第23話 人類の天敵



『ヒィハァー! 遂に自由に動けるときが来たぜぇぇぇ!』



 ゴライアスラットの発したであろう声は若々しく男性的だ。

 かなりの声が通り、一見爽やかそうだが、声の質はどことなく悪くて遊び人っぽく感じる。



「な、なんだ? 喋ってる? ゴライアスラットって喋るのか?」

「喋る訳ねェよ。なんかおかしいぞ」



 この光景はおかしい。明らかにおかしい。

 ゴライアスラットは器用に四足で喜びのステップダンスをしている。



『ケケケケケケケケケ! ア? 人間のガキか?』



 喋る時に口が動いていないのもおかしい。

 口を開くだけで、言葉を喋る時の唇の動きが全く無い。



『おい、そこのガキ…………なんだ? 妖霊までいやがるな?』



 その瞬間、オルウェイ以外の二人の警戒態勢がマックスになる。



『ああ、お前も気の毒になぁ。人間のガキのボディガードにされてんのか? なんだ? あれだろ? そのガキのどっちかが魔法使いの子供かなんかだろ?』



 その会話を聞けば、正体は看破できる。



「テメェ、妖霊か?」

『ケケケケケ! そら分かるわなぁ。どうやらアホじゃなかったみたいだ』



 妖霊であることを隠しもしなかった。

 ディズは迷わず前へ出て、オルウェイを背中の後ろに隠す。


 ゴライアスラットはいわゆる魔物だ。

 魔物とはマナを吸い過ぎて、凶暴化したり、変異したりした異形の生物。

 それは人類だけでなく、様々な生物を害する存在だ。

 魔物は危険ではあるが、強さはピンからキリまであって同種族の個体でも強さはまばらとなる。ヴェルフリーディという味方がいることを考えれば、勝率はけして低い訳ではないはずだ。


 そんな希望を砕き、絶望へ突き落せるだけの存在が目の前にいる。


 妖霊は良いように扱える駒のような存在であるが、その本質は『人間の真の天敵』と言える。

 人間より強い魔法を持ち、生態系の上位であり、なにより人間を憎んでいる。


 この状況。

 ディズにとって、間違いなく前世を含めて初体験の物理的な命の危機だ。



「テメェはなんでネズミの皮被ってんだ?」

『好きで被ってんじゃねぇからなぁぁ! お前に分かるか!? 俺がどんなに苦しんだんか分かるか!?』

「分かんねェし、分かりたくもねェなァ」

『ああ、そうだろうな。そうだろうよ。そうだろうとも。まぁ、お前は妖霊だからな。俺はお前の味方みたいなもんだろ? ちょっと待ってな。そのガキども殺してやるからよ?』



 不意に、人間2人に殺意がぶつけられた。



「ヒッ!」

「――――ッ」



 ディズの腕をオルウェイがグッと握る。その震える手の感触が彼を冷静にさせる。

 エレナから殺気を受けた経験がある為、一瞬の怯みだけで済んだ。



「…………お前は何者だ?」



 ディズの振り絞った一言。

 その瞬間、キョトンと一瞬だけ表情の抜け落ちたゴライアスラット。しかし、すぐに大声で笑う。



『ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ! 俺はお前らを殺す存在――――』

「そんな抽象的な事は聞いてない。お前、そのネズミから解放されたいんなら、俺が手を打つぜ?」

『――――無理なんだよなぁ~。それに俺はもう人間に復讐するって決めてんだよ! もう覚えてねぇ、数えるのもバカらしくなるくらい長い時間も閉じ込められた! しってるか? 南北戦争。俺はあの戦争で無駄に活躍した所為で! こんなところに閉じ込められてんだぁぁぁぁちくしょうぉぉ!』

「南北戦争?」



 南北戦争と言われるとディズは真っ先に思い浮かんだのは、アメリカ合衆国の南北に分かれた内戦。その日本での呼び名だ。

 正式名称はアメリカン・シビルウォー。



「え? も、もしかして…………ミシュトレー大陸の南の国と、ヨーロディア大陸の北の国で起こった世界初の大陸間海洋戦争のこと?」



 そこに口を出したのはオルウェイだった。

 ディズの脳裏にも歴史の本で読んだ内容がよぎる。

 世界初大陸間海洋戦争という言葉の響きが気に入っただけだが。



「そ、それって………100年以上前の戦争じゃない?」

「え?」



 オルウェイの問いに、マヌケな声を上げたのはディズだった。

 世界史は嫌いではないが、歴史上そういう戦争があったことは覚えていたが、いつ起こったかは二の次にしていたので覚えてなかった。



『100年だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ! なんつー長い間ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「言うんじゃなかったかも!?」



 オルウェイの言葉を聞いたゴライアスラットは激高して地団太を踏む。いや、前足で床を叩いている。

 その前足がキラリと一瞬だけ光った。おそらく爪を剥き出しにして叩いている。

 這い出てきた床を砕くほどの勢いで叩き、ガリガリとひっかき、教会全体が大きく揺れる。



「大活躍する必要があったか? 人間の戦争なんぞ、適当に手を抜いたり、情報渡したりで混乱させちまえば良いじャねェか。つか、昔から妖霊はそうしてんだろ?」

(今、なんか、聞いちゃいけない都市伝説の真相を聞いちゃった気がする)



 呆れたように言うヴェルフリーディ。

 確かに、彼の言う通りだろう。

 憎んでいる人間の駒として戦争で死ぬ気で戦う必要なんてありはしない。

 適当に手を抜いて、場合によっては混乱させて、泥沼化させれば人間は苦しむ。

 その間に術者が死ねば晴れて開放されるのだ。



『うるせぇ! 俺だってそうしたっかんだよ!』

「契約させられたか? 全力で戦え? いや、この場合はもっと抽象的な方が良いか? 軍と国にとって不利益はせず、全身全霊を持って全ての敵を倒せとかか?」



 ディズには不完全命令にようにも聞こえた。

 不完全命令ならば妖霊は抜け穴を見つけ、そこから人間にとって不利益な行動をする。

 例えば、「自分が一生愛せる人を見つけてほしい」の契約だったら、鏡を持って術者を映して契約終了とかもあり得る。



(いや、違うな。戦争って考えたら話が違うな)



 不完全命令のように思えるが戦争では違う。

 抽象的の方が効果を発揮する場合があるのだ。


 結局、やる事は単純で『全力で敵を倒す』事に帰結する。つまり、後は駒な訳だから、好き勝手やらせてしまえばいい。戦果が出ればそれでいいという発想だ。



『見てきたようなこと言うじゃんか!』

「当たってらァ」

『くそぉぉぉ! 思い出しただけで腹立つッ! 勝手に呼び出して、勝手に働かせて、勝手に命をかけさせて、勝手に使えるって判断して、勝手に封印しやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』



 ゴライアスラットはまた地団太を踏む。

 先ほどまでの殺気の恐怖はどこへやら……ゴライアスラットを見て人間2人の印象は全く違ったものになっていた。



「な、なんだか…………かわいそう」

「…………気の毒ではあるな」



 妖霊の事を良く知らない純粋なオルウェイの感想。

 それにはディズも同意せざるを得ない。


 人間のやり方はあまりに身勝手だ。

 妖霊の扱いが悪いのは普通。この場合、異常なのはディズなのだ。


 それでも彼はそう思って仕方がない。

 どうして妖霊の立場に立ってあげられないのかが、彼には分からなかった。


 100年前。いや、それ以前から妖霊は使役されていたはずだ。

 どこかで歯止めがかからなかったのはディズから見ても不憫過ぎた。



「ね、ねぇ! 人間を嫌いになるのは分かるけど、でも、人間を殺しても100年間は戻ってこないんだし、だったら素直に開放される方法を考えるべきじゃないかな!? それにアナタの事を閉じ込めた人達も、もうとっくに死んじゃったよ!?」



 オルウェイは思わず憐みを持って提案する。

 ディズが聞いても尤もな意見だ。


 100年以上もの間、ゴライアスラットの身体に閉じ込められていたことは気の毒だ。だが、100年以上前の清算を直接関係のない一個人に求める主張は間違いだ。

 そもそも戦争自体がヴェルカ帝国とは何ら関係のない話でもある。

 とばっちりも良いところだ。



『黙れ小娘ッ! 人間に俺の気持ちが分かって堪るかってんだ!』

「そら分からねェなァ?」

『あ?』



 口を挟んだのはヴェルフリーディだ。

 ディズはオルウェイを庇うように立つ。


 短い付き合いながら、ヴェルフリーディが何かをやろうとしているのがなんとなく分かった。

 これはオルウェイに余計なこと言わせない為だ。



「人間に復讐するって思考がわからねェ? オレだったらとっとと帰る方法探すね」

『意味がねぇって言いたいか?』

「そうだろ? 人間に振り回されるなんてまっぴらだろ? いかに出し抜くかを考えるのは理解できるが、いちいち構ってやるのもバカらしい。復讐に時間を割くより、二の轍を踏まない事に時間を割くべきじャねェのか?」



 ヴェルフリーディは挑発しているようにも聞こえる。だが、ディズの印象では少し違った。


 ヴェルフリーディは諭しているのだ。

 意味のない事へ情熱を注ぐことは悪い事ではない。

 悪い事はないのだが、賢い事ではない。


 人間を殺す復讐をしても意味がない。いや、不毛だ。


 妖霊にとって、人は異種族だ。

 異種族同士が分かり合えないとは言わない。だが、その為には多大な努力がいる。

 ディズは前世の記憶もあり、異種族同士で戦う事は不毛だと理解できる。

 過去、人は肌の色で種族を分けていた。いや、今もその傾向は消えていない。人はそれを差別という。


 差別とは、未知への恐怖。理解への怠慢。承認の欠如。


 お互いが歩み寄り、理解をする努力をしなければ、差別は無くならない。

 それは一朝一夕でどうにかなる話でもない。

 人間を殺す復讐をしたところで、自己満足の域を出ない。

 自己満足の域を出ないという事は、妖霊が見下している人間と同様の行為を行うということだ。


 ヴェルフリーディは問う――――それはお前の価値を下げるだけなのでは?



「自己満足は大事だとは思うぜ? だが、人間に構う形で時間を使うっていうのはどうもオレには理解できねェな」



 ヴェルフリーディは妖霊へ人間の為に時間と労力を使わない方が良いと促している。

 この時、ディズはヴェルフリーディの意図が理解していた訳ではない。

 意図は分からなくても、命がかかっている状況でこの時間で何もしないでいる事はできなかった。



(情報だ。情報こそが最大の武器)



 目に映る情報も値千金だ。

 ディズはゴライアスラットを観察する。

 巨大な体躯。鋭い牙。鋭い爪。長くて太い尻尾。



(なにをとっても絶望的な情報ばっか!)

『はー! ケケ! ケケケケ~! お前の言わんとすることは分かるぜ。ただな、法螺貝の音が鳴って以降はツキが回ってきた。これに乗らない手はねぇんだよ!』

(法螺貝の音?)



 ヴェルフリーディが舌打ちをした。



「魔法具かァ」

「魔法具? …………もしかして、この辺のマナが濃いのって」

「多分その魔法具だろうなァ」



 法螺貝の音というのは意味が分からない。

 だが、その音が魔法具の物でマナを集めた原因になったようだ。



「そういえばディズが倒した女盗賊の盗んだ物。法螺貝の笛だったっておばあちゃんから聞いた」

「そいつか。法螺貝の笛でマナを集めるとなると、シマの魔笛だな」

「シマ? よく分からんけど、そいつを吹いたってことか」



 シマの魔笛。

 見た目は、日本で古来より馴染み深い法螺貝の笛だ。

 効果は非常に単純で、笛の音でマナを集めることだ。つまり、教会にマナの濃度が高かったのは、その笛の音がマナを引き寄せた為だった。



「試しに吹いたとかそんな感じだろうな。厄介な事してくれたぜ。人間があれを使ったところで、そう簡単に利用できるモンじャねェが、妖霊なら話は別だな」

『ケケケケケケケケケケケ! そいつには礼をしてやらねぇとなぁ!』



 ヴェルフリーディの予想は当たっていた。

 女盗賊は、この辺りを統治する侯爵家の家宝の一つを盗んだ。


 それこそがシマの魔笛だったのだ。


 価値がある事を知っていた女盗賊だったが、それがどんな物なのかは知らなかった。とりあえず高値で売れるものだと思っただけだ。

 法螺貝の笛自体が、ヴェルカ帝国辺りでは珍しいものだ。


 女盗賊は戯れで少しだけ吹いた。

 特に何も起こらなかったので興味を失い、教会に隠してほとぼりが冷めるのを待っていたのだ。

 それは偶然でしかない。しかし、それが最悪の事態を招いたのだ。



(いや、あの女盗賊が捕まったのって3年前だよな? その頃から?)



 因果が巡り巡って、長い年月をかけ、募りに募った恨みを持った妖霊が動き出す。

 きっかけを与えてしまったのだ。



「最近、この辺りの気温を下げてたのはお前だな? 特定のマナを集めやすいようして、吸収率を上げてやがったな。大気の熱だけ低かったのも違和感があったぜ」

『勘が良い野郎だ。その通り、俺がちょっと魔法で上手い事やってやった』



 最近の異常な寒冷化も妖霊が原因だった。

 太陽の日差しは暖かいのに、まるで氷のよう冷風によって大気の気温が下がり、農業にも被害が出ていたくらいだ。



「……そんな事までできんのかよッ」



 マナは環境によって色が変わる。

 妖霊は自分の適性マナを集める為、意図的に環境を変化させていたのだ。


 これが妖霊。いかにして自分を有利な立場に持っていくか。

 環境運営が上手い。自分の事を理解した上で最適解へ持っていく姿はまさに百戦錬磨。



『どっちにしても、お前もこっち側であることは変わらないだろ?』



 ゴライアスラットは笑いながらヴェルフリーディを見据える。

 妖霊には共通認識がある。


 ――――人間嫌いだ。


 人間から受けるぞんざいな扱い。何百年。いや、何千年と受けてきた。

 それは憎悪や嫌悪では語れないレベルのものとなっているはずだ。

 ディズとヴェルフリーディの関係は良好だが、これもヴェルフリーディの性格にも大いに関係があると言って良い。


 ヴェルフリーディは比較的人間に寛容なタイプと言える。

 何故なら、ヴェルフリーディは召喚される度、召喚主を出し抜いてきたのだ。

 彼にとって人間とは嫌悪の対象である当時に、文字通りのオモチャでもあった。


 人間程度なら手玉にとれる絶対的な自信がある。

 妖霊を見下し、自分を賢いと思っている魔法使いを煽り、欺き、陥れる。誇りを踏みにじり、驕慢を屈辱へ引きずり落とし、破滅して絶望し、嘆く姿はまさに愉悦。


 これはヴェルフリーディだけに言えた事ではない。

 数多存在する妖霊にはそれぞれの処世術が存在している。いや、対人間用対策と言うべきだろう。


 それでも人間は懲りずに妖霊を使役しようする。

 学ばない猿である。だから、破滅させがいがある。


 そこに現れた謎の価値観を持つガキ。

 彼にとって、新種のオモチャであると同時に大変興味をそそられた。

 当初は新しい妖霊の対処法かと思っていたが、本人は危機感が無いのかバカなのか大真面目に友好関係を築こうとしている。


 純粋というには若干違う。

 一言で言うなら、『善良であろうとしている姿』がそこにあった。


 性善説などヴェルフリーディが最もキナ臭く思うものだ。だが、あり得ないとも言えないのが真実だ。

 そして、性善を持つ人間は等しく損をする。

 性悪の方が絶対数が多く、人の欲望へ直に働くからだ。


 ディズという子供はどこか子供らしくない。

 子供とは言えないと断言できる。


 それに気が付かないヴェルフリーディではない。

 下手をしたら。そこらの大人より大人らしく、そこらの魔法使いより賢明な男だ。


 それでもディズ・クレイブ・ガンフィールドは『善良であろうとする』のだ。


 余計な付き物を落とし、己を律し、己と良心を無下にせず、悪を理解し、善を尊ぶような人間。

 未だかつてひねくれ者の魔法使いはおろか、魔法使いではない人間でもヴェルフリーディが見たことのないタイプの人間だった。

 現に今、恐ろしくて仕方がないくせに少女を守るように前へ立ち、希望を捨てていない。


 決意を胸に前へ進もうとしている。

 その姿は実に愚かでバカらしい。


 なぜなら、それが正しいのは誰もが知っているけど出来ない事だからだ。


 できない自分を棚に上げると、人は愚かと採決下す。

 愚かと賢いは対義語で、勇気も臆病も対義語だ。

 だが、人間は分かっていない。


 『愚かな臆病者』と『愚かを受け入れる勇者』。

 『賢い勇者』と『愚かを受け入れない臆病物』。


 これらを全て同じ釜で煮詰めている無知を――――。


 バカはバカなりの生き方がある。

 敗者には敗者なりのやり方がある。

 弱者には弱者なりの戦い方がある。

 凡夫には凡夫なりの勝ち方がある。


 その為には己の分を知る必要がある。

 ディズはそれを探している。

 そんな奴を賢いとは言えないが、愚者とは嘲る事はできない。

 それが性悪正直者のヴェルフリーディだった。


 なにより、こんな面白いおもちゃをみすみす手放す訳がない!



「悪いな。オレはコイツ等につくぜ」

『あ?』

「こいつはな。お前を封印したような奴とは違うんだよ」

『狂ってんのか? それとも洗脳か?』

「違うね。世の中には変わり者もいるって訳だ。とりあえず、オレはコイツを気に入ってんだよ。だからオレはコッチ側だ。分かったたらとっととプレッシェンドに帰りやがれ。ボンクラ」

『………………裏切りモンかぁ~~~?』



 ヴェルフリーディからすれば、目の前の妖霊は愚か者だ。

 人間を破滅させる努力をしなかった怠け者。

 人間を蹴落とす策を講じなかった愚か者。


 そして――――



「うるせェ、お前は妖霊の品格を下げた裏切り者だ」



 ――――人間に素直に従った裏切り者。

 舌を出して中指を立てる決定的な拒否。

 己を同種と一括りされる方が屈辱だ。



『気に入らねぇ! 気に入らねぇぇぇ! この激情の行き着く先はぁぁ!? やっぱ人間どもで憂さ晴らし決定ぃッ! それが1番最高だろ!』

「人を殺しまわって何の意味がある!」

『俺の気が晴れるッ!』



 ディズの抗議に即答。

 これは交渉なんてものができるような状態じゃない。



「戦うぞ! ヴェルフリーディ!」

「そうかい。どうやって?」

「知らんわ! けど、やらなきゃダメだ!」

「逃げても良いぜ? オレが挑発したんだしな」

「理由とか理屈はどうでもいいから! 今は倒す手駒が増えたと思ってやれ! 俺を上手く使え!」

(これだよ。おもしれェわ)



 ディズからすれば退却したところで、ただの先延ばしだ。

 他の命が犠牲になるだけで、最善と最良の策が同じ結論になる。それ以外の結末は最悪。つまり、せめて選ぶならば最高を求めるしかない。



「ふぅ~」



 一瞬。ほんの一瞬だが、ディズは瞑想状態へ自分を落とし込んだ。

 自分の深呼吸の音を聞くという単純な方法で、彼は冷静さを取り戻す。


 事態は深刻だ。

 ヴェイビットはそれなりの町ではあるが、所詮は田舎町だ。

 救助要請したとして、ゴライアスラットを倒すだけの実力者の数はそう多くはない。何らかの方法で外部に連絡ができたとしても、増援は期待しない方が良い。

 捕らぬ狸に幻滅させられるのはごめんだ。



『お前ら、復活記念の贄だ! 光栄に思いな! 残さず食ってやるよ!』



 ゴライアスラットに封じ込められた妖霊の雄叫びが開幕の合図となる。


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