにあたるとか、そういうのあるの?」

「なっ。わたしたちは犬じゃないですよっ。…………って。えっ? それは、あれですか。わたしの見た目は十歳くらいに見えるとっ。そう言ってるんですかっ?」

「うーん。十歳とは言わないけど……。十一歳と言われても疑いはしない……かな?」

「ううう。そんなに変わらないじゃないですかっ。確かにわたしはちょっと成長が遅かったのかな……というのは自覚してますけど……。同期のこんちゃんとはあんまり並んで立ちたくないですけど……。小学生だなんて……」


 ひよりはうつむき加減で拳を握り、ぷるぷると震わせている。あ。これ、来るやつだな。案の定、ひよりは一拍置いて一歩踏み出し。

「ヘブンズストライ……ぶふっ」

 とアレを放ってきたので、左腕を伸ばし顔面をおさえて途中で止めてやった。ばかめ。来るのがわかっていれば、リーチの差で撃たせやしない。そう何度もやられるか。

 しかしそう思った次の瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。顔面をおさえていた左腕は逆にひよりに取られる形になり、それを軸に身体が回転させられていた。そのまま、背中から地面へ。

 地面で上を向いた俺の顔を見下ろし、笑顔を浮かべてひよりが言う。

「ヘブンズスパイラル。自分の身体が小さいことはわかってるんですから、返し技はいろいろ考えてますよ。うふふ。本当ならここからあらためてヘブンズストライクですけど、今は見逃します」


 こいつ……。小さいのにけっこう強いのか……。まぁ、鬼を封じるために来ているわけだから、意外と武闘派なのかもしれない。というより、そうでなければならないのか……?

 しかし、その一連の技名はあんまり日本の神様っぽくないんだが、誰が名付けてるんだ。どうせなら降魔調伏聖天撃とか清光渦状迎撃波とかもっと中二に寄せたほうがいいような気もするが。

 同期のこんちゃんって誰だ。口ぶりからすると、年相応のスタイルをしているということか。いつか会うことができたら並んで立たせてやろうか。

 とか、空を見ながらいろいろ思ったけれども、ひよりの笑顔の中の目はまだ俺を許していないような気がしたので、起き上がって地面に座り、何も言わずに土下座しておいた。腹を防御する姿勢でもあるし。


 そして話を戻す。

「えーと……。何の話をしてたんだっけ。戦うような流れではなかった気がするけれども」

「媒介石の話をしていて……」

「ああ。平たい方角石……」

 ひよりが無表情で拳を握る。

「いや、平たいって言っても、高さはけっこうあるし。三十センチくらいあるかな。ボーンだよな。ボーン」

「そんなわざとらしいこと言わなくていいですよ。それはそれでなんだかイラッとするし」


 むぅ。どうすればいいんだ。まぁ、とりあえず真面目な話をしよう。

「とにかく問題は、封邪の護符とやらが俺の中に入ってしまったっていうことだよな。これをどうするのか。というより、どうなっちゃうのか」

「それはたぶん……。少なくとも、目的の鬼を封印するまではそのままですね。どうしようもないです。残念ながら……」

「えっ……。鬼を封印するまで護符は出せなくて、鬼を封印するためには護符が必要で……。ってことは、つまり?」

「メグルさんが鬼を封印するしかない……ってことになります……ね」

「ちょ、ちょ、ちょ、何だそれ。俺、部外者だよね。特別な力なんてない、善良な地上民だよね。その俺が。最恐最悪の鬼と戦えと?」

「最恐最悪かどうかはわかりませんけれども、善良な地上民ではないかもしれませんけれども、そうなります。ただ、戦わなくても最後に封印だけしていただければいいので、そこまで持っていくのは……わたしが……なんとか……」

 ひよりは、ちょっと自信なさそうな様子を見せる。そうか。俺が護符を取り込んだとき、なんともいえないパワーのようなものを感じた。それはおそらく封印の力とは別のもの。本来、そのパワーはひよりが取り込むべきもので、それを込みにして戦おうとしていたわけだ。それが俺に渡ってしまって、自分には無いということになると……。


 俺は意を決して言う。

「善良な地上民というのは否定するなよ! いやそうじゃなくて。最後に封印するだけじゃなくて、俺も戦うよ! なにかのパワーを得たかもしれない、俺も一緒に戦えば大丈夫だろ?」

「いえそれは……。善良……な地上民を巻き込むわけには……。これはわたしの仕事ですし……」

「善良を言い淀むな。俺が護符を取り込んじゃったのも何かの縁だ。それに、最後は俺がしめないといけないんだろ? それまで鬼とひよりが戦ってるのをただ見てるなんてこともできないだろうしさ。ふたりの仕事ってことでいこうぜ」

「ホントに……すみません。わたしのせいでこんなことになってしまって。実際に戦うかどうかは別として、封印はお願いしないと……。それはよろしくお願いします」

 なんかちょっと信頼されてないような気もするが、腹をくくらないと。鬼と戦うなんて、豆でも持っていけばいいんだろうか。とか考えてる時点で腹くくってないような気もするが。


「その……鬼ってのはいつ頃出現するの? 展望台の上では、まだ時間があるとか言ってたみたいだけど」

「それは……わからないんです。徴候があるというのはわかったんですけど。いつ、とか、どこに、とかは、はっきりとは。経験上一週間とか十日とかそのくらいの時間はあるだろうと言われて来たんですが」

「ふーん。けっこうあるんだな。でも逆に、いつどこにっていうのがわからないってのは、やっかいだなぁ」

「そうなんです! だからわたしもあちこち探してみようと思ってたんですけど……」

「うーん。でも、闇雲に探してもなぁ。どういうところに出やすいとか、あるの?」

「一応は。さっき、媒介石の話をしましたけど……」

「うん。平たい……」

 ギュッ。ひよりが拳を作る。

「いや、なんでもないです。媒介石ね。ひよりにとっての、方角石」

「そう。鬼にも、そういった媒介石みたいなものがあるんです。何か、鬼にとって関連のあるようなモノがあれば、その近くに現れるんじゃないかと……」

「鬼関連ねぇ……。鬼のお面とか、そんなの節分のときに各家庭で使ってるかもしれないけどなぁ」

「とはいえ、必ずしも鬼の形をしてはいないかもしれないですし。わたしにしたって方角石が媒介石だなんて、あんまり関係ないみたいでしょ」

 いや、平たさが……と口に出そうになったが、ガマンした。

「そ……そうですね……」

「でも、実は関係あるんですよ。それはわたしの能力と関係があるっていうことなんですけど」

 ん? 能力? さすが神界の住人。そういう特殊能力的なものがあるのか。異能力バトルとかできるんであれば、鬼とも戦えるのかもしれないな。

「ほぅ。何かすごい能力があるのか。興味あるなぁ。なになに?」

「うふふ。わたしはこの日和山住吉神社担当ですからね。なんだと思います?」

 この神社がらみの能力……? なんだろう。

「さっき、水戸教の話をしたじゃないですか。わたしは水先案内の能力を持ってるんです。つまりは、導くもの! 吉方位とかを見極めてそれを利用する。そういう力があるんです! だから、方角石と結びつきがあるんですよっ!」

 ひよりは、得意そうに鼻をふくらませて言った。

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