第22話 ネズミ


 あの騒動以降、教会は静寂を取り戻していた。

 その教会の隅っこに3人はいた。


 3年前の1件から危ない場所だという認識はあったが、オルウェイがとにかくディズと2人きりでいたがるのだ。

 ディズはヴェイビットでオルウェイ以外の子供とは遊んだことも会った事もない。


 子供が2人きりになれる場所はそう多くない。

 そう考えると教会は打ってつけなのだ。なにより、ここは変わらずオルウェイのお気に入りスポットだった。



「えい! たぁ!」



 オルウェイは夢中で杖を振る。

 パチンッパチンッと空中で小さいクラッカーのような音が響き、火花が放射状に飛び散って空中で消えている。


 その姿は、半人前の魔法少女にしか見えない。

 ディズの指導は自分と同じ事を教えるくらいだ。だが、それでも着実にオルウェイは進んで行く。


 小さな一歩。されど一歩。

 一歩分は間違いなく前に進んでいるのだから、何度も繰り返す事で長い距離になっていく。



「(ヘヘヘ、こりャいィや)」

「(し~っ)」



 教会の壁に張り付いたヤモリが笑う。

 小声なのでオルウェイに聞こえる事はないが、壁際で腰かけているディズにはハッキリと聞こえた。



「(あの娘、魔術より呪術の方が得意そうだな)」

「(分かるんか?)」

「(まァな。一概には言えねェんだけど。マナの適正は紫か。こいつも珍しいぜェ。)」

「(方針が決まったな。特技を伸ばすぜ)」



 ヴェルフリーディのアドバイスを考えながら、オルウェイを指導する。

 指導という言葉が適切か分からないのだが、ディズができる限りのことをする。

 熱心な生徒であるオルウェイの吸収は悪くなく、僅か1日で基礎的な事はできてしまった。



「(下手すりャ、お前より才能あるな)」

「え、うそマジ?」



 ヴェルフリーディの言葉に内心焦る。



「(通信教育でそんな伸びるか?)」

「(それを才能って言うんだ)」

「(ぐうの音も出ねぇ!)」



 ヴェイビットを離れれば、指導できない。

 なので、ディズが復習も兼ねて手紙を書いて送り、通信教育を行っている。

 身軽なヴェルフリーディに様子を見に行ってもらったところ、彼女は基本的に1人で隠れて練習しており、その成果は上々との事だ。



「ディズ! まずい! 雷が止まらない!」

「何故!?」



 至って平和だが、充実した日常。

 その大きな変革の象徴であるヴェルフリーディは、ディズにとって親しい友と言えるような存在となっていた。




時は少しだけ進み――――




 そして、10日の月日が流れる。



「(呼び出しといてなんなんだけどさ。帰らないのか? 身体平気?)」

「(あ~、帰っても良いんだけどなァ……また、行くんだろ? あの教会)」

「(行くぞ? なに? 教会嫌い? 体質合わない?)」

「(は? なんだ? 体質って?)」

「(いや……悪魔的な?)」

「(悪魔じャねェわ)」

「(わりぃわりぃ)」



 ヴェイビットに到着後、いつも通りオルウェイに会う。

 そして、いつも通り教会へ向かう。

 その道中の会話だった。


 最初にヴェイビットに来た時、ジョセスター達が行っていた例の開拓話は当の昔に終わっている。だがその後、次々にヴェイビットとポルフの双方で事業拡大を行う事になり、ジョセスターは大忙しである。


 ディズは頑張って仕事している父親を尻目に、オルウェイと一緒にいる訳だ。

 そのオルウェイはディズの前を軽くスキップしながら歩いている。



「(あの子、手紙の返事だと順調に実力伸ばしてるみたいなんだよなぁ)」

「(…………ほ~ん)」



 オルウェイは魔法の杖を握りしめてルンルン気分。

 通信教育の成果が出ており、それをディズに見せる事を心待ちにしているのだ。



「(やっぱ才能あるな。追い抜かれっぞ?)」

「(ぬ、抜かれねぇし! 俺には【現象】があるし!)」

「(へへへ。どうだか?)」



 彼女の後ろから付いてくる二人。

 暇を持て余した二人は何気なしに会話をしていた。


 一人は人間。一人はポーラータイである。

 ポーラータイとは老紳士やダンディなおじさまが、ネクタイの代わりに首から下げているイメージのあるヒモ状のネクタイだ。


 ヴェルフリーディがポーラータイになった理由は魔法使いによくある装いだからだ。

 ポーラータイは、ヒモ、タイという留め金。ヒモの両先端についているアグレット。

 これらの部品で造られている。


 これらは紐以外の全て魔法具にできるのだ。

 ネックレスやネクタイピン、指輪では効果は大抵1つ。そう考えれば、相当な数だ。

 現在も古い魔法使いは必ず持っている代物だ。


 ちなみに日常的の装飾品を魔法具にする行いは、戦争で発展した習慣である。

 何事も発展するのは戦争なのは、どの世界も変わらない。



「ついた!」

「おし、オルウェイ。やろうか」

「うん! 見ててね!」



 相変わらず幻想さを感じる廃墟の教会。

 最近あった事件など感じさせない。ディズがふき飛ばした扉などは見栄えが悪いので自主的に片付けてある。



「(ふ~む)」

「(どした?)」

「(い~や、なんでもねェ~よ)」



 どこか間延びしたヴェルフリーディの声。

 返答は素っ気ないものだった。



「私ね、呪術が得意みたいなの! ディズの言った通りだね!」



 実際にはヴェルフリーディが教えてくれたことだ。

 そこはディズが教えた事になっている。

 ヴェルフリーディは、その辺りの成果に頓着しない。


 教会の中に入った瞬間、はやる気持ちを抑えきれなかったオルウェイは即座に杖を抜いて、オーケストラの指揮者のように振り回す。

 その満面の笑みが眩しくディズの目に映る。



「呪術の練習は上手くいった?」

「うん! ちょっとジャガイモの根っこが伸びすぎて大変だったけどね!」



 ちなみにヴェルフリーディが教えた呪術の練習方法は、根菜を使う事だった。

 当然ながら根菜は植物の根っこだ。

 いわゆる大根や人参、芋だ。


 ヴェルフリーディ曰く、植物は葉や枝ではなく『種という原料』から生まれてくる生物であり、根はその核から最初に生み出されるものだという。

 それがヴェルフリーディはこう言った。



「呪術とは表面に影響を与えるのではなく、核に影響を与える魔法だ。最初から核心に限りなく近い根っこを使った方がやりやすい」



 この呪術の練習方法で最も重要になるのは、『本質に影響を与える事に慣れる』という事だ。


 誰かに呪術のバフ効果を与える状況化を想像してほしい。

 目的は筋力増強をすることだ。

 この時、呪術がやるべきことは筋肉という核心=本質に影響を与える事になる。

 身体全体という曖昧な影響では効果が薄くなるので、ダイレクトに筋肉へ影響させなければならない。その上で、キッチリと必要な影響を与えなければならない。

 何故なら、マラソンランナーと短距離ランナーの筋肉は全く別物だ。

 内容によって影響の与え方を変えなければいけない。


 結論。

 呪術とは、『どういう影響をどのように及ぼしたいのか』である。


 本質に影響を与える事ができなければ、応用もクソもないのだ。

 その為に利用するので1番楽で身近なものが根菜とのことだ。

 流石は妖霊。ディズも目から鱗の発想だった。



「呪術とか言われるとちょっと怖いけど、魔術も苦手な訳じゃないし、特に私は【属性の魔術】が得意みたいなの!」

「そう……療術はどう?」

「うん、楽しいよ。人を治すって大切だしね。ほら、うちのお父さん。お仕事で擦り傷とかしてくるしね」

「ええ子や」



 これまたヴェルフリーディに練習方法を教わっていた。

 療術の練習には木を使う。


 植物大活躍。


 これも木ではなければいけない理由がある。

 木は、植物の中でも最上位の生命力を持っている。生命力の少ない草花での療術の練習は上級者向けらしい。


 結論から言うと、『エネルギーの補充』と『怪我を治す生命力の活性化』。

 この2つの作業を同時に行うのが療術だ。


 療術とは究極的には魔力で怪我や病気を治す事なのだが、その方法は『人間の生命力を活性化させる。そのために外部からエネルギーを与える』のだ。


 つまり、点滴。


 食事がとれない患者に点滴で栄養補給させる。

 原理としてはほとんど同じだ。

 ただ、療術は怪我や病気にダイレクトで影響を与えなければならないのが難しい。

 その点ではレーザー治療とも言える。


 その為に、木の皮を剥がして治す。枝を折って治す。葉を千切って治す。

 これらに慣れてきたら、いずれ木よりも微弱な生命力の草花で同じことする。

 その内に人間の軽い怪我、軽い病気で実践する。

 これらが最短ルートとなる。


 ちなみに現在このような練習方法は行われない。

 ヴェルフリーディの提示する練習方法は、戦争で生まれたやり方だ。

 短時間で大量の魔法使いを量産する必要のあった時代のスパルタ教育だ。


 近年では専用の魔法具を使っている。

 その方が難易度は低く、やりやすいらしい。

 そんな便利なものを子供2人が持っている訳もない。


 結果論だが、2人は知らず知らずの内にイバラの道へ飛び込んでいたのだった。

 正確にはヴェルフリーディは知っていた上で蹴り落としたと言った方が正しい。


 それはけして嫌がらせなどでは無い。

 彼からの「これくらい越えてみな」という無言の発破だったのを2人は知らない。



「…………」

(今日、あんまり喋らねぇな)



 そんなヴェルフリーディは教会へ入ってから全く口を開かない。

 彼にお喋り者の印象を持っているディズには違和感がある。



(もしかして、辛いのか?)



 妖霊はこの世界に滞在しているだけで、かなりのハンデを背負っている。

 そのハンデは明確に体の不調という形で出てくるのだから、なおこのことタチが悪い。


 ディズにとってヴェルフリーディは1番親しい友達と言える。

 ディズは隠し事をしている。だが、隠し事があるから友達ではないとかいうデリカシーもプライバシーも無い考え方をするほど子供ではない。


 それはヴェルフリーディも同様だ。

 ヴェルフリーディにもディズという奇怪な召喚主に隠している事は山ほどある。

 種族や関係性はどうあれ、ディズにとっては親しい友なのだ。


 ディズとは元々友人や身内を大切にする。いや、自分を蔑ろにしても相手を気遣い優先してしまう傾向にある。

 この世界に来て初めての親しい友に対しても心配という形で意識を向け続けている。



「(ヴェルフリーディ? 気分でも悪いのか?)」

「(全然)」



 早口で返された。

 別に何とも思っていないというのが、まさに感情ごと飛び出したような口調。


 ここでディズはちょっとヴェルフリーディという妖霊に立ち返る。

 元々、クレバーで抜け目がなく、それこそ転んだりしたら100倍返しをしそうな性格をしているヴェルフリーディ。

 なぜこの教会に近づくと黙るのか?



(…………あ、もしかして)



 そこでハッとした。

 過去に話していたヴェルフリーディの言葉に立ち返る。

 ヴェルフリーディの言葉の中で、なぜか印象に残っていたもの。


 ――――マナが濃い場合も薄い場合も「何かある」と警戒するのが妖霊。


 ヴェルフリーディが喋らないのは極度の警戒状態にあるからではないかと思った。

 オルウェイに気が付かれないように、そっとディズはマナに触れた。



「んなッ」



 思わず変な声ができた。

 マナに触れなければ気が付かなかった事を恥じるレベルのマナの濃度だった。

 あまりに濃い。まるで足の付かないプールに満杯の水を入れ、ど真ん中に突き落とされたような感覚に等しい。



「(なんだこのマナの量!?)」

「(気づいたか? どうする?)」

「(離れる! 危険な場所には近寄らない! これが最大の自衛行為だ!)」

「(賢いやり方だ)」



 オルウェイは気付かず杖を振るって、魔法を披露しようとしている。



「オルウェイ! ちょっと!」

「良いから見てて、ディズを驚かせる魔法をやるから!」

「そうじゃなくて!」

「いくよ!? 火の渦をつくるの!」

「ここで火!? 危ないわ!」



 オルウェイは杖の先から出した火を、炎と言える大きさまで巨大化させる。

 空中で炎が渦を造ってグルグル回る。カウボーイは投げ縄を回しているようだ。



「木を使ってんだよ! 教会も木材使って建ててあるから! 燃えるって!」

「(今更じャね?)」

「良いから見ててね。ここに呪術を入れると――――」



 炎がそのままフワッと花びらになり、強化の床に燦々と降り注ぐ。



「うわ、すげ」

「(こりャ、マジで天才かもな)」



 何事も起こらずホッとする。しかし、マナが教会に溜まっていることに変わりはない。

 ディズは満足に花びらを見ているオルウェイを連れ出そうと彼女の方へ歩いていく。



「オルウェイ。ちょっとここから出よ――――」



 ドカンッ! という音と共に床が吹き飛んだ。

 花びらが再度空中を舞うと同時に、床に使われていた木材まで砕けて飛んだ。



「……うわっ、私すごい」

「「違うわい!」」



 思わず2人して大声を出し、ディズはオルウェイの元へ走って保護する。

 間違いなくトラブルであることを先に理解していたことが功を奏し、ディズはオルウェイをいち早く確保した。

 砕け続ける床から逃げた為、結果的には教会の奥へ入る形になり、出口が遠のいてしまった。


 床が砕けた理由はすぐに分かった。


 床からネズミが顔を出していた。

 勿論、床を突き破ってきたネズミとなればただのネズミではない。

 巨大だ。少なく見積もって3メートルクラス。



「ゴライアスラットだ!」

「何それ!?」

「何今の声!?」



 オルウェイの疑問には誰も答えず、ヴェルフリーディが説明する。



「チッ! マナの濃度が高過ぎたんだ! 魔物になりやがった!」



 同じ最大のネズミであるカピパラとは全く違う。

 愛らしさの欠片もなく、その顔は普通のネズミと違って歪んで凶暴な様相をしている。



「今の声誰!?」

「大丈夫味方! 味方! 妖精さんです!」

「誰が妖精だよ」



 もがいている化けネズミが、ついに地上へ降り立った。



「…………でけぇ」



 カバくらいの大きさはある。

 まさにゴライアスラットは、人間を圧倒するにふさわしい巨体と威圧感を放つ。



「どうする?」

「逃げるだろ!?」

「よし賢い」



 ヴェルフリーディの言葉にディズは即答。

 戦闘をするという選択は存在しない。あったとしても最終手段だ。

 危ないところには近づかない。これぞ身を守る鉄則。



「ディズ! どうしよう! このネズミが暴れたら町が大変な事になるよ!」

「――――ッ」



 そこで初めて気が付く。

 床から這いだした化物が人間にとって危険な存在であることに。


 当たり前の事なのに、当たり前が抜け落ちたのは何故なのか?

 それは恐怖からか? 防衛本能からか? それとも逃避か?


 いかなる理由であろうとも、ディズが最速で考えたのは己の保身だった。

 それは決して間違っていないし、正常な判断だ。


 前世の記憶があるとはいえ、所詮は頭と性格以外は子供の身体。

 大人の感覚で簡単にできる事が、子供だと簡単にはできないなどザラだ。

 大人であってもたじろぐ圧倒的な巨大ネズミを前にして、立ち向かうのが勇敢ではなく無謀。愚行以外の何物でもない。



「それはダメだ!」



 理性で分かっていながら、ディズはいともあっさりと無謀な結論へ辿り着く。

 このネズミは駆除しなければいけない。最悪、足止めでもいい。

 大人が騒ぎを聞きつけて来てくれる細工をすれば良い。



「オルウェイ! 逃げろ! 俺が引き付ける!」

「ダメ! ディズはどうする気!?」

「――――そんな時間はねェな」



 ディズとオルウェイの会話が終わる前にゴライアスラットが動く。

 体をのけ反り、口を大きく開く。

 まるで空気を吸って、深呼吸しているようだった。


 その動きを警戒し、ディズとオルウェイを庇うように立ち塞がったのは、ポーラータイから東洋人の少年の姿で戻ったヴェルフリーディだった。



「うわっ!? 誰!? あ、妖精さん!?」

「妖精じャねェけど、説明面倒だからそれでいいわ。来るぞ!」



 ゴライアスラットは一際大きく息を吸う。

 吸った空気を吐き出して飛び出してきたのは――――



『オウ! イエェェヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』

「「「は?」」」



 ――――だいぶファンキーな雄叫びだった。



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