第21話 口裂け女
「やっぱさみぃなぁ」
次の日。
ここ最近の冷え込んだ気候のせいで、季節外れのコートを引っ張り出して着込んでいるディズはヴェルフリーディを連れて、約五日ぶりのヴェイビットにいた。
ちなみにディズは裾の長い服は邪魔に感じて苦手なので、コートでは腰にベルトの付いているトレンチコートを愛用している。
エレナとバルバラからは子供っぽさがなくて可愛くないと不評であるが、オルソワールからはセンスを褒められた。ジョセスターは服の事はよく分からない。
一緒に来たのにヴェルフリーディの姿は無く、彼は1人だった。だが、心配はない。一緒にいるけど見えない。だけど、そばにいる。
それももはや恒例となっている。
「なんか久しぶりなような気がする」
ほとんど二日以上は間を開けずに来ていたので、随分と久しぶりのような気もする。
いつも通り採掘本部の前でジョセスターと別れて、オルウェイがいつもいる採掘場の休憩所へ行き、オルウェイに会う。
オルウェイもコートを着込んでいた。赤いAラインコートは子供らしくも少女的な愛らしさがあった。
「むぅ~~~~~~」
「…………どったの?」
「…………5日間も来なかった」
「あぁ~」
むくれるオルウェイを見て、どうしていいか分からないディズ。
彼に落ち度はない。10歳にも満たない子供を隣町まで一人で行かせてくれる訳はない。「しょうがない」の一言で片付けられてしまうのだ。だが、乙女心は簡単にはいかない。
(おやおやまァまァおやまァまァ)
その様子を鳥に変身して見ていたヴェルフリーディは、もう一つ退屈しないおもちゃを見つけたような気持になる。
まだ10歳にも満たない子供であっても好意は持つものだ。
その好意が親愛か、恋愛か、情愛か、子供にとっては些細な問題でしかない(情愛を語るには10年早いが――)。だけども、好意は好意である。
オルウェイは同年代に比べれば賢い方だ。なので、ディズがヴェイビットに来られなかったのは仕方が無い事だと分かっている。
それでも心の制御がそう簡単にできる年齢でもない。
会えない事への不満が募り、ディズに不満を当てる事で発散しているに過ぎない。
とんだ損な役回りだ。内心ではアラサー越えの彼も、女や子供の扱いに長けている訳ではない。
「ごめんねオルウェイ。もっと来たかったんだけど、一人じゃ来れないからさ」
「むぅ~」
(……ははは、かわいい)
今まで見たことない我儘を見て、新鮮さと愛らしさを感じる。そっぽを向いてしまうオルウェイ。
ディズに出来るのは、オルウェイに向かって謝る事だけだった。自分が悪い訳ではないと訴えても、納得してくれるとは思えない。彼女の腹の虫がおさまるのを待つのが得策だ。
「俺もオルウェイに会えるの楽しみにしてたんだよ」
「むぅ~」
「だから機嫌直してよ」
「いつもは3日くらいで来てくれるのにぃ」
「ごめんって」
「ずっと待っての」
「待っててくれたんだね。ありがとうオルウェイ」
「むぅ~……ひゃああああああああああああ!?」
「どしたぁ!?」
そっぽを向いていたオルウェイが、突然驚いてディズにしがみつく。
「な、なんかいた! なんかいたぁ!」
「なんかって何!?」
「わ、分かんない! 凄いびっくりした!」
彼女はディズの背中に隠れて、先程まで自分が顔を向けていた方向を指さす。
そこの先には休憩所の壁しかない。
「何もないけど?」
「な、なんかいた。本当になにかいたの!」
オルウェイが顔を向けていた方向はディズの目にも入っていた。そこには何もないし、何も起きていない。断言できた。
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃない!」
「そうk……あ」
そこで気が付いた。
ディズは周囲を見渡して、ヴェルフリーディを探す。
鳥の姿になって着いてきている事は了承済みなのだ。その目立つ鳥を探す。
(確かアイツ、南国のクチバシがバナナみたいにデカい鳥になってたはず)
黒い身体。首元は白く。先だけが黒い大きな黄色いくちばしを持つ鳥だ。
正式名称・オニオオハシとは南国にいる鳥だ。どうやらこの世界にもいるらしく、ディズも見知った姿で驚いたので、ハッキリと覚えている。
ムチャクチャ目立つので「やめておけ」とディズは伝えたが、ヴェルフリーディは「問題ねェ」気にも留めずに飛び去ったのだ。
「いない」
「いたの! 絶対いた!」
「え? いや、違う違う。うん。いたんだよね。間違いなく」
相変わらず脅えているオルウェイ。
そして、ヴェルフリーディがディズのそばから離れるとは考えづらい。
(間違いない。ヤツだ)
原因が分かれば、後の対処は早い。
(アイツの事だから一撃離脱しているはずだ。つまり、もういない)
ディズの予想は当たっていた。
ヴェルフリーディ的には手助けしたつもりなのだ。やり方はどうあれ、これで無用なケンカは収まるのは間違いない。
後はディズの対処次第だ。
「そこだ!」
「わっ!?」
ディズは杖を懐から抜き放ち、オルウェイが脅えている方向に向かって魔術を放つ。
ただの光を飛ばすだけの魔術だ。
この程度の【現象】を起こすなど、ディズは難しくもない。
真っ暗闇でもない限り、目くらまし効果すら薄い魔術。本当にただ飛ばしただけだ。
「よし、追い払った」
「ほ、ほんと?」
「ほんと」
嘘も方便とはまさにこのことだ。
これで無用な時間を取られることを避けられると思えば、罪悪感も背負うに値する。
ディズは背中に抱き着いている状態のオルウェイの手をそっと解き、向き直ってギュッと抱きしめる。
「ほら、もう大丈夫だよ」
「うん、ありがと。ディズかっこいいね」
安心したのか、オルウェイはディズの方に額を乗っけるような形でギュッと抱き着いてくる。
二人は同い年だし、なんなら女の子の方が成長も早いので身長は同じくらいだ。残念だから胸に抱くという事は出来ない。
(はぁ、とりあえずはこれで…………あっ)
オルウェイの肩越しに見えるトカゲ。
岩の上に腕を組んで胡坐をかいて座り、口元をニヤニヤさせてこちらを見ていた。
(そんな光景ある?)
ディズは「もうちょっとやり方あるだろ?」と口を動かす。
読心術の心得があるのか、ヴェルフリーディは正確にそれを理解した。
そして「役得だな。ボウズ?」と返答し、トカゲは岩から素早く跳び降りて、そのまま姿を消したのだった。
ちなみにオルウェイが見たのは口裂け女だったらしい。
思わず「口裂け女なんて怪談なんで知ってんだよぉ」とツッコんだディズだった。
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