その23:あけぼの公園の鬼
ひよりのバイトが終わるのももうすぐ。俺は山頂でしばし待つ。鬼の反応があったっていうのは確かなんだろうか。仮封印というのは確かにやったはずだけど、やったのは素人の俺だからなぁ。こんなことがあると、不安になるじゃないか。まぁ、責任は俺にやらせたひよりにあるわけだから、俺が気に病むことはないっちゃないのだが。でもしかし。
俺がうずうずしていると、ひよりが五合目カフェの扉を開けて出てきた。封筒を胸に抱いてほくほくしている。日給もらえてよかったな。でもおまえの本業はこっちだぞ。
「あ。メグルさーん。お待たせしました。ほら。今日のお給金です」
「おお。よかったな。またなんかおごってくれ。……それはそれとして。鬼の反応とやらは無いのか?」
「しょうがないなぁ。うふ。それじゃ、前に出してもらったお風呂でも今度はわたしが……。ええと、鬼の反応……が無いんですよねぇ。一度、反応が絶対あったんですけど」
「ふーん……。反応が消えてるってのは、どういう状態なの? また媒介石に戻ったとか、気配を消せるとか、寝てるとか」
「一応全部考えられますけど、わたしが感知するのは殺気みたいなものなので、今は心穏やかに過ごしているのかもしれないですね」
「穏やかに過ごす鬼か……。もしそうだとしたら、そいつ、いいやつなんじゃないの? 封印しなくてもいいような……」
「いえいえ。わたしたちと鬼の感性は異なるものですから。鬼にとっての常識がわたしたちにとっての非常識にあたる、もしくはその逆であることも多いので、相容れないんです。だから、鬼なんです」
うーん。博愛の精神をもって鬼ともうちとける……みたいなのが昨今の正義の味方像であるような気もするけれども、そういう理想というのも所詮「こちら側の理屈」に過ぎないのかもしれない。同じ人間どうしでも理想のズレというのはあるんだから、全く違う存在であればすれ違うのが当たり前、なんだろうか。
そして……ひよりは「わたしたち」と言ったけど、俺たち地上人と神界の人たちというのは、そういう意味で近しい存在なんだろうか。少なくともひよりは、まったく普通の女の子のような気はしているけど……。
「なあ、ひより……」
「はい。なんです?」
「ん……。いや、何でもない」
「あっ。実際に鬼が出ると聞いてビビってますね?」
「まぁ、それはあるけどな。だって俺、素人で本来部外者だし。誰かに引きずり込まれただけだからな」
「う……。それは……すみませんでしたけど……」
「ウソだよ。俺はひよりとペアで戦う。それはもう腹くくってるから」
「もう。わたし、ホントにそれは気にしてるんですからっ。わたしのせいでメグルさんが怪我したりとかあったら……とか考えて」
「いや、何度も悶絶するほど殴られてるんだが」
「わたしがやる分にはいいんですっ。それに、それはいつもわたしのこと小学生とかえぐれてるとか言うから……」
「中学生とか平たいとかは言うけど、小学生とかえぐれとかは……はい、すみません」
右拳を握るのが見えたので反論はやめておく。
「とにかく。メグルさんは最後の封印だけしてもらえれば。戦うのは全部わたしがやりますから。わたしが強いのは経験済みですよねっ?」
「はい。十分知っております……。それで、封印ってどうやればいいんだ?」
「あ。それは封邪の護符と同化済みなら簡単です。どちらかの手で固着紋をおさえて、逆の手で相手の額に触れて『封印』と言えばいいだけです」
俺は自分の胸に左手をやる。ここに浮き出ている封邪の護符の固着紋をこの手でおさえて、空いた右手で鬼の額に触れればいいと……。まぁ、簡単そうだが。でも、鬼のしかも頭に触れないといけないわけだな。できるかな。
「なあ……。鬼って……怖い? 噛みつかない?」
「うふふ。やはり、ビビリですね?」
「そうだよっ。ビビリだよっ」
「まぁ、無理もないですよね。鬼もいろいろいますから、噛みつくのもいるかもですね。でも、封印のときにはわたしが動きを止めますから、大丈夫ですよ。わたしにおまかせください」
「ホントに……お願いします」
「ふふん。しょうがないなぁ。それに、反応が消えるところを見ても今回は弱い鬼だと思うので、そんなにビビることもないと思いますよ」
「だといいけどなぁ」
いろいろ考えるところもあるが、鬼とは戦うしかないんだろう。鬼はまだ見たこともないから、どんな相手なのかもわからないけど。ひよりが戦うんだから、俺も一緒に戦うまでだ。ほぼ見てるだけになるかもしれないけども、一緒は一緒だ。
夕暮れ近くまでそんなことを山頂で話していると、ひよりの表情に一瞬緊張が浮かんだ。
「あっ。出ましたっ」
「場所は……? わかるんだよな?」
「はい……。南東方向ですね。そんなに遠くない……」
「南東か。……やっぱり、あけぼの公園かな」
「あけぼの公園はそっちの方向ですか。想定通りと言えば想定通りですけど……」
「一応、仮封印はしたからなぁ。効いてないのかなぁ。でもまぁ、そこに出たっていうんなら行くしかないよな。行くか!」
「はい。行きましょう!」
ひよりが山頂を下りる階段を目指そうとするが、俺が襟をつかむ。
「そっちは海だ」
俺とひよりは、街側の階段を下りていく。あけぼの公園なら、五分とかからず着くだろう。
「どうだ? 反応は消えない?」
「消えないですね。そのままです」
「しかし、まだ夕方だからな。公園にも人はいるかもしれない。襲われたりしないかな」
「そうですね。急いだほうがいいですね。でも、鬼はこちらへ出てきたばかりだと本当の力は出せないんです。だから、時間をかせごうとします」
「時間をかせぐ?」
「こちら……地上に出たばかりだと『酔い』があるらしいんですよね。それで、出てくると身を潜めたり結界を張ったりして、しばらく見つからないようにするらしいです。強い鬼は、それでも存在感が漏れ出てきちゃうらしいですけど」
「酔うのか……。鬼も意外と大変なんだな。なら来なけりゃいいのに」
「酔うけど飲みたくなるのはお酒と一緒……って、神様が言ってました」
「気持ちいい酔いならいいんだろうけどなぁ……。まぁ、俺未成年だからわからんけど」
「鬼も、酔いたいから来るというわけじゃないでしょうけどね。それはともかく、だから酔いがあって弱体化しているうちに鬼を見つけられたほうがいいんです」
「なるほど。……なら、最初に反応があった時点でここへ来た方がよかったんじゃないのか。バイトなんかしてないで」
「それは……お給金が……。場所もはっきりしなかったし……。時間もまだ大丈夫だろうなって……」
「まぁそれは今はいいや。あとで反省会だな。もう公園に着くぞ」
商店街から、公園のある小路に入る。妙な雰囲気に、俺は立ち止まってしまう。
「これは……結界……?」
「どうやらそのようですね。公園全体に結界が張ってあるようです」
「これが結界か。日和山にもこんなのが張ってあるのか?」
「わたしが必要を感じれば、そうですね。張ってます」
「俺、感じたことないけど」
「地上の人はよほど勘の強い人でないと結界そのものを感じないですね。だからこその結界なんですが。メグルさんが鬼の結界を感じとるのは、護符持ちだからです。神の眷属に等しい人ですから」
「じゃあ、他の地上人はこの鬼の結界も感じてないのか」
「はい。結界があることには気づかずに、意識せずなんとなくこの公園に近づくのを避けてるかもしれませんし、公園の中にいたとしても鬼や我々を普通に認識できないかもしれません」
「日和山と同じ、夢の中のような感じ……か」
「そういうことです。……それじゃあ、結界の中に入りますか!」
「お……おう! レッツらゴーだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます