第9話 元冒険者の2人
「…………全く。まさかエレナだったなんて」
「本当に分からなかったんですか? 名前とか色々分かったでしょう?」
「分からなかったよ。アルトラシューストン家のエレナ令嬢とは聞いていたがな。まさかあのお転婆と同一人物だと思わないだろ」
「お転婆?」
「ああ、お転婆だ。尚且つ正義感が強くてな。普通に貴族なんかにも喧嘩を売ったりする奴だ。それで色々と厄介事にも巻き込まれた」
(なるほど、そいつぁお転婆だぜ)
絶対王政のシステム上、貴族は王の臣下。貴族は市民にとって絶対権力者だ。
王の臣下たる権力者には口答えはできない。
人にある平等を排し、民が国の末端として扱われる以上、民が権力者に口を出すのは国王に反旗を翻す革命と大差ない。
それは重大な国家反逆罪だ。
権力とはすなわち人を裁く権限だ。ルールを決め、人を裁き、断罪する力。
民は権力で貴族に守ってもらう代わりに税を納めている。
それだけの権力を持つからこそ欲望が暴走し、不正も多発するのだ。
権力と評価が一致しなければ、虎の威を借りる狐となる。
「何年前ですか? エレナさんとチームを組んでいたのは?」
「一年くらい前だな。俺が冒険者を引退する直前だった」
「お爺様の病気を知ったのはいつ頃でしたっけ?」
「エレナに会う前だ。オヤジがいよいよの時が来て、一年ほど考える時間を貰った後、オヤジの遺言通りだ。爵位は最下位の男爵。本家としては断絶。この条件で貴族に復権した」
少なくとも最大で1年しか一緒にいなかった。
長年付き添った仲間なら分かるが、たった1年程度の付き合いであそこまで怒るかは疑問だ。
(……ちょっと後押しすればすぐに行けそう)
ディズの気のせいじゃなければだが、エレナはジョセスターを憎からず想っている可能性が高い。
印象的にエレナは悪い人じゃない。寧ろ冒険者であって、世間を知っていて、正義感が強いなら、ジョセスターの再婚相手として理想に近いはずだ。
若干感情的な事は否めないが小さな事だ。
お互い新米貴族という事で貴族的な常識なんかに苦戦すると思うが、冒険者をやっていたなら、それなりにタフな人間のはずだ。
ディズが考えれば考える程、2人の相性はピッタリのような気がしてくる。
「父様はエレナさんの事、嫌いですか?」
「嫌いじゃないさ。1年はコンビを組んでいられる程度の好意はあったさ」
「それだけですか?」
「なに?」
「女の人としては?」
「え、あ…………嫌いじゃないさ」
「そうですか。エレナさんは別れる時になんて?」
「罵倒された。理由をしっかり言わなかった事もあるが、もう何を言ってるのか分からなかった」
(その分からなかった部分が1番重要だと思うんだが――――つくづく遠回りしてんなコイツら)
男ってものは単純だ。
けして全ての男性がそうだとは言わないが、ほとんどの男性が最初は容姿から入る。特に若い内はその傾向が強いと思える。
その点ではエレナは文句のつけ様がない。
性格的にもジョセスターと合うとしてら、それはそれで大変良い関係ではないか?
(それに男女関係に発展していなかったとは言え、純粋に仲間としての好意を明確に持っているなら大丈夫なんじゃねぇか? …………うん。問題無い、問題無い。後はエレナの感情さえ明確にできれば大丈夫だわ)
問題はどうやってやるかだ。
とりあえず嫌いにしろ好きにしろ、エレナには素直になって貰わないといけない。そこでスタートだ。
彼の人生初のキューピット役。なので、ここからは未知の領域。しかし、チャレンジしないと始まらない。
「ディズ。食事をしたらもう寝ろ。日も暮れるぞ」
「はい、父様」
ディズは素直に頷いて応接間を後にした。
(どうやって2人をくっ付けたろうか)
完全なオッサンの思考で、ディズは部屋へ戻っていくのだった。
一方、その頃――――
一言で言うなら艶めかしい。
その姿を見た人間は必ず思うであろう感想だ。
「…………なんか、疲れた」
均等かつ程よく筋肉が付いている身体。
スラッとした足とウエスト。ヒップは引き締まって上へ引き上がっており、浮き出る鎖骨から下へ行くと綺麗な放物線を描いてバストが張っている。大きさもかなりのものだ。
女性らしさという一点では理想形の一つだろう。
「はぁ~。もう、何なのよ。これ」
エレナは実家よりは狭いが、冒険者時代の宿舎よりは明らかにくつろげる風呂場で物思いに耽っていた。
貴重な水を惜しげも無く使い、湯船を張っている。歓迎はされているようだ。だが、彼女は今までと勝手が違う見合いに心底参っていた状態だった。
参った心を洗濯するように、濡れた肌を美しくしなやかな指で体を撫で、汚れを洗い落とす。共に水と汗も流れ落ち、シミのない張りのある肌を伝っていく。
その美しい肌にはよく見なければ分からない位の傷が複数ついている。
冒険者として死闘を潜ってきた証であった。
「こんな形での再会じゃなくてもいいじゃない」
四年前。
突然「決めた事だ」と言って姿を消して、それ以来の再会だ。
(思い出しただけでムカツクんだけどッ――――)
あの時からだ。エレナに気が緩み始めた。
結局、チーム解消してから父親の追っ手に捕まり、家へ強制送還された。
エレナは自分の人生を勝手に決めてしまう父親と家から、逃げる様に奔走して冒険者になった。
その数年後にジョセスターとは出会った。
今までで出会った中で1番強い男だった。
口だけの間抜けな冒険者とは違って歴戦の風貌を漂わせていた。
彼女はこの男から色々な技術を盗みたい。この男の強さが欲しいと思ったのだ。
そして、コンビを組んで旅をした。
「似た者同士ね」
エレナは今の今までジョセスターが消えた事を心底恨んでいた。
まだ一緒に居たかったというのが素直な気持ちだったのだ。まだまだ盗める事もあったし、なにより楽しかった。
貴族として社交に生きたエレナにとって、一緒にいて楽しい人というのは貴重な存在だった。
今まで誰かと組む事なんて殆ど無かった彼女が、初めて長期間誰かと一緒にいる事ができた唯一の人だ。
そんな男が、実は貴族だった。
しかも、名声高きヴェルカ帝国の五光貴族の出身。
(正直、同じ立場の私には黙っていた理由が分かるけど)
貴族出身なんてものは格好の標的だ。
噂が広がれば誘拐されたり、脅されたりなど在り得る。
女は奴隷市場に売られ、男は身代金目的の人質や情報源として敵国に売られる。
それを知っていたからエレナも黙っていた。間違いなくジョセスターも同じ理由だ。
「はぁ、何やってんだろ?」
彼女の頭は大いに混乱している。
心の整理がつかない。
(何故、私は素直に再会を喜べなかった? ううん、分かっている。だって、納得いかなかった)
冒険者は非常に厳しい職業だ。
多くの人が割に合う職業ではないと言う。
完全実力主義で完全歩合制の世界。
だからこそ、得られる自由があり、栄光があり、名誉がある。一攫千金、億万長者も夢じゃない。
その世界で生き残って、しかも名を残している男。
それがジョセスター・グレイブだ。
その異名は【黒の獣剣】。
使用していた黒い刀身を持った【黒剣】と言う武器から取られた異名である。
歴戦の猛者をもってしても困難とされた、魔物の巣窟である【アフガル山】の登頂及び横断に成功したチームのリーダー。
ジョセスターの最も有名な戦歴だ。
そんな経歴を持つのに、冒険者には自分の生きる道は無いと断言した。
ショックだった。しかも、彼女の生き方に己自身で初めて疑問を抱いてしまった。
(…………しかも、子持ちになってるとか聞いてない。)
実をいうと、その事実が1番精神的ダメージを与えていた。
残念ながら、エレナには自覚が無い。
「そうよ。何、あの子?」
あの時の魔術を放ったのは間違いなくあの子だ、とエレナは確信している。
確実に当たるようにした連携技。
最初の魔術からの一連の流れは見事を言わざるを得ない。
(初撃で足を取り、距離を取って状況を確認し、動き出そうとした瞬間に2撃目)
あの連携を初見で避けられるかと言われると難しい。
避けられる可能性もあるだろう。だが、運要素が高くなる。
それくらいにタイミングが完璧だったのだ。
しかも、彼女が今まで見たことのないタイプのものだった。
全く抵抗できずにあれほど完璧に転ばされてしまうと、実戦ならあの瞬間に勝負ありだ。
もしかしたら確実に当てる為、二人がぶつかる瞬間を狙った可能性もあった。
(ジョセスターが仕込んだ? いや、それはあり得ないわね)
ジョセスターは攻撃的な戦闘を好む。それ、魔法は不得手な方だ。となればオルソワールと言う執事の可能性も高い。
(きっとそうだ。あんなものが五歳そこらの子供にできる訳がないわ。もし自分で考えていたのなら恐ろしい事よ)
落ち着いて部屋で話していた時の様子を思い出す。
(私の殺気に怯えていたのを見ると実戦経験は皆無ね。そんな子供が自分であの魔術の連携技を作っていたとするなら――――ッ)
ゾッとした。
天才どころの話ではない。恐怖すら覚えるぐらいの神童。
このまま精進すれば世界有数の器だ。
「あいつの血?」
もしかしたら相手側の血かもしれない。
そう考えると彼女は少し嫌な気分になる。不快な気分を振り払う為、彼女は風呂の湯で顔を洗う。
「もう上がろ」
エレナの頭の中が未だ混乱している。
ジョセスターの一件から、ディズと言う子供の一件。
たった2つの事柄が彼女の頭を目まぐるしく回している。
風呂から上がり、バスローブを着て用意された部屋の長椅子に腰掛ける。
彼女の実家とは違って半分くらいの狭い部屋。しかし、こちらの方がはるかに落ち着く広さだった。
冒険者の時代、雨風を凌ぐことが最も重要なので、ベッドに僅かな余白しかない部屋や、それこそベッドすらない倉庫のような部屋に泊まるなどザラだった。
それに比べればずっと大きいし、十二分に広く快適だ。
今頃、生まれも育ちも大公爵の彼女の父親は「狭い」だのと愚痴を言っているだろう。
「失礼します」
「はい」
ノックと同時に聞こえてきた声は女性だった。
扉を開き、入ってきたのは壮年のメイドだった。
入ってくるとメイドは頭を下げてスカートを摘まみ、お辞儀をする。
「お初にお目にかかります。当家でメイドをさせていただいております、バルバラ・ボストンです。宜しくお願いします」
「ボストン?」
「はい。オルソワールの妻です」
「ああ」
(そうか。夫婦で仕えているのか。珍しいわね)
私情を挟まない為、普通はメイドや執事が夫婦になるとどちらかは別の家へ使える事が多い。
主が第一を求められ、それが大原則の使用人にとっては常識だ。だが、主からの信頼が厚ければ、稀にこういうタイプもいる。
少なくとも彼女の周りにはいなかった。
「お食事ですが。いかがいたしましょう? お部屋で食べられますか? それとも皆で食卓を囲いますか?」
「え? 選べるんですか?」
「はい? 勿論です。お客様であるエレナ様ご自身に選んでいただくのは当然だ、と旦那様はおっしゃっています」
「ジョセスターが?」
「はい。ジョセスターが、です」
これまでお見合いで1人の食事をするなど経験したことが無かった。
食事は親交を深める絶好の機会でもある。強制参加が普通だ。しかし、ジョセスターはそう言った事をしない。
それが配慮であることは、彼女もすぐに分かった。
「部屋でいただきます。今日は疲れたので早く寝たいので」
「分かりました。すぐにお持ちいたします。では、失礼いたします」
「あの、一ついいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「あの子はいくつですか?」
「先月四歳になりました。ではこれで」
そう言って、バルバラは下がった。
(四歳? 四歳ッ!? 四歳って本当に!?)
バルバラは嘘など吐かないだろう。吐く理由も無い。
彼女はディズの母親代わりだと思われる。
それこそ包容力があり、母親の様な雰囲気がある。そんな女性が自慢こそすれ、嘘を付く事は無い。
(もし、もしもだけど、私がこの家に嫁入りしたとして、ディズの母親としてやっていける自信は…………無い)
あの天才児を相手に何をしたらいいのか。何を教えられるのか。エレナには分からなかった。
彼女ができる事なんて冒険者としての技術と剣術くらいなのだ。
礼儀作法は基本しか知らないし、料理はできるけど本格的なものとなると自信が無い。勉強も基礎しかやっていない。花嫁修業なんてそれこそ一切と言っていいくらいしてない。
エレナは女らしい事も母親らしいことも何もできない。
「あ……そうか」
そこでジョセスターの言葉の意味が分かった気がした。
こういうふうに考えると何もできない。おそらくジョセスターも同様だったのだ。
冒険者としての技術は生き残るために必須だ。
それは誰でも出来る技術の延長でしかない、と言われればそれまでなのだ。
ジョセスターは父親との再会以降、実は己で出来る事が無いと気が付いた。
(それで変わろうとしたんだ)
剣術も世界最高峰のレベル8や、世界最強を示すエクストラレベルになるのは不可能だ。
そして、冒険者も年齢が重なれば限界が来る。
冒険者として億万長者になったところで、引退後は何ができるのか?
技術を生かせるような職業など、冒険者上がりなら体力勝負のものばかりだ。
冒険者は緩やかに価値を失い、緩やかに死んでいくだけの存在なのだ。
それでも冒険者になる人間は多い。そこにはロマンがあるからだ。
そうやって考えると、彼女の出来る事なんて冒険者の世界にしかない。
「…………何をしたらいいのよ」
エレナは強い焦燥感に膝を抱えるのだった。
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