第8話 彼女の弁解
悶着が終わった後、ディズ達は応接間に集まっていた。
本当ならディズはお
ディズへの視線は緩和したのでとりあえず居る感じ。
ディズとオルソワールは並んで立ち、エレナとアルトラシューストン卿は長椅子に並んで座り、ジョセスターは小さな一人用に椅子に座っている。
「本当に申し訳なかった」
「いえ、気にしないでください。アルトラシューストン卿。貴方に非はありません」
謝っているアルトラシューストン卿。
実に噛みそうな名字である。
それに答えているのはジョセスターだ。
ディズにはさっぱりだが、エレナはジョセスターとは意図的に目を合わせないようだ。だが、彼女はディズの方をチラチラと見ている。
「で? なんでアンタがここにいるの?」
「こ、こら! エレナ!」
椅子に座って足を組んでいるエレナとはジョセスターのお見合い相手その人だ。
ディズを射貫く視線は噛み付くようなだ。釣り目も合わさって怖い。彼は部屋の端っこで縮こまる。
「アルトラシューストン卿。お気になさらず。彼女とは知り合いです。どちらかと言えばこちらの込み入った事情ですので」
「し、知り合い?」
ジョセスターの込み入った事情とは一体何なのか?
知り合いという言葉を聞いたエレナの目がさらに釣り上がる。
(こわぁ~~い。マジおっかなぁぁい)
ディズは早くこの感じをどうにかしたくて、ジョセスターを見て口を開く。
「お、お父様ぁ。詳細をお願いします。早いとこお願いします」
「ん? あ~っとな。エレナとは冒険者時代にチームを組んでいたんだ」
「チームですか? でも、父様がリーダーをしていたチームって【天翼(てんよく)の月の(つき)】って名前の?」
ディズからすれば、かなりの中二病っぽいチーム名だった。少し身体がかゆくなる気がする。
この世界だとこれがカッコいいのだ。
「いや、それとは違ってな。まぁ、なんだかんだあってだな。二人で戦っていた時期があった」
(パパ。そのなんだかんだが知りたいっす。多分そこがイッチバン重要っす)
今回のいざこざは十中八九それが原因だと確信した。
ディズは後で聞き出してやろうと思った。
「つか、あんた貴族だったなんて聞いてないわよ」
「俺だってお前が貴族だなんて聞いてないぞ。しかもお前、超名門じゃないか。なんだ? 五光貴族だと? ヴェルカの大公爵家だぞ!」
「別に言わなくたって良いじゃない! それで人間の価値は決まらないわよ!」
「だったら、それはこっちだって言える事じゃないか! 第一なんでいきなり斬りかかってきた!? せっかく…………くそ」
ディズはその口論を見て疑問に思う。
曲がりなりにも冒険者でチーム組んだとならば、命を預け合っていたと考えるべきだ。それは意気投合していた事でもある。
それなのに犬猿の仲のような状態だ。
それともう一つ。
ディズには気になる単語があった。
「オルソワール、五光貴族ってなに?」
「大公爵家です。ヴェルカ帝国で最も高い立場にいらっしゃる五家です」
ディズがオルソワールにそっと聞くとすぐに返答してくれた。
大公爵って公爵より上の爵位で、王族の次の位だ。というよりは王族にもっと近い血縁を持っている家系と言って良い。
「ガンフィールド家の本家も五光貴族です。旦那様の本名はジョセフター・グレイブ・ブライアス・イゾ・ミルドリーブ・ガンフィールドです」
「え?」
「ああぁ?」
間抜けなディズの驚きの声に対し、エレナの顔が歪む。
(教育がなってないですよぉ! アルトラシューストン・ダディ! 淑女にあんな顔させるなんて! 淑女か知らんけど!)
それよりもディズが驚いたのはジョセスターが凄い家の出身だったのに、冒険者をやっていたという事だ。
中途半端な田舎の貴族ならまだしも、大公爵家と言うと話が変わってくる。
大公爵家というのは言ってしまえば、直系の王族に何かあった時の控えのようなものだ。
公爵家という貴族最高位であっても、隔絶された家系と言える。
(つか、ジョセスターとエレナって遠い親戚なんじゃね?)
その中に自分が入っているのだが、全く他人事なディズである。
「へぇ~。へぇ~そういう事。やっぱりアンタ権力欲しさに貴族に戻ったわけ?」
「違うからな! それに対しては断じて違う! 俺は父親の真意を聞いて貴族に戻ったんだ。お前のような親不孝にならない為にな」
「お前のようなぁ?」
売り言葉に買い言葉。まさに喧嘩腰。
だが、ディズは見逃さなかった。
険しい顔になったジョセスターの言葉を聞いて、アルトラシューストン卿の希望が見えたとばかりのキラリと輝かせる抜け目ない表情をしていたのだ。
娘に苦労しているからこそ、些細な可能性すら逃さないと言わんばかりの目敏さだ。
「は? 望まない道を指し示すのが親の愛って言うの? そんな訳ある? 例え失敗してでも望む道へ進めるのが真の愛じゃないの?」
(いや~、その点はディズさんも同感です)
この人とはきっと気が合うと勝手に認定するディズ。
教育法にはそんな理論がある。だが、この世界でその教育法は無理があると思うのも事実。特に貴族にそんなの不可能だ。
貴族には御家(おいえ)と言うものがある。一
朝一夕では築けない御家(おいえ)を守る事は一種の使命だ。
この世界の文明レベルにおけるエレナの身勝手さも分かってしまう。
前世での行いがディズの頭をよぎり、胸をチクリと刺す。
「…………気持ちは凄く分かるぞ。エレナ。その考えは一切否定しない。実際に息子のディズにはそんな事は押し付ける気は無い」
「む、息子!?」
「ファッ!?」
エレナがディズに鋭い眼光を向ける。
バチンッと不思議な空気の圧が叩き込まれた気がした。
その瞬間、身体中に電気が走り、グチャッと心臓を握り潰されるような感覚に陥る。
(ちょっ、まずいっ!)
ディズはとんでもない危機感を感じ、オルソワールの後ろに緊急避難する。
「殺気を向けるな!」
(殺気!? 殺気向けられたの!?)
愕然とするディズ。
そんなものを向けられる謂れは無い。
「さ、殺気なんか出してないわ。というか母親は誰? どこの冒険者かしら?」
「前妻で貴族だ。亡くなったよ。だからお前が来たんだろ?」
「――――っ」
「後で詳しく教えてやる」
エレナは申し訳なさそうにディズを見る。
ディズは睨み返すような勇気は無く、笑みを浮かべて会釈をする。
殺気に当てられた恐怖もあり、オルソワールの後ろから出ていけなかった。
そんなディズを見て、エレナは複雑な顔をする。
(せめて謝れよ。いや、それよりも――――)
理不尽を受けたディズだが、話を聞いた限り、未だ解消されていない問題がある事を見逃していない。その問題が最も大事である。
「あ、あの~。とりあえず何で斬りかかったのか知るべきでは?」
ディズの言葉を聞いて、即座に口を開いたのはエレナではなくジョセスターだった。
「…………ただの逆恨みだ」
「さぁっ!? 違うわよ! アンタがいけないんでしょ! 突然姿消して、貴族になってるってどういう事よ!」
「話しただろう。実家に帰るって、帰らなくちゃいけない理由が出来たって」
「その理由を聞いてないわ。実家が貴族だってことも知らなかった!」
「話してないからな! 第一、お前だって話していないじゃないか? お前が名乗った時はエレナ・ナナールだ。アルトラシューストン家だと? 五光貴族の一つだと? 俺も知らなかったぞ?」
「そ、そっちだって、五光貴族なんでしょ? で、この家の当主。権力者じゃない!? アンタが1番嫌いだった権力者よ」
権力者が嫌いな2人。
ディズは家族以外の貴族に会うのは今日が初めてだ。なので、事情はよく分からない。
それでも分かるのは五光貴族が普通の貴族と違うという点だ。
五光貴族は国家の中枢にいる存在。相応の立場と権利を持つのだ。
そんな絶大影響力と権力を持つ家系で育ちながら貴族社会を奔走した。
2人とも貴族であることを恥じるような経験をしたのかもしれない。
(とりあえず二人揃って変わり者の貴族って事で良いか?)
ディズが同じ立場なら、男爵とは比べ物にならない貴族地位を全力で利用するのだが、それは置いておこう。
まだ本題に入っていない。
何で斬りかかってきたのか分からないままだ。
ディズがチラリと見たオルソワールは黙って見ている。
オルソワールの纏う雰囲気からしても言葉を発する気はない。
そうなると結論を促す役目は限られる。
アルトラシューストン卿は事情が呑み込めているのか分からないが、泳いだ目でジョセスターとエレナを見ている。
今回もまた破談になる事を恐れているようだ。
「五光貴族は本家だ。俺は断絶してるよ。男爵だぞ? 地位を与えられて以降の本家からの接触は無い」
「そ、そうなの?」
「俺は変わろうと思ったんだ。病気になった親父の死に間際の言葉を聞いて、馬鹿やっていた自分が誰の役に立っていたのか真剣に考えたんだよ」
一度だけ間を置いたジョセスターは神妙であり、真剣な顔をした。
全員が話を真剣に聞き始めた。それをジョセスターも分かった上で言葉を選んでいるようだった。
「その時に気が付いた。俺の人生はただの親への反抗だけ。夢も目標も無く、やりたい事も明確じゃない。ただ反抗心で冒険者になって馬鹿やってる。そんな人生だった。楽しかったのは認めるが、虚しくもあった」
「…………何よ。それ」
「真剣に考えた。やりたい事はなんだ? 俺の夢はなんだ? 目標? 今まで考えた事も無かった事だ」
ディズは全身に電気が走る。
立ち眩みのように脳内がグラグラと回る。
(――――当てられた)
彼は前世で変わろうとしなかった。
変われないと自分で断じて、己の人生を投げた。
今思えばやり直しだってできたかもしれない。だが、なにも乗り越えたことのない人間が、強さを持っている訳が無い。少なくとも本人は何も成し遂げていないと思っていたのだ。
彼の前世はそういう人生だった。
ジョセスターとディズが決定的に違うのは、自由と不自由だ。だが、それを振り払い、どこかで踏ん切りをつけて変わった。
行動できる者と、できない者の差がそこにあった。
「馬鹿が馬鹿なりに真剣に考えた。そしたら何も無かった。だから、せめて誰かの役に立ちたいと思った。冒険者のほとんどは我欲の塊だ。今のヴェルカの貴族も同じかもしれないが、誰かの役に立とうなんて考える奴がいるもわからん。けど、俺は違う。自分の人生に価値が欲しい。そんな事しか思い付かなかったし、そんな事しか実行に移せなかった。ガキの頃にしっかり学ばなかったツケだった」
初めて聞いたジョセスターの人生の言葉。
ディズは息子ではなく、1人の人間として聞いていた。彼には自分語りではない事が痛いくらいに分かる。
(キツイ。辛い。ちくしょう。でも――――)
ジョセスターの言葉はディズの心を抉る。けど、後ろめたさもあると同時に羨ましいとも思ってしまっていた。同時に、尊敬の念を向ける。
自分が歩むべき道を先に歩いた人がそこにいた。
「何、それ。冒険者が馬鹿みたいな言い方じゃない」
「そんな事は言っていない。あくまで俺の人生における話だ。だから、自分を変えたかった。その為に環境を変えただけだ」
「…………そんな理由で私と組む前のチームも解散した訳?」
「いや、チームを解散したのは色々な都合が重なったからだ。親父の病気も。お前と会ったのもその後だ」
面白くなさそうなエレナの表情。でも、真剣だった。
その表情にどんな感情があるのか、ディズには計り知れなかった。
己の我儘で生きている人間。
己の目標で生きている人間。
この二つは、根本は同じものかもしれない。
目標も我儘になるし、我儘も目標になる。
目指している方向や成果、理念によって捉え方が変わるだけだ。
それだけなのに、そこには大きな隔たりがある。その隔たりを言語化するのは難しい。
ディズにとって身近で、とても遠い話を聞いている。
「あの~」
「なんだ?」
「結局、斬り付けた理由はなんでしょうか?」
何度でも言おう。これが1番重要です。
再三だが重要な事をまだ話していない。
ジョセスターはエレナの元から姿を消した。
それだけで本気で斬り付ける必要があったか?
(まさか、これは冒険者同士での挨拶でぇ~、なんてふざけた事は言わないだろうな?)
それだったら彼の中で冒険者は野蛮人認定である。
「そ、それは…………」
「父様は逆恨みと言っていましたけど? 何を恨んだんですか? お話を聞くと黙って姿を消したようには思えませんけど」
「は? え、その。それは…………だから、勝手に……いなくなって」
明らかに動揺するエレナ。
そこで声を発したのはオルソワールだった。
「お話の途中で申し訳ありません。今日はもう遅いのでそろそろお話を終わりにしましょう」
(おいぃぃぃぃぃ! 何してんだジジイ! 「あれ? 今、なんかポロッと言った?」って流れだったぞ! 続きを聞かせろぉい!)
確かに外は既に日が沈みかけており、確かに時間的には良い頃合いか。
この世界には電気が無い。よって、光はランプを使うのが一般的だ。必然的に朝は早く、夜も早い。早寝早起きの健康的な世界になる。
(なんでこのタイミングなんだよ!?)
「長旅でお疲れでしょう。すでに湯浴みの準備をしています。お部屋へ案内しますので、その後にエレナ様からご使用ください」
オルソワールの促しにエレナとアルトラシューストン卿は席を立つ。
気まずい雰囲気に一刻も早く退散した様子がありありと出ていた。
「あ、はい。ありがとうございます」
「では、こちらです」
そう言ってオルソワールは応接間から出る。後に続く2人。
二人が出て行くとゆっくりと扉が閉まった。
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